003 ハンカチ
「うーん」
放課後、偶然図書館の少し前で会った僕たちは部室に戻った。
旧校舎の片隅でそう唸る少女は皆様ご存知、文芸部部長栞里さんだ。
この前知ったことによると、文芸部は人数的に足らないらしく……ってもう言ったぁ?そりゃ失礼。
もちろん、何に悩んでいるかと言えば、さっきの持ち主不明のハンカチ。
持ち主が探しにきたらどうするのか、などと異論は受け付けるが、兎にも角にも部室の大半を占めるテーブルの上に(間違いだった。部室の大半を占めるのは本で、空いているスペースの大半を占めるテーブルだった)綺麗に広げられたハンカチが鎮座している。
職員室なり、先生なりに落とし物があったと持っていけばいいだけの話にも思えるが、「どうせなら、あたしたちで持ち主を考察してみようよ。なにか文芸部っぽいし」との栞里さんの鶴の一声に従い、今に至る。
どの辺りが文芸部っぽいのかは判らないし、むしろ探偵とかミス研っぽいのでは? と思うが、そんなことは口にしない。
読書に適した安寧の地が失われては堪らない。ここでは、栞里さんが絶対権力者なのだ。
「どうしてハンカチはそこに落ちていたんだろうねぇ」
粘っこい口調で栞里さんが訊いてくる。
「何か出した時にハンカチもついてきて落としたんじゃないですか?」
「それじゃぁ、面白くないよ。それに持ち主を絞るのに役に立たない」
どうやら、ここは大喜利劇場だったようだ。
僕は雛壇芸人。栞里さんという司会者が出すクイズに正解を言うのではなく、ウケを狙わなくてはならない。
もしかすると、文芸部に入部したことは間違いかもしれない、そんなことを思う。
「あそこで何を出そうとしたかによって、持ち主が絞れるかもしれませんよ?」
「まぁ、そうだねぇ。
じゃぁ、ハンカチってどこに入れる?」
「鞄の内ポケットとかポシェットの中とか……ズボンのポケットとかですかね」
「女子だったらスカートもあるけどね。
そう言えば変な話だよね。制服の選択で女子はズボンとスカートどちらかを選べるのに、シューら男子はズボン一択。SDGsと口酸っぱく言う学校にしてはおかしなことだ。
それはおいておいて。
今時、ポシェットを持ち歩いているJKっているのかな?」
それだけ一気に言うと、栞里さんはさっき出来たばかりのコーヒーを——まるで、ジョッキを一気に飲み干すおっさんかのように——グビと飲む。
栞里さんはどちらかと言えば、美少女の部類なのに動作は微妙に荒っぽい。
「いるのかもしれませんよ。あくまでも可能性の話ですけど……。
「ポシェットを持ち歩くDKがいればね」
栞里さんは皮肉っぽく笑う。
「何にしろ、あそこで何かを出した訳ですよね?鞄なり、ポケットなり……ポシェットなりに入れていた何かを」
「ちなみに、シューはどこにハンカチを入れてる?」
「どうやら今日は忘れていたようですね……」
「今日は、ねぇ。いつも持ってきてないでしょ。
そんなだったら、モテないぞ」
「そう言う、栞里さんはどこに入れてるんですか?」
「うん?あたし?
持ってきてないよ。ぷらぷらぷらーと自然乾燥派」
一瞬、殺意が芽生えたのは言うまでもない。
「でもさーただ単にハンカチを落とした可能性は考えてないよね?」
栞里さんが小さく笑うと、耳に掛かっていた1房の綺麗な髪がはらりと落ちる。
それを、再び耳に掛ける仕草に一瞬ドキっとしてしまう。
いちいち色っぽくて心臓に悪い。
身長も小さいのに……。
「あの場所で、特に何もなく偶然ハンカチを落としたんですか?」
「え!?ま、まぁそんなこと普通はないよねぇ」
どして、そんな慌てる必要がある?
「普通に考えたら、臭いのは図書館ですよね。図書館の本を返却するために本を出そうとして、近くにあったハンカチを落とした。
何せ、あそこの図書館には返却ボックスがあって、歩きながら本を出そうとしても不思議はない」
「判ってたんなら、今までのくだりはいらなかったんじゃないの?」
「そう言う栞里さんも判ってましたよね?」
「どうだろうねぇ」
栞里さんは誤魔化すように笑う。誤魔化すようにではなく実際誤魔化してるんだろうけど。でも可愛い。
「じゃぁ、返却ボックスの上でも確認に行きますか?あそこにはボードが置いてあって、返却冊数と氏名を書かなければなりませんから」
司書さんの確認のために、レストランの『順にお名前を書いて(カタカナで)お待ちください』的なボードが置いてあるのだ。
ということで、僕と栞里さんは並んで図書館に向かっている。
側から見れば、カップルというより、兄妹に見えそうだ。まぁ、実際はどちらでもないんだけど。
身長差は20センチくらい。上から見下ろす形になるので、二つの果実が……。これ以上は言うまい。
「という訳で、図書館に向かってますけど、実際のところどうなんですか?」
「実際のところは、とはどういうことだい?」
「本当に図書館に返却に行こうとした人が、ハンカチを落としたと思ってるんですか? ということです」
「その心は?」
「言わば、この推察、ほとんど根拠がありませんしそれでこの栞里さんが納得するのかなぁというのが1つ」
「失礼だね。シューと会って、そんなに経ってないと思うんだけど」
「短くても、そう僕に思わせる栞里さんって凄いですね」
「で、2つ目は?」
少し言い過ぎたようだ。ぷうと頬を膨らました、栞里さんの言葉には少し棘がある。
「偶然です。
僕が、誰かが偶然落としたハンカチに偶然スルーせず気を取られている間に栞里さんは偶然僕の後ろにいた。
それに、他人のものなのに、栞里さんは堂々と部室に持ってきた。やっぱり、これには違和感がありますよ、いくら栞里さんでも」
「まだ言うかね?
でも、それは全部、憶測でしかないよね?それこそ、単なる偶然かもしれない」
「と、思っていたんですけど、もう1つ、栞里さんの言動で気になるところがあったんです。僕が、『あの場所で、特に何もなく偶然ハンカチを落としたんですか?』と訊いた時です。確かに、僕の訊き方も悪かったですね。持ち主はハンカチだけを偶然あの場所で落としたんですか? というようなことを訊きたかったんですが。
でも、あの時、栞里さんは慌てましたよね?」
「あたしが故意にハンカチをあの場所に落としておいたと、そう問われたのかと思ったからね」
「それは、自白と捉えてよろしいでしょうか?」
「自白、って。まぁ、いいけど。
単なる、実験だったんだよね。自分が通る道に偶然、持ち主がいかにも大切にしていそうなハンカチが落ちていた時に、人はどうするのか、ってね。
その人が、教員室なりに持って行ったら、あたしはその人の後を行ってハンカチを回収すればいい。スルーすれば、それはそれで実験結果」
「だから、僕が拾おうとした時に、すぐに現れたんですね」
「まぁ、そうだね。ある意味回収の意味を含んでた」
僕たちの間に微妙な空気が流れる。
「その実験結果はどうだったんですか?」
「それなんだけどね。シューが来る前、結構、置いておいたはずなんだけど。通る人が殆どいないんだわ。あたしやシューみたいな陰の人間が通るだけあって、あんまり、あの道は知られていない、或いは通る人がいないみたいだねぇ」
そう言って、栞里さんはハハハと自嘲気味に笑った。
「シュー、帰ろっか」
「はい、栞里さん」
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