第10話 如月由芽の愛する人

「うっ、うぅ………!まだ若いのに、どうしてこんな……」「天才って期待されて、その重圧で演技にのめり込んでいって。そうして、自分が分からなくなってたらしいわよ」「演技に溺れて、最後が車に跳ねられてしまうなんて。どうしてこんな事に……」


 顔が見えない。

 みんな黒い服を着ていて、誰も区別がつかない。


「お前がもっと目を向けていれば防げたんじゃないのか!」「貴方だってあの子に自由にさせていたじゃない!あの人の弟子になれたなら大丈夫だからって!」


 金切り声がする。

 静かな場所でなきゃいけないのに、皆声を荒げてる。


 みんな泣いている。

 悲しくて悔しくて、辛くて。失った人が、大きすぎて。


「如月さんは女優になるのよね……。あの子の遺志を、継いであげて……」

「由芽ちゃんなら、きっとあの子も……!」

「如月ちゃん、お願い……!あの子の姉妹弟子で、あの子が大好きだった貴方なら!」


【だって、貴女は天才なんだから!】


 なのに、わたしは泣くことが出来なかった。



「こら由芽、もう最寄りだよー」

「え……?あはは、ほんとだ」


 かなみちゃんに呼ばれて気づく。いつの間にか、渋谷から帰ってきてたんだ。


「由芽、大丈夫?」

「心配ご無用!ありがとねかなみちゃん」


 ひなのと会って、いろんな話をして。でもその主題は、結局はそれだった。


【……ゆーちゃん。私と、もう一度演技をしてください】


 真剣な目で、緊張した面持ちで。

 でも、確固たる強い意志を持った強い言葉で。


 ひなのの主張は、今も昔も変わらない。


 ひなのはただ、わたしと一緒に演技をしていたいだけ。プロの世界で、先生の弟子として。彼女の妹として、強く在りたいだけ。

 ひなのは強くて、純粋で。だから、わたしをもう一度誘ってくれた。


「それじゃ、また明日ね!」

「ええ、休みの日にも起こすのー?」

「違う違う、明日は由芽とデートしよっかなって!いいでしょ?」

「もー、甘えたなんだから。いいよ、かなみちゃんが起こしてくれたらしてあげる」


 そんないつも通りのお別れ。明日はきっと、9時には起こしにくるかな。


「あら、おかえり由芽!ひなのちゃん元気だった~?」

「うん、女優業も順調なんだって。明日はかなみちゃんと朝から出かけてくる」

「はいはい。それじゃあ、もうお風呂入って寝なさいね~」


 なんでもないように出迎えてくれて、お母さんは何も言わないでくれる。かなみちゃんも、帰り道で何も言わないでくれた。


 お風呂に入って鏡を見れば、そこにあったのは酷い顔。今にも泣きそうで、どこに出しても突っ返される。おおよそ、役者がしちゃいけない不細工な顔。


 お風呂を上がって体のケアをして。二階の自分の部屋に戻って──


「やっほーゆーちゃん!久しぶりにお邪魔しちゃってるよ!」


「っ……!」


 そこには誰もいない。いつも通りの、わたしの部屋だ。


「…………せなお姉ちゃん」


 呟いたところで、何も変わらない。過去だけは、変えることができない。


 そんなの、分かってるはずなのに。どれだけ後悔したって遅いって、分かってるはずなのに。せなお姉ちゃんのお葬式で泣けなかったわたしに、そんな事を考える資格すらないんだって。


 なのに、なのに!……なんで今更になって涙が出てきてしまうの。


「ひぐっ、せなお姉ちゃん……っ!なんで、なんでっ……!」


 わたしにちゃんと、助けてって言ってくれなかったの!?

 わたしに、傍にいてって言ってくれなかったの!?

 わたしのところに、戻ってきてくれなかったの!?


 ………わたしに、恋人に!……どうして、頼ってくれなかったの。


「由芽?」

「っ!?お、お母さん!?」


 いつの間にか座り込んでいたわたしの後ろに、いつの間にかお母さんが立っていた。


 見られたくない。やだ、こんなわたしを、誰にも見られたくない!

 だって、こんなのわたしじゃない!お母さんたちからも信頼されてて、皆から頼れるって思われていて!


 そんなわたしじゃないと、強いわたしじゃないと。

 また、大切な人を失くしちゃう……。


「ごめん、ちょっと声大きかったかな。すぐ寝るから、もうだいじょ──」

「もう、子供なんだから」


 お母さんはそう言って、わたしを抱きしめてくれた。


 暖かくて、優しくて、誰よりも安心できる。わたしを小さいころから待っていてくれる、お母さんの抱擁だった。


 だから、涙がとめどなく溢れてしまうのも。きっと、仕方ないんだ。


「私の前でそんな無理しなくていいの。偶には、母親らしいことさせてよね」

「おっ、おかあさ……」

「よしよし。……せなちゃんと付き合ってたのを知ってるの、私だけなんでしょう?だったら、私に泣きつかなくて誰に泣きつくのよ」


 強くて優しい声音、安心させてくれる声音。


 ひなのより、彩香先輩より、きっと、お父さんより。多分、かなみちゃんより。

 世界中の誰より、わたしを知っている人。


 わたしを、心の底から愛してくれている人。


「……わ、わたしをっ、頼って欲しかった!」

「うん」

「わたしを、もっと傍に居させて欲しかった!」

「ええ」

「わた、わたしとっ!人生を、この先を、歩んでほしかった……」

「………うん」


 どこまでも自分勝手なわたしの声は、全部お母さんの胸にぶつけられて。

 わたしが泣き止むまで。お母さんは、優しくわたしの背を撫でてくれていた。



 お母さんに抱きしめられて寝ても、わたしはいつもの夢を見る。


「ゆーちゃん♪おっまたせぇ!」

「もー、遅いよせなお姉ちゃん。一時間くらい待ったんだけど!」

「ごめんごめん!撮影長引いちゃってさ!」


 屈託のない笑顔で、わたしが世界一大好きな笑顔で。

 わたしの恋人は、謝りながら恋人つなぎをしてくれた。


 これは、確か付き合って2ヶ月くらいの時。まだわたしが中学1年生で、せなお姉ちゃんが高校1年生の頃だ。


「でも、CMなんてすごいねせなお姉ちゃん」

「んっふっふー!でも、ゆーちゃんにすぐ追いつかれちゃうからなぁ。演技でも顔の良さでもカリスマ性でも、ゆーちゃんに勝てる人はなかなかいないし」

「…………でも、わたしが好きなのはせなお姉ちゃんの演技だよ。繊細で、大胆で、それでいて綺麗で。そんなお姉ちゃんが、好き」

「………はぁ、今日も私のゆーちゃんが可愛い」


 そうそう、せなお姉ちゃんはこれが口癖なんだよね。


 自分の方が可愛いくせに、わたしばっかり褒めて。

 真面目で、責任感が強くて。


「なーに?それ言えば、わたしからキスすると思ってるでしょ。今日はそう簡単にはいかないからね!」

「………ほんとゆーちゃんって、世界一可愛いよね」

「なにそ──んっ……、はぁ……。………せなお姉ちゃんのえっち」

「ぐぅっ………!お、お持ち帰りは、まだ出来ないのに……っ!」


 せなお姉ちゃんとのキスは温かくて、優しくて。どんな時でも、わたしを幸せにしてくれる。

 せなお姉ちゃんと一緒にいれば、心が穏やかでいられる。ハグをすれば、好きが伝わってきて沢山幸せになれる。


 だから、せなお姉ちゃんにも同じ気持ちでいてほしくて。

 勉強して、好きを沢山伝えて。歳の差なんて関係ないくらい、甘えて欲しくて。


 好き、大好き。わたしの全部を捧げてもいいくらい、せなお姉ちゃんを愛してる。


「ゆーちゃん、大好きだよっ!」


 愛してるのに。この夢は、いつもせなお姉ちゃんのいない現実を思い出させる。



「………めー。ゆーめー!」

「んむぅ……!こ、こえがおおきい………!」


 耳元から聞こえるその声で、わたしは夢から醒めた。


 目の前には、添い寝をしているかなみちゃん。その光景を認識して、わたしはいつも通り演技を始める。強いわたしの、頼られるわたしの。


「……おはよう、かなみちゃん。ほんとに起こしに来たんだ」

「もっちろん、幼馴染の行動力なめんな♪」


 目の前には、大好きなかなみちゃんが居て。学校には、大好きな彩香先輩がいて。演技の道には、大好きなひなのがいて。

 お母さんもお父さんも、れいちゃんも学校の友達も、皆大好きで。


「さすが、かなみちゃんだね!」


 でもね、せなお姉ちゃん?


 わたしの恋人は、わたしの愛してる人は。誰とどれだけ仲良くなっても、誰とどれだけ距離が近づいても。


 ずっと、せなお姉ちゃんのままなんだよ?

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