002 役割

 僕が立星高校に入学してはや1ヶ月が過ぎた。いや、まだ1ヶ月しか経っていないと言うべきか。そう考えてみると、元祖図書館の住民、栞里さんに本の虫呼ばわりされるのは心外だなと思える。


 だが、1ヶ月のすれば、クラスメイトのキャラ付けも済み、クラス内の立ち位置というのも明確になってくる。

 熊沢さんは明るい太陽のような人間で、僕は頭からシダ、コケを被り仕舞いにはキノコでも生えてくるんじゃないかというような陰の人間。

 ——ということは、僕のこの髪はキチンで出来ているのかもしれないな。

 などと、自虐的なボケをかましてみたりもするが、それは僕が「図書館の住民」と揶揄されても不思議ではないと思うことによる。

 

 でも、陽を出来る人間は陰が出来ない。その逆もある。立ち位置と言うよりかは役割分担、そう言えるかもしれない。


 そう役割分担。家族内でも役割分担はある。

 僕の家族内での役割は、言わばプロ野球チームの3軍だった。



 妹、と聞くとどんな想像をするだろうか。

 実際に妹がいれば、それを思い浮かべるだろうし、弟がいれば性転換をさせるかもしれない。後者で気持ち悪いことになったという人がいたら申し訳ないと謝らせてもらう。

 どちらでもない人は、可愛くて自分のことを慕ってくれて……みたいなのを想像するかもしれない。想像するのは自由だ。想像することに対しては僕は何も言わないが、妄言はここで正させて頂く。

 現実の妹とは兄のことをゴミ屑程度にしか思っていない。


 ここまで言うのだからと、お察しの通りだが、僕にも妹という存在がいる。最近は1日に姿を見る回数が、家の近くの散髪屋に入っている客を見るより少ないから、ほぼ"いた"という感じだが、戸籍上親族の関係性が認められるから、いる、と表現する。


 その妹はよく出来る。

 この"よく出来る"とはシロクマさんに言ったような、よく出来る、とは違う。

 実際によく出来るのだ。小6の時点で偏差70を叩き出し、この近辺では(女子が入学できる)1番とされる中高一貫校に入学した。ただ、天は二物を与えず、とはよく言ったもので、性格がちょっと残念な感じ。

 だから、成績優秀で家事ができて、兄を含め家族に優しいなんていうのは妄言。


 ここで、疑問を持ったあなたに注意書きをする。

 僕は中間一貫校に入学しなかったのか、と。どうして、今までのくだりで立星高校が例の中間一貫校でないと判断したのかは判らないが、実際のところ僕はその辺の下とも上とも言えぬ微妙な公立高校に通っている。

 つまりはあなたの言う通り、妹とは違う学校に通っているのだ。

 なぜそうなったのか。

 理由は単純。落ちたから。それも2回とも。(中学受験と高校受験という意味だ)

 僕には妹のような学力もなけりゃ、努力をする根性もなかった。ただそれだけの話。


 だから、家族内での僕の役割は"プロ野球の3軍"。香里奈かりな(妹の名前だ)はよく出来るというのを強調するために存在する——それが役割。

 尤も、実際のプロ野球の3軍はそんなふうに1軍や2軍のために存在している訳ではないだろうからこれはあくまでも比喩的表現だ。


 そんな僕は、"出来ない兄"のまま、香里奈より低い位置を生きている。だが、それはよくラノベで見るような"実はハイスペキャラ"な訳でもなく、ただ単に、結果としてそうなっただけ。


 こうして考えること自体、自分が不必要に傷つくのを防ぐためのもの。格好よく言うなら「尊大な羞恥心と臆病な自尊心」によるもの。自分は所詮こんなものだから、と努力することを拒み、自分の本質が見破られることを恐れている。


 そうだと判っていても、こうなってしまっているのだから、皮肉なことに、プライドだけは香里奈と同レベルのものを授かった、と言えるのかもしれない。


 

 さて、相変わらず、陰のことを考え陰の空気を振り撒く僕は、放課後相も変わらず図書館に向かっている。

 おや、冷暖房完備、ドリンク飲み放題の快適な読書場所を確保したのではなかったのか?

 もちろんのこと、そうではあるが、僕が今からするのは場所の確保ではなく本の確保だ。


 ——さてさて、今日は何の本を借りるか……。


 片耳に運動部の掛け声を聞きながら頭に本の表紙を思い出す。


 ——声を出せば、勝てるのかよ。


「うん?」


 2、3歩というところに明るい色の布が落ちているように見える。一般的にハンカチ、と言うのだろうが、この部分では単なる情景描写としてこう書く。


 表の右下のところにあの馬のマークが入った上等な品。誰のものだろうか?

 普段なら、踏みつけるか、そうはしなくともスルーして通っているのに今日は変に考えてしまう。

 フカフカしていて綺麗だったからか、上等そうなものだったからか、それとも——。


「シュー、どした?こんなところで。ボケっとしゃがみ込んで」


 そう失礼なことをサラッと言いながら僕のことを"シュー"と呼ぶ彼女は連邦捜査局——FBIに所属するメガネの彼女ではなく(僕も700ヤード先を射撃することはできない)文芸部部長の栞里さんだ。

 この前、知ったことに、厳密には部には人数が足りず、研究会ということだったが、気にしない気にしない。


「ちょっと、気になったことがありまして……」


「じゃぁ、このメガネ貸してあげるから『あれれー』ってやってみ。面白いから」


 今日も、栞里さんは絶好調だ。

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