第3話 如月由芽と高校生活

「えー!ホントに一緒に帰んないの!?」

「うん。かなみちゃん、今日も早く帰るようにって言われてるんでしょ?」

「そうだけどさー……」


 そう言いながら拗ねるふりをしているかなみちゃんは、クラスの皆が見ているっていうのにわたしの髪をひたすら弄っていた。

 ストレートボブなわたしの髪は、今やかなみちゃんによってポニテに改造されていた。かなみちゃんって、わたしの髪を弄るの好きだよなぁ。


「れいちゃん待ってるんでしょ?今日もおばさん夜勤?」

「うん。お父さんも単身赴任だし、妹はあたしにべったりだし……。あーあ、なんだかなぁ」


 物心つく前からの幼馴染なかなみちゃんの家の現状は、なんとなくは聞いている。おじさんは単身赴任、おばさんは夜勤が多い仕事をしていて、妹のれいちゃんはまだ小学1年生だ。

 かなみちゃんが高校に入る数週間前からそんな状況で、かなみちゃんはれいちゃんのお世話で外で遊べないことが多い。れいちゃんがかなみちゃんにべったりしているから、という可愛い理由もあるんだけど。


 ちらとかなみちゃんを横目で見ると、そこにはホントに悲しげなかなみちゃんが見えた。おばさんが言うには、この表情の時はうちに溜め込んでいる時なんだとか。それを聞いて、なんとなく察することができるようになった。


 わたしの家はお父さんもお母さんも在宅勤務だから、かなみちゃんの寂しさはよく分からない。だからこそ、幼馴染として寄り添ってあげたいとも思ってる。


「それじゃ、今日は久しぶりにうちで食べる?」


 後ろ手にかなみちゃんの頬に手を添えて、そんなちょっとした提案。その瞬間、かなみちゃんは後ろからハグをしてきた。


「それじゃ、お世話になろっかな!………えへへ、愛してるぜ~由芽♡」

「はいはい、多分6時には家に帰るよ。わたしも愛してるぜ~」


 にこにこ笑顔で帰っていくかなみちゃんを微笑みながら見送って、お母さんに晩御飯のお願いLINEを送っておく。よし、これでとりま大丈夫かな。


 そうして、わたしもクラスの皆に挨拶をしながら教室を出る。今日は初めての、正式な同好会活動だ!


 ん?そもそも、同好会って正式なのかな?部活になれないから同好会なわけで、じゃあ正式とは言えないのでは………?まぁいいか。それくらい緩い活動の方が、わたし的にはありがたいし。


 ………かなみちゃんに言ったら、また心配させちゃうかな。わたしが演技を辞めた時だって、かなみちゃんはずっと寄り添ってくれてたわけだし。


「ゆーめちゃん♪」

「わっひぃ!?」


 考え事をしながら歩いてたわたしの背後から、唐突に声を掛けられた。


 凛としている声なのに、それを感じさせないような明るいトーン。その声の持ち主はわたしの両肩に手を置いて、弾んだ声で話しかけてくれる。


「い、いきなり驚かさないでください、柊先輩!」

「あはは、嬉しくってつい!うんうん、やっぱり先輩って響きはいいなぁ」

「なんですかそれ……」


 わたしの目の前に、にっこにことした柊先輩が出てくる。人を驚かせておいて、もしやこの人は悪い人ではないのかという疑問が思い浮かんだ。まぁ、その笑顔に免じて何も言わないでおこう。


 柊彩香。2年生でただ一人の演劇同好会部員で、わたしのファンらしい。こんな美人にファンだと言われて嫌な気持ちはしないけど、昨日の今日でこの先輩の事は何にも知らないしなぁ。


「さ、着いたよ由芽ちゃん!我らが演劇同好会の部室に!」


 そんな風に嬉しそうに言う先輩を横目に、部室に入って荷物を置く。ついでに窓を開けながら、教室の換気をし始める。


「もー、クールだなぁ由芽ちゃん」

「柊先輩が愉快なだけですよ。わたしが普通なんです」

「あはは、それもそうかも!」


 先輩も荷物を机に置いて、思い切り伸びをする。先輩は、165㎝くらいかな?わたしよりは10㎝くらい大きいと思う。おまけにスレンダーでスタイルがいいし、きっとモテるんだろうなぁ。


「ん?どうかした由芽ちゃん?」

「いえ、柊先輩は美人だな~って思ってました。スタイルもいいし、きっと演技映えしますよ」

「え、えっと……。あ、ありがとう………」


 ちょ、ちょっと!なんでそこで頬を染めて目を伏せるんですか!?なんかそんなガチな反応されちゃったら、わたしは気まずいんですが!?


「と、というか!それは由芽ちゃんの方がだよ!背は小さいけど、すごくグラマラスだし!美人で、目元とか美しいし、泣きぼくろもセクシーだし……。ま、纏う香りも色気があるし、それに──」

「や、やめましょう!ほら、同好会やりますよ!」

「あ…………、う、うん!そう、だね!」


 なんというか、先輩の褒めるところがガチ過ぎて怖いので無理やり流れを変えた。確かにファンだとは言ってたけど、熱量が怖かったよ!


 ああ、なんか中学2年生の文化祭を思い出したなぁ。宝塚風の演劇をしたときに、1年生の女の子達から一週間くらい告白が止まらなかったっけ。


「それじゃあ、今日の同好会なんですが!」

 

 良かった……。さっきまでのガチ恋の雰囲気は消えてくれたし、話も前に進んだし!これで、気まずくなることもないでしょう!


「………………何をしようか?」

「え?」


 訂正、先には進んでいなかったみたい。


「逆に今まで何してたんですか?」

「え、えっと……。ご存じの通り、今までは私一人だったわけで。主に由芽ちゃんの演劇の動画見たり、発声練習をしたり……」

「………………もしかして、柊先輩って」

「はい……。ちゃんとした演劇経験はないです……」


 うーん、それもそうなのかな?去年の学校案内では演劇関係の部活動はなかったし、柊先輩がこの同好会を作ったのもつい最近だろうし。


「柊先輩って、何か目標とかないんですか?演技が上手くなりたいとか、そういうの」

「もちろんあるよ!将来的には演劇関係のお仕事したいし、出来れば女優も目指してみたいとは思ってる!」

「………なるほど、分かりました。それじゃあ、一度演じてくれますか?役はわたしが選びますから」

「……………え?」



『ああ、ロミオ!どうして貴方はロミオなの!』

「ふむ…………」


 というわけで、有名で分かりやすいジュリエットを演じてもらっている。イメージも固めやすいし、演劇を齧っている人なら知らない人はいない。エチュードよりかは肩の力も抜いて演じやすいはず。


 だから、より当人の演技力が分かっちゃうんだけど……。


「ど、どうかな!?」

「……辛口評価と甘口評価、どっちを聞きます?」

「うっ、か、辛口でお願いします」

「感情が乗っていなく、それによって仕草の作りこみが浅いです。声も棒寄りだし、表情もガッチガチ。それに……、もしかしてわたしの演技を参考にしていますか?」


 はっきり言って、柊先輩の演技は“少し演技を齧った素人”だ。初心者ではあるけど、演技の基礎は分かっている。だけど、それが演技に反映できているかと言えば出来てない。なによりよくないのは、わたしの演技の影を感じること。


 まぁ、これは仕方がないものだと思う。演劇部が全国でも有名で、数多く芸能の道を志す人が多かったわたしの中学の演劇部。当然、幼いころからの演技エリートも多かったそれと比べれば、差は明確だ。


「そ、そりゃそうだよ!私にとっては、君の演技がお手本みたいなものなんだし!」

「あ、ありがとうございます。でも、それじゃああんまり……」


 誰かの演技を参考にするのは基礎だけど、それを自分の中で消化して昇華しないと自分の演技を見つけられない。せっかく柊先輩は上達しようとする意志があるんだから、どうにかしてあげたいけど……。


「というか、由芽ちゃんは演技しないの?私、由芽ちゃんの生演技見たいな~!」

「わ、わたしですか?」


 わたしは柊先輩と違って、演技を仕事にしようとは思ってない。だからこそ、先輩に教えることで演技欲を解消したいと思って演劇同好会に入ったわけだけど……。


 自慢ではなく客観的な事実として、多分同年代にわたしより演技が上手い人はいない。


 それは、スカウトの人や実際に演技指導をしてくれた役者さん達からの真っ当な評価だ。だからこそ、あまりわたしの演技を真似て欲しくない。自分の能力を大幅に超えた演技は、あんまり参考にならないからなぁ。


 あ、でもいいことを思いついたかも。


 わたしの演技を見ることによって、柊先輩にもメリットが生まれる方法。わたしが幼いころ、演技の先生がしてくれたとっておき。


「分かりました。でも、柊先輩にも手伝ってもらいますからね!」

「え、私が?」


「今から、10分間だけ。わたしは柊先輩に恋をします」

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