拗らせ男子と先輩女子

君偽真澄

001 出会い

 何の変りもないチャイムが鳴り、担当教諭が授業の終わりを告げる。

 金曜日であることもあってか、クラスメイトは友人と放課後の予定を取り付けているが、ボッチである僕にはそんなものはない。


 今日も空気のまま教室から退散することとしよう。


 と、教室を出たところで邪魔な集団が目に入る。親しいもの同士で集まるのはご自由にどうぞだが集まるところは考えてほしい。

 廊下ではなかったが、教室のドア口でたむろする輩がいるが、そいつらが1番癖が悪い。どいて、と可愛くお願いしたはずなのだが、どうやら僕の可愛さは判ってもらえないらしい。露骨に面倒くさそうな顔をされる(か、無視されるかだ)。本音と建前の使い方を京都人に教えてもらえ、そう思う。


 さて、今回はどうするべきか。「邪魔どいて」と言うことは簡単だが、クラス内で悪目立ちすることだけは避けたい。


「そこ、通路の邪魔になってる」


 と悶々と思っていたところで女神降臨。

 先生が、注意したのかと思ったが、同じクラスの女子のようだった。


「あ、ユッキー、ねぇ今日みんなでカラオケに行こうって話をしてるんだけどー」

「うんうん、判ったから、もうちょい端に寄ろっか」


 ユッキーと呼ばれた彼女の名前は熊沢柚希くまざわゆずき。熊は熊でもシロクマのような白い肌に整った顔。その上、気遣いも出来るとなれば、本当に であろう。

 よくある設定なら、成績もトップクラス……となるだろうが、現実は如何に。

 まぁ、兎にも角にもシロクマさんが折角あけてくれたんだから、ここに留まる必要などない。さっさとズラかるとする。

 そう思って、歩き出すと、


「あ、西川にしかわくん、お疲れ!」


 と声をかけられた。

 誰に?熊沢さんに。もちろん、さっきのシロクマさんだ。その他に熊沢なんていう苗字はいない。


「あ、ありがとう、熊沢さんもお疲れ」


 僕は咄嗟にそう返すが、シロクマさんの取り巻きは訝しげな顔をしている。

 まぁ、無理もない。存在感ゼロ、ボッチでドが付く陰キャの僕にあの熊沢さんが挨拶をしたんだから。



 そんな感じで、友人がいない理由が自明になるようなことを考える僕は今、校舎の1階にある図書館の片隅で絶賛ボッチ空間制作中である。

 僕は読むジャンルを特に決めていない濫読派だが、今日のお供はかの『館シリーズ』で有名な綾辻行人の『囁きシリーズ』第1弾『緋色の囁き』。

 綾辻先生と言えば意表をつくどんでん返しだが(尤も、意表をつくからどんでん返しとも言える)、今作でも……。


 と思っていると、横から何やら視線を感じた。


「なんですか?」


「あわっつわあ%$#&」


 声を掛けたらとても驚かれた。

 ここは図書館だ。静かにしてくれ。


「落ち着いてください。ほら、息を吸ってスーハースーハー」


 全く世話の焼ける人だ。

 僕に何やら視線を集めていた当の本人は僕の「スーハー」に合わせて深呼吸。

 というか、すごい美少女だった。

 背はそんなにないが、ほんのり茶味がかったボブカットにクリっとした目。細縁でフレームの大きいメガネを掛けている。

 そして何より、凹凸がすごい。敢えて何が、とは言わないが。さっきのシロクマさんは将来に期待といった感じ。

 今日は美少女によく当たる日らしい。


 だが、肝心なことが1つ。

 誰?

 普段から下世話な会話に勤しむ男子と交流があれば、噂の1つや2つ訊くことがあるだろう。だが、この僕だ。僕の他人との非接触率を舐めてはいけない。


「落ち着きましたか?」


「うん」


「で、僕になんのご用ですか?」


「ああ、あたしはここの図書館の住民兼、立星りっせい高校文芸部の部長をしている小鳥遊栞里たかなししおり、高2だ。ところでなんだけど、キミはぶと書いてと呼ぶ理由を知っているかね?」


 さっきのオドオドした様子とは打って変わって饒舌になる小鳥遊さん。


ぶと書いてと読むことは知っていますけど、なんでそうなったかは自信ないです」


「そうだろ、そうだろ。実のところあたしもよく知らないんだけど、それはさておき、読み方云々に苗字の漢字が気に入らないんだよね、あたしは。

 何が小鳥が遊んでるだって?あたしは猫派だ。犬はダメだ。何かアホっぽい。

 ちなみにキミはどっち派だ?」


 人に質問を投げかけておいて答えを知らないとかいう質問者にあるまじき行動をとる小鳥遊さんはそんなことを訊いてくる。

 僕は『どっち派?』系の質問が嫌いだ。

 『タケノコかキノコか』。『沖縄か北海道か』。そして『猫か犬か』。

 別にどっちが何と決まったものでもないし、特にどっちってなぜ決めないといけないのか。


「ま、どーでもいいんだけどね。あたしもこの質問自体好きじゃないし」


 エスパーか、この人。いや、違う。

 何か、小鳥遊さんに親近感が湧いた気がした。


「それで、小鳥遊さんは僕に何用ですか?」


「その苗字呼び、やめてくれないか。

 さっき言った通り、苗字が好きじゃないというのと。2年にはね、もう1人タカナシがいるんだよ。漢字はhighの高いにpearの梨の方だけど。

 もう1人の方はね。あたしなんかより顔もいいし色々とすごいんだよ。

 だからなんか嫌だ」


 た……じゃない栞里さんも十分可愛いし色々とすごいですよ、とは言わなかった。


「じゃあ、栞里さん。僕に何用ですか?」


「ああ、その話だったね。

 あたしが文芸部の部長をしていることは言っただろ?その文芸部が、廃部の危機なのだ!」


 なのだ! って。


「だから、あたしと同じく図書館の住民になっているっぽい、キミを誘ったという訳」


 ほう、あの「あわっつわあ%$#&」は誘っていたのか。知らなかった。


「どう?魅力的でしょ?

 部室もちゃんとあるし、旧校舎だけど冷暖房完備!」


「う〜ん

 もう1押し」


「どうしてか冷蔵庫とコーヒーメーカーがあるから温かいのも冷たいのも飲み放題!」


「入りましょう」


 こうして、今僕は栞里さんと友好の握手をしている。

 栞里さんは「どうして、それで釣られるんだ……最近の若者は……」と小さく呟いているが、気にしない気にしない。


「ところでなんだけど、キミって名前なんていうの?」


 そう言えば、言ってなかった。が、名前も知らぬ相手を部活に誘っている栞里さんにも疑問符がつくが。


「西川秀馬しゅうまです。よろしくお願いします、栞里さん」


 どうして、栞里さんとはこんなにすんなり喋れたのか、スッと入部を決めたのか判らないけど、今後の生活にほんのり陽が差した気がした。


「秀馬……か。武士みたいな名前だな。シューでいいや」


 栞里さんはこう言って顔をあげて、


「シュー、こちらこそ宜しくね」


 こうして、シュークリームみたいに僕のことを呼ぶ栞里さんとの日々が始まりました。

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