第13話 葛城かなみと如月由芽の関係性

「由芽の事を、もっと詳しく知りたい?」

「う、うん。由芽ちゃんの事、やっぱり私は何も知らなくって。由芽ちゃん、私が1人前になったら演技を辞めるって………」


 ゴールデンウィーク最終日。

 由芽とれいと遊びに出かけた先で、彩香さんからそんな電話がかかってきた。


 2人には先にゲームセンターに入って貰って、あたしは外で通話をする。中じゃ聞こえづらいし、彩香さんからあたしへの電話となれば内容はなんとなく理解できるし。

 想像通り、電話の内容は由芽のことだった。


「…………ああ、彩香さんにも話したんですね」

「そ、そうなの。………あれ?由芽ちゃん、かなみちゃんにも話してたの?」

「もちろんですよ!あたしは、由芽の幼馴染ですから」


 ひなのと会った帰り、由芽の顔はずっと酷いものだった。そりゃそうだ、せなさんの死を由芽はまだ乗り越えられてないんだから。

 再び役者の道を歩むことは、由芽にとって想像を絶する負担になる。

 

〖大好きだよ、わたしの大切な幼馴染っ!〗


 ひなのから聞いた。せなさんの遺品で、由芽とせなさんが付き合っていたと。


 それを聞いて、由芽があそこまで沈んでいた気持ちが分かった。

 そして同時に、少しだけせなさんの事を恨んだ。


 由芽はあたしにとって、半身みたいな存在だ。物心がつく前から一緒で、どんな時でもあたしが由芽を守りたいと強く願ってきた。あたしの、大切な宝物。

 当時は、別に恋人なんて関係は要らないと思っていた。だって、由芽とあたしはそんなもので縛れる関係じゃない。もっと深い、深いところで繋がっている。この関係は、誰にも壊すことなんて出来ない。


 でも、由芽はせなさんを恋人にして変わった。


 明確にどこが変わったわけじゃないけど、由芽は確かに変わった。せなさんが恋人になって、由芽の一番はせなさんになったんだ。


 そしてそれは、今も変わらない。

 あたしは知ってる。毎朝、由芽がせなさんとの写真の前の箱にキスをしている事。毎日由芽が付けているネックレスは、せなさんとのおそろいだったという事。


 勿論、由芽はあたしの事を大切にしてくれている。多分、優先順位でいえば一番上に来るかもしれない。でも、由芽の一番はあたしじゃない。


 由芽を置いて旅だったのに、せなさんは由芽の一番であり続けている。だから、少しだけ恨んでいる。


「……それが由芽の選択ですから、あたしは何も言えないです。あたしは、由芽に幸せになってほしいから」


 あたしは、由芽が幸せになってくれればそれでいい。

≪嘘。本当は、由芽と一緒に幸せになりたい。せなさんの事も含めて、由芽を世界一幸せにしてあげたい。恋人になって、結婚して。一生、傍で由芽を支えてあげたい≫


 由芽の一番じゃなくても、あたしの一番は由芽なんだから。

≪なんでもするから、由芽の一番をあたしにしてほしい。せなさんやひなの、彩香さんより、あたしを大切にしてほしい。あたしを、由芽の世界一にしてほしい≫


「彩香さんはどうしたいんですか?由芽をまた、役者の道に行かせたいんですか?」

「ほ、本当は、そう思ってる。私は、由芽ちゃんの演技に魅了された人間だから。もう一度、あの輝きを見たいって、そう──」

「それで、由芽がもう一度苦しむことになってもですか?」


 確かに、由芽は天才かもしれない。あたしもその才能を傍で見てきたから、それに焦がれる人がいるのはよく分かる。

 

 でも、役者の才能だけが由芽じゃない。

 あたしは知っている。由芽が、意外と料理上手なこと。現代文が得意で、コミュニケーション能力が高くて、誰にでも優しくて、綺麗で。

由芽は、役者にならなくても生きていける。由芽が望むなら、何にだって成れる。


そして、あたしはその為なら何だって捨てられる。


「由芽には、幸せになってほしい。それが役者なら、あたしは全力で支えます。でもそうじゃないなら、彩香さんみたいな人はあたしの敵です」

「かなみ、ちゃん……」


 このくらい強く言っておけば、彩香さんもひるんでくれるでしょ。彩香さんも由芽の事が好きなのは見てて分かるし、多分大丈夫。

 とはいえ、流石に言い過ぎたかな。あたしも彩香さんの事そこそこ好きだし、険悪にはなりたくないな。


「……とはいえ!由芽が何を選択するかはまだ分からないので彩香さんはそこまで気にしなくていいと思いますよ!由芽は、あたしがちゃんと見ておくので!」

「…………そう、だね。かなみちゃんがいてくれるなら、安心かな!」


 そうして、ゴールデンウィーク明けの活動を少し話して通話を終えた。


―――


「ほんと、今日はれいがごめんね~」

「ふふっ、気にしないで。わたしも楽しかったし、中々こういう機会最近までなかったし」

 

 そう言う由芽の朗らかな笑顔に釣られて、あたしも思わず笑みが漏れる。


 日中のお出かけを終えて、お互いの家で晩御飯を終えて。

 今日は由芽の部屋で、いつ振りかのお泊りをしようという話になった。もちろん、提案をしたのはあたしだ。


 由芽の寝間着は何度も見ているけど、お風呂上がりとなるとわけが違う。生来の美少女さに、お風呂上がりの色気も追加されてる。ぶっちゃけ、今は平静を保つので精いっぱいだ。


「それにしても、かなみちゃんとのお泊りって久しぶり~!ね、いつ振りかな?」

「多分、中学1年の時かね~?あれから、由芽は付き合い悪くなったからな~!」

「うぐっ、それはごめん……」


 てへっと舌を出して、由芽はそこから自然に話題を逸らしていく。

 あたしもそれに乗って、自分の感情から目を逸らす。そうしないと、その期間の事を考えてしまうから。由芽がせなさんと愛し合っていた時の事を想像して、黒い感情が噴出してしまいそうになるから。


 嫉妬深い、醜い、気持ち悪い。


 だって、由芽が選んだんだから。せなさんを選んだのは、由芽なんだから。

 もういない人に向ける感情じゃないって分かってる。でも、止められることができない。


 きっとせなさんが死んで以来、由芽の心は砕け散ったままだ。それを無理やり欠片を集めて、形だけの〚如月由芽〛を無意識に演じている。由芽本人も多分気づいてない、あたしだけが知っている事。


「その時れいちゃんがね~……って、かなみちゃん聞いてる?」

「も、もちろん!」


 ダメだ、ダメだ。

 由芽と一緒に居ればいるほど、由芽の事を考えれば考えるほど。


「……ねぇ由芽。手、握っていい?」

「手?別にいいよ、はい」


 2人でベッドにもたれかかりながら、あたしはおずおずと由芽の手を握る。

 伝わってくる体温が、すぐそばの息遣いが。全てがあたしの感情を揺さぶって、あたしの気持ちを大きくさせる。


 好き、大好き、愛してる。そんな言葉じゃ縛れないくらい、あたしは由芽が好きだ。


「こうしてるとさ、なんか幼稚園の頃思い出すよね。あの頃から、かなみちゃんはわたしを守ってくれてたわけだ」

「……あはは、なにそれ!そんなの当たり前じゃん」


 由芽は小さいころから異性同性問わずモテてるから、あたしがずっと睨みをきかせてる。勿論全部は把握できないけど、ある程度はあたしが相手を排除できる。

 これが独りよがりなのも分かってるけど、でも由芽の事を好きだから。由芽に気づかれるまでは、多分続けていくんだろうなぁ。


 由芽の方を見ると、由芽もあたしの方を横目で見ていた。綺麗な横顔が見えて、あたしの鼓動が早くなる。劣情をなんとか抑えるように、握っている手を強く握る。


「ありがと、かなみちゃん」


 ふわっとした笑顔は、魔性のような美貌すら隠す。だというのに、あたしの心はいとも簡単に、目の前の由芽に奪われて。


 一瞬、意識が飛んだ。


「あ、そいえばアルバムあるよ。久しぶりに──きゃっ!?」


 飛んだ意識が戻れば、あたしは由芽を押し倒していた。


 顔が近くて、良いにおいがする。少し目線を下に向ければ、由芽の小さな体にそぐわない豊かな胸が見える。密着した体は、あたしの触れている部分がとんでもない熱を持っているように感じた。


「かなみちゃん?」


 由芽の声で、ふと我に返る。

 由芽の表情はひたすら困惑しかなくて、それで自分が何をしているか分かった。


「ご、ごめん!……あはは、何やってんだろねあたし!」


 本当は、勢いに任せてキスをしたかった。抱きしめて、愛を伝えて、どんな結果でも由芽に伝えたかった。

 でも、やっぱりあたしは臆病だ。由芽に嫌われるのが、由芽に拒絶されるのが、あたしは耐えられない。そうなったら、あたしは死ぬよりも辛い。


「ごめん、すぐどく──おわっ!?」


 なんて考えを一蹴するように、由芽があたしを抱き寄せる。

 目の前に由芽の顔が来て、鼻腔をくすぐる良いにおいがあたしを包む。がっしりと抱きしめられて、あたしの体温が上昇していくのがよく分かった。


「なっ、えっ、ど、どうしたゆめ!?」

「ん~?かなみちゃんが寂しそうな顔するから、何かしてあげたいな~って。ね、今日はこのまま寝ちゃおうか。そしたら、かなみちゃんも寂しくないでしょ?」


 悪戯が成功したように笑う由芽は、きっとあたしの気持ちなんて気づいてない。


 あたしの大切な幼馴染。鈍感で、綺麗で、魔性の色気を持っていて、なのに近寄りがたさは全くない。

 大好き、愛してる。彩香さんにも、ひなのにも負けない。……いつかせなさんよりも、あたしの事を好きだと言ってもらいたい。

 

 あーあ、あたしこんなキャラじゃないのにさ。もっと飄々としてる方が、ずっと生きやすいって知ってるのに。

 分かってる。これが、魔性の女に魅入られてしまった。


「ばーか。………ありがと、愛してる」


 惚れた弱みなんだ。

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