第7話 柊彩香の天才性
わたしはリリエット、聖ルミエ女学院の一年生。柊先輩は二年生のセレナで、わたし達は恋人同士だ。そんな先輩に、リリエットはいつも通り甘えた声で絡みに行く。
『お姉さまっ♪今日も一段と美しいですね♪』
『ふ、ふふっ、ありがとうリリエット。リリエットは、今日も一段と可愛らしいわね』
『えへへ♪リリエットが可愛いのだとしたら、それはお姉さまの為ですわ♪』
可愛らしく、妹気質なリリエット。彼女を演じるのはとても楽しくて、思わず自分の人格が飲まれそうになることもある。それくらい、わたしはリリエットの事が好きなんだ。
細やかな仕草に可愛いが詰まっていて、表情は恋する乙女。俯瞰しながら自分を彼女に作り替えていくのは、なんとも言えない喜びがある。
さて、リリエットはともかくとして!
『でも、お姉さまは最近リリエットを避けているように思えて……。リリエットがなにか、してしまいましたか?』
『え、そ、それは………』
『………リリエットが、お友達と二人きりで食事をしていたからでしょうか?』
『……自覚はあったのね』
うん、いいよ柊先輩。リリエットの演技に、ちゃんと乗っていけてる。
演技をするうえで重要なのは、度胸と対応力。それに加えて、初心者に必要なのは役と本人の感情のリンクだと思う。
メソッド演技法。
一番有名な演技法で、一番イメージをしやすい。過去の経験や感情から、その全てを演技に引っ張って再現する。初心者でもやりやすい、分かりやすい演技法だ。
『そう、そうよ。リリエットは鈍感だから、私の気も知らないで……』
柊先輩の、わたしが知っている感情の部分。
わたしに憧れてくれていて、わたしを鈍感だと言った感情。そのきっかけさえ掘れば、後は感情を膨らませることができる。些細なきっかけ1つで生まれた感情を役に注げば、そこにあるのはリアルな人格。
そうやって感情が乗っていけば、演技に命が生まれるんだ。
『で、でもお姉さま……。リリエットは、お姉さまの事だけを好きなんです!だから、リリエットは──』
『──それを証明する方法すらないでしょう!?リリエットは可愛いから、私以外にも貴女に言い寄る人間が現れる!……リリエットをずっと監視出来たら、なんて思ってしまう』
『お姉さま……』
『ご、ごめんなさいリリエット……!こんな私、貴女に見せたくない……』
んん?……あ、これはちょっとまずい。
昨日はそれどころじゃなかったから、今更になって気づいた。柊先輩は、憑依演技をしてしまう人だ。
感情が入りすぎていて、演じている役に自分が飲まれ始めている。感情の抑制と制御が出来なくなると、それはもう演技じゃない。演技の皮を被った、新しい自分だ。
『………ふふっ、でも、リリエットは嬉しいです』
『えっ?』
なるべく、役と本人の感情の摩擦が少ないように。落ち着いた状態で憑依演技を終わらせることが、本人の負担が少なくて済む方法。
『お姉さまの、新しい一面が見ることが出来て。でも、安心してくださいお姉さま♪』
『リ、リリエット!?』
『リリエットが愛してるのは………。お姉さまだけですから』
『………そう、なんだ。え、えへへ、私もあなたを愛してるわ」
よし、これで荒れた感情は落ち着いてくれた!少しだけど、セレナから柊先輩に戻ってくれている。
柊先輩がわたしのスキンシップに弱いのは分かってたから、それを利用できてよかった。俯瞰風景から、柊先輩の中からセレナが薄れていくのが分かる。うん、これで柊先輩は大丈夫。だけど、これ以上は多分よくないかな。
ちらっとかなみちゃんが掲げてくれてるタイマーを見たら、演技を始めて5分と少しが経過している。うん、これなら充分だね。
「はい、よくできました柊先輩♪」
「……え?えっ!?ゆ、ゆめちゃん!?は、は、ハグしてきてっ!?ていうか、頭撫でてくれてる!?か、顔が近い!顔が良すぎるっ!?」
よし、ちゃんと柊先輩に戻ってくれた!なんかめっちゃ限界オタクみたいな反応してるけど、これも役の憑依のせいかな。
「はぁー、ほんと焦ったぁ」
「え、えっ?」
「おつかれ2人とも!由芽ー、やっぱり対応慣れてるね。さっすが美浜中のオードリー♪」
「もー、あんまりからかわないで。今回は、完全にわたしのせいなんだし」
もー、その渾名好きじゃないんだよなー。わたしなんかが、そんな大女優の名前を背負えるわけがないのにさー……。
「ゆ、由芽ちゃん?まだ10分経ってないみたいだけど……」
「とりあえず、今日はここまでです。柊先輩、昨日とは比にならないくらい疲れてるでしょう?」
「え?そ、そんな事ないっ………!?きゃっ!」
「おっと!ほら、疲れてるじゃないですか。今の先輩の事も含めて、ちょっとだけ座学の時間にしましょう」
わたしにもたれかかってきた先輩を椅子に座らせて、チョークを取って教壇に立つ。
なんだかこういう風に教えるの、中学生の時にやったなぁ。経験者の中でもわたしは初心者の子たちに教えることが多かったから、こうしてると変わっていないなって気になるなぁ。
「さて、まずは今日の柊先輩の演技。まだまだ原石ですけど、昨日よりしっかりと上達してました。セレナのイメージは、ちゃんと固めてきたんですね」
「え、えへへ……。“推し”に褒められると、めっちゃ照れちゃうね!」
「ふふっ、ありがとうございます。でも、今日はエチュードを5分で止める判断をしました。それはどうしてだと思いますか?」
「えっと…………。わ、分かんないかな……?」
「あのままだと、柊先輩が危ないとわたしが判断したからです」
簡潔にそう言うと、黒板にチョークを走らせる。
そこに書くのは、わたしの経験則。憑依と建築の縦軸。合体と出産の横軸。そこまでを書いて、先輩の方へ向き直す。
「柊先輩は、憑依演技を知っていますか?」
「す、少しだけ」
「先輩の演技は、かなりその傾向が高いです。俗にいう、カメレオン役者というものですね。きっと伸ばしていけば、憑依演技でならプロと遜色ないレベルになれます。所謂、天才だと思いますよ」
「て、天才!?私が!?」
先輩の横にいるかなみちゃんもうんうんと頷いているし、きっとわたしの見立ては正しいんだと思う。
でも、わたし達2人の意見が一致しているからこそあまり喜べない。
「はい。でも、その天才性は先輩の役者寿命を縮めるものです」
「……え?」
縦軸の憑依の先端に、柊先輩の名前を書く。
「先輩はここ。憑依型役者の天才です。憑依型のメリットは、役作りをすればその役に“成れる”こと」
「う、うん」
「逆にデメリットは、憑依できなければ演技が出来ない事。そして、役から戻ってこれなくなること。大まかに、この二つですね」
黒板の憑依の部分に、メリットとデメリットを羅列する。他のタイプの説明もしたいけど、時間もあんまりないし今度でいいかな。
「特に、役から帰ってこられなくなる可能性。………世界的に見ても、そのせいで自殺までしてしまった役者は沢山います」
「由芽……」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「というわけで!先輩には、徐々にこの“出産型”の役者を目指してもらいます。本来は、多くの役者はこのタイプなので!」
カツカツというチョークの音と一緒に、“出産”の下にメリットとデメリットを羅列する。
先輩は不安そうな顔をしているけど、問題なんてない。憑依型役者の天才は、わたしはたくさん見てきた。……その最悪の結末だって。
だから大丈夫です。
わたしが絶対に、柊先輩を彼女のようにはさせない。
「このタイプの特徴は、過去の経験から感情や言動を持ってこれることです。“憑依型”と違って役に入るのではなく、自分のまま役を操れる。“憑依”も“出産”も内面からの演技ですから、先輩の才能を広く使えるように仕向けます」
わたしが、先輩を守るんだ。
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