第11話 柊彩香と如月由芽の過去

 わたしは、演技が好きだ。

 自分じゃない誰かを演じて、皆と一緒に作品を作り上げていく感覚がとても楽しい。


 演劇同好会で演技をするのも、とても楽しい。

 殺伐といってもいいくらい真剣に周りが演じていた小・中学校時代と違って、演技を緩く楽しめる環境が新鮮で。


 でもきっと、一番の理由は違うんだ。


 演技を好きになったきっかけは、せなお姉ちゃんの演技を見たから。わたしも、そうなれればいいなって思ったから。


 緩い演技を楽しめているのは、演技を真剣にするのが怖いから。きっと真正面から向き合ったら、わたしは色んな責任に押しつぶされてしまう。


 せなお姉ちゃんの全てを、わたしは背負うことができないから。



「ありがとうございます彩香先輩。わざわざ、わたしのわがままに付き合ってもらって」

「そ、そんな事ないよ!ふ、ふへへ、由芽ちゃんとデート……!」

「あはは、それじゃあ行きましょうか」


 ゴールデンウィーク真っ只中。

 由芽ちゃんと日時を合わせて、私達は都心まで遊びに出かけている。


 せっかくの“推し”とのデートだし、今日はガチガチに気合を入れてきました!


 集合は11時だったのに、朝6時から起きてああでもないこうでもないとメイクをし!お母さんや友達に沢山聞いて、服装もお気に入りから選んで!


 そうやって集合場所に30分前に来て、時間ぴったりに来た由芽ちゃんに私は改めて一目ぼれをしてしまった。

 ふわりとした淡い茶髪に合わせた、白いロングスカートの似合う清楚系コーデ。周囲を歩く人が男女問わずチラチラと見ていて、正に別格の美少女。


 ど、どうしよう!?こんな娘がいたら、ナンパされまくっちゃうよ!?


「先輩?どうかしましたか?」

「う、ううんっ!なんでもないよ!」


 いつも傍で守るかなみちゃんはいない!わ、私が由芽ちゃんを守り切らなきゃ!


――――


「あ、これ美味しい。やっぱり、甘いものはいいですよね!」

「う、うん!そ、そうだね!」


 あれから3時間ほど。ふらふらとウィンドウショッピングやお昼ご飯を楽しんだ後、クレープ屋で買ったクレープをベンチで私達は食べていた。


 クレープを食べながら、由芽ちゃんは弾ける笑顔を私に見せてくれる。


 そんな笑顔に見惚れる自分をなんとか自制して、かろうじて私は返事をする。私の頭の中は、既に由芽ちゃんが可愛いという感想で埋め尽くされてしまってる!


 はぁ~、本当になんでこんなに美少女なんだろう……。流し目でクレープから私に目を向ける事すら綺麗で、泣きぼくろが美人をより引きだたせていて。仕草1つすら、天性の美少女だと私の脳を揺さぶってくる。


「………彩香先輩?」

「ひゅえっ!?な、なにかな!?」

「そんなにいちごクレープ食べたいんですか?ふふっ、さっきからわたししか見てないじゃないですか」

「そ、そういうわけじゃ──」

「はい、あーん」

「………あ、あー」


 やばいやばいやばいやばい!


 ダメだよ由芽ちゃん、言動の全部が魔性過ぎるよ!なんでかなみちゃんは、由芽ちゃんとずっと一緒にいて平気なの!?例えその気がなくても、こんな距離感で居たら間違いなく由芽ちゃんに堕ちちゃうでしょ!?


 ぜ、ぜんぜん緊張で味しないし……!ああ、もったいないよう!


「そ、それより由芽ちゃん!今日は、どうして私を誘ってくれたの!?」


 は、話を変えよう!このままだと、私はとんでもない事を口走っちゃう気がする!


「そーですね、先輩ともっと仲良くなりたかったのもあるんですけど」

「え、えへへ……。ん?ですけど?」

「少し、見てもらいたいものがあったんです」


―――


「…………由芽」

「久しぶり、せんせ」


 由芽ちゃんに連れてこられたのは、駅からさほど離れていないマンション。


 そのマンションの3階の部屋の前で、由芽ちゃんは慣れた様子でベルを鳴らす。そこから出てきたのは、私でも知っている有名な人だった。


 天城華香。

 私が生まれる前から活躍している役者で、確かもう70代だった気がする。日本のあらゆる賞を総なめにした天才女優で、引退した後は演出家に転身した人だ。朗らかで、でも演技には誰よりも真摯。


 由芽ちゃんが役者の業界で有名人なのは知っていたけど、まさか天城さんとも知り合いだったなんて。


「………待ってたわ。そちらの子が、電話で言ってた?」

「うん。あ、2人に紹介するね。せんせ、この人が柊彩香先輩、演劇同好会の先輩。彩香先輩、こちらの人はわたしの小学校の時からの演技の先生の天城華香せんせ」

「は、初めまして!柊彩香といいます!」

「ふふふ、そんなかしこまらないで。よろしく柊ちゃん。さ、2人とも上がって」


 天城さんに促されるまま部屋に上がって、広い広いリビングに通される。ソファに座らされた後、天城さんは紅茶を持ってくるとキッチンへ行った。


 い、今しかない!


「き、聞いてないよ~由芽ちゃん!」

「あはは……、すみません。でも、いずれ先輩をせんせに紹介しなきゃとも思ってたので。そしたら、せんせもゴールデンウィークは空いてるっていうし。ちょっとした、サプライズになるかな~って」

「そ、そんな、由芽ちゃんの先生にお会いできたのは嬉しいけど……!サ、サプライズは私の心臓が保たないって!」

「もう、そういう悪戯っ子な所は相変わらずね由芽」


 可愛いアンティーク調のカップに入った紅茶を持ってきて、天城さんは穏やかな顔でそう言った。由芽ちゃんのこういう小悪魔なところ、小さいころからなんだ……。


「あ、ありがとうございます!」

「ありがとせんせ!」

「いいのよ。………私は、元気な由芽を見られるだけで嬉しいんだから」

「……そっか。ごめんね、あれから顔出せなくって」


 由芽ちゃんの顔が暗くなっていく。

 私の知らない、由芽ちゃんの過去。いつか、由芽ちゃんが自分から打ち明けてくれたら。そういう存在になれたら、なんて。


 その雰囲気も霧散して、3人でなんてことない世間話が流れていく。

 高校の様子はどうだとか、演劇同好会はどんなことをしているのかとか。


 そこで気づいたのは、由芽ちゃんと天城さんは本当に仲が良いみたいだった。由芽ちゃんが小学1年生の頃に弟子になってからの付き合いだそうで、中学の最後の公演まではずっと演技指導をしてもらっていたらしい。


 親子、というよりはおばあちゃんと孫?そのくらい、2人は仲が良いみたいだった。


 そうして小一時間話したところで、本題に入るみたいだった。


「ああ、そういえばあの映像だったわね。準備してるから、今再生するわね」

「えっと、今から何を観るんでしょうか?」

「………彩香先輩には、伝えておきたくて」


 何を?そう聞き返そうとしたら、テレビに映像が映し出された。


『おっかさん。今帰ったよ。具合悪くなかったの?』


 映し出されているのは、演劇の舞台映像。


『ぼくはもう、すっかり天の野原にきた』


 作品名は、銀河鉄道の夜。知らない人の方が少ない、宮沢賢治の童話作品。


 由芽ちゃんの演じるジョバンニは、私の知っているジョバンニと一致していて。カムパネルラや他の役の人の演技すら喰ってしまいそうな存在感で進んでいく。


 でも、それも前半まで。後半になるにつれて、由芽ちゃんに他の人の演技が引っ張り上げられる。舞台のクオリティが、他の役者のクオリティが上がり続ける。


『何かあったんですか!?』


 そうして終幕に差し掛かった舞台は、1つの芸術になっていた。

 私の語彙では表せない程完成された舞台。おおよそ中学生が演じているとは思えない、大人にも出せないクオリティ。


 その中心にいるのは、間違いなく由芽ちゃん。

 自身の演技を完璧に操り、他者の演技のクオリティを底上げし続け、観客を意識した振る舞いを絶やさない。


〖基本は自分を俯瞰して演技する、いわば“演出家型役者”ですかね。それにプラスして、外側から感情を持ってきて役作りができる天才なんです!〗


 かなみちゃんがそう言っていたのを思い出す。


 でも、そんなものじゃない。

 私が食い入るように観ていた由芽ちゃんのどの動画よりも、遥かに上。天才なんて生ぬるい表現で収まらない、規格外の才能と技術。


「…………すごい」

「ふふっ、でしょう?これが中学1年生の頃に役者界隈を震撼させた、如月由芽の中学で最初の公演なの」

「ちゅ、中学1年生!?」


 中学生の頃なのはうすうす分かってたけど、まさか1年生!?


「す、すごいなんてものじゃ………」

「そうね。私の役者人生の中で、由芽以上の才能は見たことないわ」

「もう、言い過ぎだよせんせ。わたしより上手な人なんてごまんといるじゃん」

「思いあがらないのはいいけど、謙遜しすぎもよくないわよ」


 天城さんの言う通り、テレビに出てる俳優や役者の中でも、由芽ちゃんに匹敵する人なんてそこまでいないはずだ。

 あんな演技能力、皆が持っていていいはずがない。


 だからこそ気づいた。由芽ちゃんと一か月演技をしてきたからこそ、分かってしまう。


 由芽ちゃんは一度も、私の前で全力で演技をしたことがない。


「由芽ちゃん、私に伝えたい事って……」

「はい。……この時の演技がわたしの全力です。これを観たうえで、彩香先輩とせんせに分かってほしいことがあります」


 胸がざわつく。今から由芽ちゃんが言うことは、私が聞きたくないことだ。

 由芽ちゃんの演技で世界に色が付いた私が、由芽ちゃんの演技に救われた私が、何よりも聞きたくない言葉。


「………わたしはもう、この演技をすることはありません」


 悲しそうにはにかんで、由芽ちゃんは私と天城さんにそう告げた。

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