第2話 ドラゴンより強い『魚』?
「……そうか。なら仕方ないな」
やれやれって様子で道具箱を漁るアルク。
こいつ、自分がとんでもないことをやったって意識なさすぎじゃない?
あの『リヴァイアサン』を倒したのよ、しかも一発で……。
もっと喜ぶとか汗を拭うとかないわけ? なんかもうこれが日常ですみたいな空気はなんなのよ。
「よっと……。それで、俺が何者かだったか?」
「そ、そう! あり得ないでしょ、だってブロンズ級の冒険者がダイヤ級のモンスターを、リヴァイアサンを倒すなんて!」
「……。そうでもない。冒険者のランクと強さが別なことはお前自身が一番理解しているだろ?」
「……ええ。でも私みたいに『弱いのにランクが高いパターン』と違って『強いのにランクが低いパターン』なんて、メリットがこれっぽっちもないじゃない。……まさかあなた魔族――」
――ゾクっ。
私が魔族という言葉を発した途端に放出された尋常じゃない殺気。
鳥肌になるだけじゃない、身体の至る所から汗が溢れて……立っているのも、つらくなる。
ただこの殺気から感じる違和感……。これ、私に向けられてるものじゃない?
「あ、あなた、魔族に誰か殺されたりでもしたの?」
「……。ああ。だがお前には、お前たちには関係のないことだ。俺は勝手に強くなって、勝手に魔族を殺す」
私が殺気にあてられていることに気づいたのか、アルクは一呼吸すると穏やかにだけど強さを滲ませながら釣竿を強く握った。
そして何もなかったかのようにサラマンダーの肉片を取り出して再び椅子に腰かける。
こいつ、アルクがなんでその強さを隠しているのか、今のでなんとなく分かった。
それでもってアルクって冒険者が私のことを他人に言いふらすようなことをしない人間だってことも。
「……はぁ。他人が傷つかないように復讐を遂行する、か。勿体ないわね、それだけの強さがあるのに」
「別に。俺は地位も大金も……まぁ、いらない」
ん? なに、今の間?
ははーん、こいつも結局は冒険者。
元々一攫千金狙ってた人間で、その欲は消えていない、と。
……。……。……。
だったら……こいつを利用するのって有りじゃない? 私、思いついちゃいました!
「ねぇ、ちょっと相談なんだけど」
「……。お前、嫌な顔をする女だな。流石は盗賊だ」
「うるさいわね! というか、勝手に私の職業を覗いておいてそんな態度はないんじゃないの?」
「それは、悪かった」
申し訳なさそうなこの反応……。これはいけるかも。
「……。謝ったって傷ついた女心は簡単に治ったりしないの。悪いと思ってるなら今から言うことを聞いて頂戴」
「……。とりあえず言ってみろ」
「その強さを見込んで、あなた、私のパーティーに入れてあげ――」
「却下だ」
あまりにも早い拒否反応。
ま、話の流れからしてそうなるのはなんとなく分かってたわ。
ただ私の狙いはここから。今の話を聞いてくれてるって状況が継続されているうちにたたみ掛けるわよ。
「いいのかしら? 私、あなたの強さのこと知っちゃったのよ」
「!? お前、俺を脅すつもりか?」
「脅すなんて人聞きが悪いわ。ただ、勿体ないなぁ、その強さがあればギルドも依頼人たちも助かって、あっという間に人がたかってくる英雄にでもなれるかもなぁ、なんて思っただけよ」
「……。パーティーを組めば、お前の死ぬ確率は上がることになる。それにさっきも言ったが俺は目立つつもりはな――」
「大丈夫! 目立つのは私だから。強敵を倒したのは主に私で、そうなればいろんな人とコンタクトをとるのも私になる。ついでにブロンズ級冒険者を迎えてあげる優しいリーダー、その役も……当然私。あ、でも安心して。ちゃあんとあなたの分の報酬金は渡すし、ランクもパーティー評価として上げてもらえるはずだから」
「……。お前は道化を演じて、俺はお前に寄生する外道を演じる。……そういうことか?」
「あら? 理解が早いじゃない。どう? これなら誰かに言い寄られるなんてことも、関係を作らないといけなくなるなんてこともなく、大金をもらって、ついでにランクだってあげられるわよ?」
「……悪くはない、な。だが俺はお前が死んでも悲しんでやれない。そこまで入れ込むこともできない」
やった。
完全に手中に落ちた。
ま、アルクの軽く俯く仕草がちょっとだけ胸につっかえはするけど。
それは……。
「ビジネスの関係ですもの。それでいいわ。私もヤバい状況になったらあなたを置いて逃げるから、よろしくね」
「……ふ。本当にお前は……あいつとは違って、嫌な女だ」
「嫌な女嫌な女って……。あなたこそデリカシーなさすぎの嫌な男よ。ま、ともかく交渉は成立ね。そうととなればまず自己紹介。私、いいえ、あたしの名前はローズ――」
「見た目はいいがトゲのある花の名前か。お前にぴったりだな」
「あんた、本当に嫌な男ね。金にならないってなったら容赦なく追放だわ」
「お前こそ足を引っ張るようならお断りだ。見た目も、趣味じゃない」
「あんた……。本当に、デリカシーが――」
――バシャ。
「ふむ。ようやく掛かったか」
アルクの持っていた釣り竿が大きく沈み込んだ。
すると次第に魚影が姿を現す。
だけど、それはかなり小さい。
アルクはこんな魚をわざわざこんなところまできて釣りにきたっていうの?
「まぁパーティーとして初めての活動にしてはいい肩慣らしになるかしら。網とかある? 近づいたら私が掬いあげて――」
――パキ。
「これは、当たりだな」
ドラゴンを思い切り殴っても何故か折れなかったあの釣り竿にひびが入った。
ドラゴンと戦っても冷静だったのは目的が魔族だったからっていうだけじゃなくて……。
「毎日ドラゴンより強い『魚』を釣ってるから、じゃないわよね?」
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