004 部長

 チクタクチクタク。

 僕が本を読むすぐ近くに置かれた時計——掛け時計を掛けるスペースすらないのだ——が規則的な音を立てる。

 他には、栞里さんが僕より早いペースでページを捲る音が聞こえるだけだ。


 そうそう、例のハンカチは部室に戻った後、栞里さんが丁寧に畳んで、スカートのポケットに入れていた。


「自然乾燥派じゃなかったんですね」


 少し嫌味っぽく言ったつもりだったのだが、栞里さんには効いた様子もない。


「あたしは自然乾燥派だよ?ハンカチこれはあくまでも実験道具。実際にハンカチとしての役目を果たすことはないのだ。可哀想にねぇ」


 と、感情豊かに堂々と言ってのけ、豊かな胸を張った。


「そもそも、ハンカチで拭くことも自然乾燥と言うことが出来ますよね。

 よく、外のトイレなんかに設置されているハンドドライヤーを使ってなら自然乾燥感ないですけど、手を洗ってタオル——そもそも、タオルも元は自然のものですしね——で拭いたとしても、手の水分がタオルに移っただけで、自然の摂理に従っていますしね。じゃぁ、やっぱり、手を洗えば、どんな人でもほとんど自然乾燥派ですね」


「シュー、昔、屁理屈をこねてはいけません、って教わらなかった?」


「残念ながら。教わっていたら、こうはなっていなかったかもしれませんね」


「ねぇ」


 こんな低レベルの会話を繰り広げた後、僕たちは各々本を読み始め、今に至るという訳だ。



 文芸部にはどうしてか、椅子が1つしかない。

 入部希望者があったらどうするのか、と疑問はあるが、栞里さん曰く


「あたしは窓枠に座るからだいじょーぶだよ」


 とのことだった。

 元々、1人しかいなかった時代も窓枠に座って読んでいたこともあったとか。真偽は不明。当たり前だ。そもそも、文芸部がこの立星高校にあることさえ知らなかったのだから。


「新入生に向けた部活紹介イベントあったじゃないですか」


「あったね。陽の人間が訳もなく張り切り、あたしらにとっては迷惑でしかないあの悪夢のようなイベントが」


 宣言通り、窓枠に座る栞里さんは、そこまでか、というように悪意が籠った言い方をする。何か嬉しくない出来事があったのだろうか?


 と真面目なコメントをしてみるが、はっきり言って今の状況はだいぶ危険だ。デンジャラスだ。何がとは言わないが、この僕の角度からだと、栞里さんのアレが見えそうなのである。


 僕はスーッと目を横に逸らし、栞里さんに訊いてみる。


「文芸部——実際は栞里さんオンリーですけど、ってあのイベントに出てました?」


「『文芸部は紹介プリントだけでいいですよねぇ』だと。"いいですか"じゃなくて"いいですよねぇ"だよ。疑問じゃなくて決定事項」


 ああ、いやだいやだ、と演技臭く嘆く文芸部部長。


「まぁ、時間用意されてもいうことないんだけどね。

 部員は2年1人。

 活動内容は本を読んだりする。

 初心者OK部員大募集 以上。 ってか?

 部員はさておき、活動内容は見りゃ判るし、文芸部に初心者もクソもあったもんじゃない。

 精々、30秒持てばいい方じゃない?

 ということで、来年はシューに部長の座を譲るから部員募集頑張ってネ」

 

 輝かしい笑顔を見せる栞里さんとは対称に、僕の気分がダダ下がる。


「つまり、なんとかして僕の代わりに部長を押しつけられる人を来年までに探せばいいんですね?」


「あたしはシューにやって欲しかったんだけどなぁー」


 そう駄々捏ねるも、目が笑っている。揶揄っているのに違いない。


「でも、ふと思ったんだけど、シューに頼れる人なんているの?」


 知っていたがなかなかに失礼な先輩である。


「ボッチだからって、舐めないでくださいよ。僕だってね、頼れる人の1人や2人……いるんですからねっ!」


「うん、見てるこっちがなんだか虚しくなってくるからやめよう?」


 本当に哀しそうな眼差しを僕に向ける。


「そう言う栞里さんもいつも部室ここにいるんじゃないですか?そう言えば、昼休みもいますよね?僕も来ていいですか?」


「なんでいること知ってるの!?エスパーか、シューは。

 まぁ、来てもいいけど」


「エスパーなんかじゃありませんよ。単に前に旧校舎のところを通った時に栞里さんの存在を確認しただけです」


「私は未確認生物UMA絶滅危惧IA類CRか何かなのかな?」


「じゃぁ、明日から弁当ここで食べますね。あ、栞里さんは窓枠のところが椅子兼テーブルでいいですよね?」


「あたしの人権とは?言われなくてもそうなってたけど」


「これで、2人ともボッチ飯じゃなくなりましたね」


「ボッチ飯もそんな悪いもんじゃないけどね。

 でも、シューはいいのか?」


「僕に昼、一緒にご飯を食べるような仲の人間がいると?」


「いないとは、思うけど。そうじゃないよ、あたしといて、色々言われないかって訊いてるの」


 心なしか、頬を朱に染める栞里さん。

 まさか、栞里さんもそんなことを気にするとは。

 いや、揶揄ってるのか。うん、納得。


「大丈夫ですよ、何せ僕たちは存在感がない陰の人間ですから」


「それも、そうだねぇ」


 僕たち2人の笑い声が狭い部室に響く。


「あ、西川くん、結局入ったんだ……!」


 そんな時、急に部室の扉が開いたと思うと、そんな声が届いてきた。


 扉のところに立っていたのは言うまでもない、熊沢さんである。


 横でニヤニヤ頬を緩める栞里さんの存在が微妙に気になるが。



 ——あとがき——


 003 ハンカチ にて多少加筆を行いました。


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