第2話 目があったカブトムシ

網棚のカブトムシには残念ながら乗客は誰も気づいていないようだ。

僕だけか?見えているのは?

夏には早い。それにこんな鉄の塊の電車の中にいるはずないか。

幻か?いや違う。カブトムシはタイトラと話している。

まるまると太ったカブトムシ、立派なツノがある。オスのカブトムシ。手足にギザギザがたくさんついている。元気な証拠だ。

背中のこげ茶色も光っている。

『捕まえたい。』僕の本能が我慢できない。

電車はまだ止まったまま。

本当に誰も気づいていないのか?

僕は手を伸ばした。カブトムシの背中に届いた感触。

カブトムシが僕を見た。僕の指先をするりと抜けて奥の深い網棚に行く。

ここからじゃ届かない。カブトムシは悔しがる僕をよそ眼にタイトラと話している。

「じゃあ、そうしよう。」

何かを決めたらしく。「ガッタン。」急に電車が動き出す。

動き出す電車。ざわざわ。

雑音にホッとしたカブトムシは、さっきより大きな声でタイトラと話している。

「なあ、タイトラ今年の夏はどうだい?暑くなるのか?」

「たぶん。暑い。雨も多そうだ。」

「そうだな。今日も雨だしな。」

「ハハハ。」今度は笑い声が聞こえる。何を話しているんだ。

雑音でよく聞こえない。

「決めた。」その声の直後、カブトムシがドア近くの同じ学校の1年生の学生の頭の上に乗る。

次の瞬間、僕は山道にいた。緑の葉っぱの匂い、山の木。空気が澄み切っている。

ちっとひんやりもする。僕は思いっきり深呼吸。『気持ちがいい。』

初夏の山はいい。

ざわざわ小さい子供たちが前を歩いている。4人ほどかな。

目の前にクヌギの木。「あっ、いたぞ。」

子供たちは網を片手にカブトムシを捕まえはじめた。

子供たちは無心でカブトムシを捕まえている。

「痛った。」一人の子供が叫ぶ。カブトムシの手足のギザギザが手に刺さったようだ。

大きな子供が「大丈夫?」声をかけている。

「大丈夫。それより見て、このカブトムシなんて大きいだろう?」

「うん、大きいな。」

男の子は親指と人差し指でカブトムシのカラダを持ち、じーっと見て。

「このカブトムシはここのキングかもしれない。」

「キング?」

子供は手を離した。カブトムシは飛んでいく。

間際にこう言った。「いつか時間を戻したくなったら僕を呼んでくれ。タイトラと時間を戻しに行くよ。」

「ガッタン。」電車が駅に着く。カブトムシは入口にいる学生について降りた。

カブトムシは一瞬、時間を戻した。あの学生が楽しかったあの夏に。



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