第5話 如月由芽と葛城かなみ

 柊先輩との同好会活動を終えて、わたしは帰路についていた。


 先輩の家は学校の近くだったこともあってすぐ分かれて、わたしは電車で帰っていた。あと20分ほどで6時になる時間帯となると、やっぱり帰りの人は多い。こんな中で席に座れたのは、きっと運がいい。


 特にやることもなく、音楽を聴きながらちらりと電車の広告を見る。そこに映っているのは、わたしもよく知っている人物で。

 黒い長髪と、どことなくおとなしさを感じる可愛い顔立ち。最近ちょくちょくちょい役で売れている、わたしと同じ年の若手女優だった。


 笹森ひなの。わたしと同じ中学出身で、同じ演技の先生を持つ姉妹弟子だ。


「………順調そうだね」


 ここにはいない、ひなのに向けた言葉。中学生の時は確かに同じ歩幅だったのに、今では歩くことを止めたわたしと、走り続けているひなの。


【どうして……!?わ、私、ゆーちゃんが一緒じゃないと……!】


 聞いている音楽の音量を、少しだけあげた。気休めでも、幻聴はかき消されてくれた気になる。


 今のわたしは、演技を辞める事を選んだ未来だ。


 きっと中学で演技を辞めなければ、わたしはひなのと同じ事務所にいた。色んな人の期待と羨望と妬みから、自分の才能から逃げたわたし。その色んな人の中には、当然ひなのも含まれている。


 きっと、今の同好会活動には代償行為も含まれているんだ。好きなことから逃げないでいれたのは柊先輩のお陰だけど、それ以上に罪悪感を消すため。わたしはきっと柊先輩じゃなくて、私の為に先輩に演技を教えている。


 電車が目的地について、ぞろぞろと人の流れに流されるようにわたしも降りる。


 駅から歩いて10分。6時ちょっと前くらいに、ようやく私は家に着いた。うん、とりあえず暗い顔はしない!家族とかなみちゃん達はわたしが落ち込んでいた時の事を知ってるから、なるべく明るく接していたいんだ。


「ただいま~」

「あら、おかえりなさい!今日は遅かったわね♪2人とも、先に由芽の部屋にいるわよ!」

「はいは~い。てか、年頃の娘の部屋にいれるかね普通?」

「いいじゃない、かなみちゃん達は娘みたいなものだし♪」


 家に帰ってわたしを出迎えてくれたのは、お玉を持ったお母さんだった。いや、お玉を持ったまま出迎えってなんかドラマみたいだね?


「それもそっか……。それじゃあ、ご飯が出来たら呼んでね~」

「りょ~かい~」

 

 相変わらず返事とノリが若いお母さんは置いておいて、すぐ横の階段から二階に上がった。お母さんの言う事も正しいし、わたしもそこまで嫌じゃないし。うんうん、多少は反抗期の娘っぽさは出てた方が健全だよね!


 お父さんの仕事部屋を通り過ぎて、わたしの部屋のドアを開けた。そこにはわたしのベッドの横でファッション誌を読むかなみちゃんと、ベッドで寝ているれいちゃんがいた。


「ただいま~」

「あ、おかえり~!ごめんね、れいがベッド占領しちゃってる。一応、お風呂には入らせてるからさ!」

「そんなの気にしなくていいよ。というか、気にしたこともなかったじゃん」

「あはは、まぁ一応ね♪」


 なにせ、わたしはれいちゃんのおむつだって替えたことがあるんだ。そんなのを気にする間柄じゃないし、それくらい気安い関係だという自負もある!


「なんだけど、かなみちゃんはそうじゃないのかねぇ~」

「なになに?由芽さんは何か不満なことがあった?」

「別に~。れいちゃんの寝顔は可愛いな~って」

「あはは、それは姉ながらあたしも思うよ」


 かなみちゃんの隣に座って、肩に頭を預ける。そうすると、かなみちゃんもわたしに合わせて姿勢を少し変えてくれた。


「ん?かなみちゃんあったかい?」

「……まーったく、誰のせいだと思ってるのやら」

「え、わたし?なにかしちゃった?」

「…………由芽って、ホントに鈍感だよね」


 別に鈍感な事はないと思うんだけどなぁ。演技をしていたから、他人の感情には敏感な方だと思うし。中学時代は、よく友達の恋愛相談とかにも乗ってたんだよ?


 あれ、かなみちゃんの見てるページ……。


「そいえばさっき、電車でひなのの広告見てたよ」

「それあたしも見たよ~。いやー、ひなのもビッグになったねぇ!」

「うん、そうだね。順調そうで良かったよ」

「………由芽は、さ。あの時──」

「こらー、それは言わない約束でしょ?」


 中学で演技を辞めると言い出したわたしを、かなみちゃんはずっと横で支えてくれていた。落ち込んで感情と情緒が激やばだった時も、どんな時でも一緒にいてくれた。今みたいにわたしの頭を肩に置かせてくれて、愚痴を聞いてくれて。


 この先きっと、わたし達は一緒だ。まるで姉妹みたいなこの関係は、ずっと続いてくれるって信じてる。


「後悔なんてないよ。今ではこうやって、かなみちゃんと駄弁ってる時間の方が好き」


 きっともうプロの道には行かないだろうけど。

 学校で先輩に演技を教えて、かなみちゃんとこうやって駄弁って。わたしにはきっと、その方があってる。


「……そっか。ねぇ由芽?」

「んー?」

「愛してる。きっと、他の誰より」

「ん、ありがと。わたしも好きだよ、かなみちゃん」


 なんか2人して恥ずかしい事を言っちゃった気がするけど、まぁ親友同士の腹を割った話し合いという事で!口に出してないだけで、お互い分かってることの再確認だし!


「うゆ……。あれ、ゆめねーちゃん……?」

「うっひゃあ!?」

「あ、おはようれいちゃん。えっと、確か2日ぶりかな?」

「……ゆめねーちゃんだ!わーい!」


 おっとっと。起きるや否や、テンションが100になってわたしに抱き着いてくるとか。うんうん、小学生は若いなぁ。高校生なんて、れいちゃんから見たらおばさんだよねきっと。


「あれ、かなみねーちゃん顔赤い?どーしたの?」

「あれ~?ほんとだ、顔が赤いよ~かなみちゃん?」

「こ、この小悪魔どもめ~!」

「「きゃ~!」」


 それからお母さんが晩御飯で呼んでくれるまで、わたし達はそうやってはしゃぎ続けてた。



「おっと?」


 ご飯を食べ終わって、2人が隣の家に帰って2時間ほど。かなみちゃんから借りた漫画を読んでいる時。窓がコンコンと三回ノックされて、わたしはベッドから起き上がった。

 窓の三回ノックは、窓を開けての合図だ。


 窓を開けると4月の冷気がわたしの頬を撫でる。そしてお向かいには、パジャマ姿のかなみちゃんが窓を開けて待っていた。


「どうかしたのかなみちゃん?」

「あはは、なんとなく。ねぇ、そっち行っていい?」

「いいけど、珍しいね。ちょっと待ってて」


 ベッドの窓際にスペースを開けると、そこにするりとかなみちゃんがやってくる。相変わらず、二階という高さが怖くないのかね?


「そーい!」

「わっ、ちょっ!?」


 こ、こいつ!部屋に入って来るや否や、わたしをベッドに押し倒したぞ!?そのまま流れるように添い寝になって、わたしを抱き枕みたいに扱ってるし!


 なんて、わたしはちゃんと知ってる。


 かなみちゃんがこうやってわたしに甘えてくるときは、わたしに聞きづらい事を聞く前触れだ。でもそんな隠し事してたっけ?わたし、かなみちゃんには結構オープンなんだけど。


「どしたのかなみちゃん?さっきとは違って、随分甘えん坊だね♪」

「……そうだよ。由芽の事が好きだから、甘えたくなるの」

「あはは、めっちゃ素直」


 手持無沙汰になったから、かなみちゃんの真っ赤な顔を見ながら髪を撫でる。さらさらしてるなぁ。これなら、何時までも撫でれそう。


「……由芽ってさ、昨日今日と放課後何してたの?」


 おでこがくっつくくらいの至近距離で、不安そうにかなみちゃんが聞いてくる。ああ、それが気になってたんだ!そういえば、かなみちゃんには話してなかったっけ。


「実はさ、昨日から演劇同好会に入ったんだわたし!」

「え…………。だ、大丈夫なの?ていうか、演技関係の部活はないはずじゃ……」

「女の先輩が一人だけの部活でさ。中学時代のわたしを見て、自分もやりたいって今年に作ったんだって!あはは、なんか照れるよね」

「……………由芽は、あたしが」


 抱きしめる力が強くなって、かなみちゃんの顔はいつも通りになった。なのに、何故かそれがいつも通りじゃないと、わたしの経験が言っている


「明日、あたしも連れてってよ!演劇同好会に!」

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