第14話 柊彩香と、如月由芽の昔話

「うーむ、位置はここでいいかね……」

「ゆ、由芽ちゃん?それはどういう?」

「次のレッスンですよ、彩香先輩」


 ゴールデンウィーク明けの、初めての部活。

 次のレッスンというか段階に進むべく、わたしは教室内の3か所にカメラを設置していた。本当はかなみちゃんにも居て欲しかったけど、今日はれいちゃんの面倒を見なきゃで早く帰ってしまった。


「次のレッスン?」

「はい。今までは気にしていなかった、“観客目線”を意識して演技をして貰います。その為に、三脚とカメラを写真部の友達に借りてきました」


 彩香先輩は、基礎は徐々に出来てきている。

 “憑依演技”に頼ることはせず、わたしの思惑通りに“出産型演技”が形になってきている。感覚ではなく、理論が付いてきているんだ。


 だからこそ、次は沢山の視点を持つことを目標にする。


「このカメラたちを意識して、自分がどう見られているかを意識して演技してください。舞台でも映像作品でも、この意識は何より大切なものです」

「なるほど……。でも、意識してない演技はいらないの?比較した方が、より分かりやすいと思うんだけど」

「ふふっ、良い目の付け所ですね彩香先輩!ちゃんと、ゴールデンウィーク前にかなみちゃんに撮ってもらってますよ」

「よ、用意周到だ………」


 うんうん、彩香先輩の驚く顔は可愛いね!こういう自然な表情も、意識して演技できたらプロでも通用するなぁ。彩香先輩、かなりの美人だし!

 なんて、“憑依演技”を使わないそれはかなり難しい。もしそれが出来たら、わたしの教える事はかなり少なくなるなぁ。


 いつも通りの、演技をするための定位置に立つ。

 そこに演技を目的に立てば、わたし達は役者になる。


「それじゃあお題は……。何にしましょうか?」

「そうだなぁ……。うん、いつも通りの恋人のエチュードをしたいな」

「分かりました」


 よーし、それじゃあリリエット!今日も彩香先輩の……、ううん。セレナの良いところとダメなところを、沢山見つけよう!



 ああ、とっても綺麗。


『お姉さま?今日はリリエット、怒っているんですよ!』

『ふふっ、どうしたのリリエット?そんなにむくれていると、可愛い顔が台無しよ?』

『お姉さまが悪いんですっ!この前だって──』


 由芽ちゃんの演技は、ごく自然で違和感がない。

 演技をする以上どこかに違和感が生じるはずなのに、仕草も表情も一つの人物を演じ切ることが出来てる。


 天城先生の家に行ったとき、私は由芽ちゃんの演技について天城先生に聞いた。由芽ちゃんの演技は、外側からの情報だけで作る“建築型”の演技。

 だというのに、“憑依演技”となんら変わりない自然さを感じさせる。由芽ちゃんは外側から見れば“憑依演技型”なのに、内実はその真逆。どこまでも自分を俯瞰して、計算し尽くした演技をしている。


 経験と、技術と、才能の結晶。私には、きっと追いつけない。


『──だから、お姉さまが悪いんですっ!』

『ええ?そうは言っても、由芽ちゃんも悪いでしょう、それ?」


 ずっと、傍で見ていたい。その演技力で、私の世界に色を付け続けて欲しい。


【それで、由芽がもう一度苦しむことになってもですか?】


 そんなの、絶対に嫌だ。由芽ちゃんが苦しんで悲しむ姿なんて、私は見たくない。


 きっと、私は由芽ちゃんの事が好きだ。後輩として、人間として、そして恋愛的な意味でも。

 そんな子が苦しむ姿なんて、見たいわけがない。


 …………私は、どうすればいいんだろう。どうしたいんだろう。

 由芽ちゃんは、演技を嫌いになったわけじゃない。顔も知らない誰かの、無責任な重圧がイヤになっただけ。その重圧がどれほどのものかは、私には分からない。だけど、そんなもので由芽ちゃんに諦めてほしくない。


 由芽ちゃんは、如月由芽は。誰よりも輝いている、私にとっての憧れなんだもの。


 ……あれ?私、こんなに演技中に余裕が──


「どうかしたんですか、彩香先輩?演技、全然集中できてないじゃないですか」

「えっ……、あ。ご、ごめんね!」


 う~、やっぱりだ。いつもは演技中は、こんなに思考する余裕なんてないのに。

 貴重な由芽ちゃんとの恋人のエチュードの時間で、私は余計な事ばかりを考えてた。こんなの、由芽ちゃんにとんでもなく失礼なのに……。


「……とりあえず、カメラ返してきますね」

「え、えっ!?ま、まだ時間あるよ!?」


 だ、だめだ!これ完全に、由芽ちゃんを怒らせちゃった!ど、どうしよう、このままじゃ見捨てられちゃう!

 由芽ちゃんと、一緒に居られなくなっちゃう……!


「ふふっ、別に怒ってないですよ。だから、そんな顔しないでください」

「あ………、えっ……?」

「顔にくっきり書いてますよ?わたしが怒ったから、こんな事してるんじゃないかって」

「ち、違うの?」

「違います。………誰にでも、集中できない精神状態の時はあります。そういう時は、一度目の前の事から離れなきゃですよ♪」


 そう言う由芽ちゃんのウインクは、私の心を軽くする。

 あはは、これじゃあ本当に、どっちが先輩なのかわっかんないなぁ。


「て、手伝うよ!」

「ありがとうございます!それじゃあ、そこの三脚を──」


―――


「はい、由芽ちゃん!今日は私のせいで、こんな事になっちゃってごめん!」

「もう、別にいいのに……。でも、ありがとうございます。それじゃあ、今日は演技の事は忘れてお喋りでもしちゃいましょうか♪」


 あれから写真部にカメラと三脚を返して、私たちはいちごミルク片手に部室へと戻ってきている。

 諸々の片付けも済ませて、今日はゆっくり時間まで駄弁ろうと由芽ちゃんが提案してくれた。本当に、由芽ちゃんには頭が上がらないなぁ。


「それにしても、今日はどうしたんですか?なんだか、いつもの彩香先輩らしくなかったですけど」

「うっ、ちょっと考え事してて……」

「考え事、ですか?」


 由芽ちゃんの事を考えてた。なんて言ったら、きっと由芽ちゃんは気にするだろうな。自分がどうしたいかも分からないし、これは本人に言うべきことじゃない。

 これ以上、由芽ちゃんに余計な負担を掛けたくない。


「そ、それより由芽ちゃん!改めて、由芽ちゃんは凄いね!由芽ちゃんの演技って凄く自然で、本当に綺麗で。流石、あの天城さんのお弟子さんだよね!」

「あはは、そんな事はないです。前にも言いましたけど、同年代はともかくとして、わたしより上手な人は沢山いますから。勿論、彩香先輩もそのポテンシャルはありますし」


 そう言いながら、由芽ちゃんは机に伏せながら私の手を握ってくる。そんな体勢だからいつも以上に上目遣いが映えて、由芽ちゃんの魔性の面が引き出される。

 綺麗だけど、それ以上に怖くなる。こうして触れていれば、私はとんでもない間違いを犯してしまうんじゃないかって。


 う、ううん!由芽ちゃんはこれ絶対無意識にしてるんだし、こんな考えをしてしまう私の方がやばいんじゃないかな!?


「頑張って欲しい、なんてわたしは言えませんけど。でも、彩香先輩には夢を叶えて欲しいです。彩香先輩には、その能力があるんだし」


 そうやって儚げに微笑む由芽ちゃんは、どこか年相応な雰囲気を漂わせていて。

 何故か、消えてしまいそうに感じた。


「……由芽ちゃんは、将来の夢とかない?」

「もう、ありません。わたしのやらなきゃいけないことは、沢山の想い出を持って死ぬことだけです」

「え………………、死ぬ、こと?」

「はい。……あはは、変な事言っちゃった。あんまり、他の人には言わないでくださいね」


 そこにさっきまでの儚さがない事が、私には余計に違和感を覚えてしまった。


 悪戯好きで子供っぽいのに、同時に大人顔負けの大人らしさを持っているのが由芽ちゃん。そのはずなのに、由芽ちゃんにはまだ私の知らない顔がある。

 やらなければいけないことも、きっと由芽ちゃんの過去にあった事に起因しているはずだ。まだ15歳の女の子が、死ぬことを目標に生きている。そんな歪な事が起きてしまうなんて、そんなのおかしい。


「聞かせて、由芽ちゃん。由芽ちゃんが経験してきた、全部を」

「あはは、面白いものなんてなにもないですよ。それより、彩香先輩の──」

「私は!……私は、由芽ちゃんの事が好き」


 抑えなきゃいけないはずの言葉なのに、その想いは零れてしまう。

 だって、それが私の本心だから。由芽ちゃんの本心が聞きたい、由芽ちゃんの事をもっと知りたい。由芽ちゃんを、もっと理解したい。


 “推し”としての好きじゃない、もっと深く種類の違う好きを知ってしまったから。もう、私の心は止められない。


「だから、教えて欲しい。由芽ちゃんの事を、私に聞かせて欲しいの」


 私の言葉を受けて、由芽ちゃんは目を大きくして固まった。でもゆっくりと微笑んで、私の手を強く握る。

 人に自分の事をあまり話さない由芽ちゃんには、きっと負担になるだろう。でも、私は知りたい。知って、由芽ちゃんの負担を少しでも共有出来たら。少しでも、由芽ちゃんを助けられたなら。ただ、それだけなんだ。


「………………あんまり、聞いてて気持ちのいい話じゃないです。かなみちゃんにも話してない、とてもつまらない話です」

「うん、それでも私は聞きたい」

「……もー、彩香先輩はずるいなぁ。そんな顔されると、話さなきゃって思っちゃう」


 由芽ちゃんは手を放して、持っていたいちごミルクの缶を両手で握る。それを見つめながら、ゆっくりと話し始めたくれた。


「……それじゃあ、話します。わたしの、どうしようもない昔話」

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