第9話 如月由芽と笹森ひなの
わたしが演劇同好会に入って、大体一か月弱。桜はとうに散って、新緑の映える季節が近づき始めたゴールデンウィーク前。
「後は、後半になるにつれて、また手癖で演技をし始めてますよ?」
「う、うん。今のは自分でも分かったかも……」
「自分で気づけれたのは大きな進歩です!さぁ、次のお題をお願いかなみちゃん!」
「はいよ~。次はこれ!お姫様とその騎士!由芽がお姫様で、彩香さんが騎士!」
今わたし達がしているのは、短時間エチュード。1つのお題を終えて反省会をして、また次のお題を演技する。ひたすら違うお題を短い時間で演じることで、演技の幅と集中力を鍛える練習だ。
本当はもう少し緩く練習をして徐々に慣れていった方がいいんだけど、これは彩香先輩きっての要望だった。わたしやかなみちゃんのレベルに追いつきたい、そんな風に先輩は言ってくれた。
理由はきっと、あの日のせい。
『騎士様は、いつもわたしを守って下さるんですね……』
『当たり前です。私の使命は、貴女を全てから守る事なのですから』
彩香先輩の演技力は、日に日に上達を続けている。
元々“憑依演技”に関しては、わたしが見てきた役者の中でもかなりの天才だ。その“憑依演技”を利用して“出産型演技”を上達させるのに、本当はもう少し時間がかかると思っていたんだけど。
『っ!姫様危ないです!』
『きゃっ!?き、騎士様!?急にどうなさったんですか!?』
『敵です!姫様、私の後ろから離れないで!』
最初の頃より対応力も伸びて、今では自分から展開を作りにいけてる。わたしは彩香先輩の展開の対応と補足をして、演技の細部を見ることに集中できる。
声はきちんと張れているし、表情も硬いながら場面に応じた使い方をできている。仕草は甘いところはあるけど、概ね間違ってないと思う。
うん。この調子なら、ゴールデンウィーク明けには次のレッスンに進めることが出来そう。早いペースだけど、先輩も望んでいるのなら大丈夫かな。
「よし、ここまでにしましょう彩香先輩。お疲れ様です」
「は、はいぃ……。つ、つかれたぁ……!」
「お疲れです彩香さん!由芽もお疲れ、これ飲み物!」
「あはは、ありがとかなみちゃん」
演技を終えて、ぺたんとその場にへたり込む彩香先輩。お水を飲みながら、額の汗をぬぐい始めた。それだけ集中できていた証左で、持久力の向上の証左でもある。体力はもっとつけなきゃいけないけど、直近で公演の予定もないしね。それはおいおいで。
「そういえば由芽、ひなのとの待ち合わせって今日じゃない?」
「あぁっ!?そう、時間大丈夫かな!?」
「6時に渋谷でしょ?今からなら、歩いても電車に余裕だぜ!」
「さっすがかなみちゃん!」
体操着から急いで制服に着替えて、諸々荷物をまとめる。
日時は把握してて朝は確かに意識していたのに、演技をしていたら全部忘れちゃうんだからダメだよわたし!
「ふ、2人で行くんだね」
「まぁ、由芽だけだと心配ですから!」
「彩香先輩も来ますか?この前はあんなだったけど、ほんとはめっちゃ良い娘で──」
「由芽」
かなみちゃんの一言で、冷や水を浴びせられる。微かに怒気を含んだそれに、わたしも自分が何を言おうとしているか気づいた。
【ずるい、ずるいずるい……!】
【どうして貴方みたいな人が、ゆーちゃんと演技をしているんですか!?】
【そこにいるのは、私のはずなのに……!】
ひなのはどうしてか、彩香先輩を良くは思っていないみたいだった。
………ううん、理由はなんとなくわかってる。ひなのはどうしてか、わたしと演技をすることに執着していたから。その理由までは分からないけど。
「そうだね、ごめんなさい2人とも。そうだ、彩香先輩!」
「な、なに由芽ちゃん?」
「明日からのゴールデンウィーク。もし空いてる日があったら、教えてください。デート、行きましょう」
「デ、デデデデート!?わ、わかった!今日の夜にでも送るね!!」
よし、ひとまずデートの約束はおっけい。ジト目で睨んでくるかなみちゃんにちょろっと謝って、彩香先輩ににこっと手を振って部室を後にした。
「………………今日は、恋人になれなかったな」
△
「改めて、久しぶりですねゆーちゃん。かなみさんも久しぶりです」
「おひさー!」
「久しぶり、ひなの。いいお店だねここ」
「……うん。えへへ、沢山探したんですから」
駅前で合流したわたし達が入ったお店は、個室があるカフェだった。
店内にはいい感じのジャズが流れていて、外観も内観もかなり綺麗。そのせいかお店の中に入るのはカップルだらけで、その人達が見えないなりに場違い感があるのでは?絶対ここ、カップルご用達のお店だよね!?
「こうして会えて、本当に嬉しい……。どう、ゆーちゃん?私、綺麗ですか?」
わたしとかなみちゃんの正面に座るひなのは、この前再会した時とは比べるまでもなく穏やかで。
黒いストレートの長髪に、可愛い系のおとなしい顔。わたしと違う垂れ目な瞳も、中学生の時から何も変わってない。所謂、万人受けする顔立ちだ。
ちゃんとメイクも完璧に、でもそれ以上に振る舞いと仕草が綺麗で。誰にでも敬語を使う姿勢も、何も変わっていない美点で。
…………少しだけ、あの人の面影を感じさせる。
「うん。すんごく綺麗になったね、ひなの」
「……そ、そんなに正面から言ってくれるなんて。ゆーちゃんって、やっぱりずるいです♡」
「ちょいちょい、あたしもいるんだが?もー、そういうとこは小学校の時から変わってないな2人とも!」
メニュー表をわたし達の間に立てて置いて、拗ねたようにかなみちゃんがそう言った。
でも、こんなやりとりもとっても懐かしくて。もう会うこともないかもしれないって薄っすら思っていたから、こうしてひなのと話せるのは本当に嬉しい。
「えへへ、ごめんねかなみさん」
「………謝るほどじゃないけどさ!それで、今日はどうしたの?」
おお、流石かなみちゃん。わたしも一番気になってたことだから、それを聞いてくれるのは助かる!
「……えっと、この前の事を謝りたくて。2人の先輩に、酷い事を言ってごめんなさい」
なるほどね。彩香先輩の事、反省はしてたんだ。
「わたし達に言っても仕方ないよ。機会があったら、直接彩香先輩に言ってあげて」
「由芽に同意。ひなのがあんなに怒ってた理由もあたしは察しつくから、それも含めて謝る事!いいな?」
「……うん、ありがとうございます。ゆーちゃん、かなみさん」
おとなしくて、でも演技が見惚れるくらい綺麗で。友達になりたかったから、いっぱい話しかけて。そうやって知れた内面は、優しくて可愛い女の子。少し弱くて臆病で、でも時には大胆になれるわたしの姉妹弟子。
わたしの、大切な親友。あの人の、大切な妹。
……良かったぁ、ひなのが何にも変わってなくて。
「それと、もうひとつ。ゆーちゃんに、お願いをしたくて呼んだんです」
「わたしに?」
「由芽に?」
「……ゆーちゃん。私と、もう一度演技をしてください」
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