Ⅴ_1
天が割れるような轟音に、アイザックは反射的に周囲を見回した。振動にカタカタと揺れた調度品は、アイザックが視線を巡らせている間に平静を取り戻していく。
「何だ。一体何が起きた」
差し向かいにいた父王は、チェスの駒を手元に引き戻すと侍従を呼び付ける。だが何が起こったのか分かっていないのは彼らも同じで、侍従達は慌てふためいているだけで誰も王の問いかけには答えられない。
「……どうやら『穢れの塔』で何かが起きたようです」
声を上げたのは侍従ではなく、王とアイザックの対局を
一人動揺もなく目を閉じていたオズワルトは、静かに瞳を開くと王とアイザックを見遣る。どうやら魔力に優れた兄は、冷静に周囲の魔力の流れを読んでいたらしい。
「何っ!? 『穢れの塔』だとっ!?」
ガタッと王が椅子を蹴って立ち上がる。ザワリと部屋の中の空気が揺れた。
「あそこは我が国を守る重要な拠点だ。何かあっては困る!」
王と同じ無作法は侵さなかったアイザックだが、心を焼いた焦燥は王よりも強かった。
──万が一はないんじゃなかったのか、カサブランカ!
あの塔には今、アイザックの手配で百年ぶりに『
『殿下に絶対の勝利をお約束いたしますわ』
そう言って
何でも『カサブランカの手の内の人間』が、鉄壁の魔法陣を
同じ人間が『
──あの女狐……!
「こうしてはいられん! オズワルト、お前の力で現場へ飛べるかっ!?」
「はい、父上」
父王は立ち上がった勢いのままオズワルトに現場へ連れていくように要求する。あくまで優雅に立ち上がったオズワルトは、その言葉を受けて父王へ手を差し伸べた。
そんな二人に向かってアイザックは慌てて口を開く。
「私もお連れ下さい!」
──下手なモノを見られたらマズい。二人に見られるよりも早く、何か手を打たなければ……!
そもそも今この場だって『親子水入らずでたまにはゆっくりと』となどという建前の元に開かれた腹の探り合いだ。
自分達は今、三つ巴の戦いの中にいる。そんな状況の中、二人に万が一自分の
その危機感だけでアイザックは口を開く。そんなアイザックにも、オズワルトは迷いなく手を差し伸べた。
「ああ、人手は多い方がいいからな」
そう答えたオズワルトは、部屋にいる侍従達に『人手を集めて「穢れの塔」まで来るように』と指示を出すと、転移魔法陣を展開させる。侍従達が止めるのも聞かずに自分達三人だけの転移を強行したのは、父王にも兄にもそれぞれ胸に秘めた思惑があったからだろう。
王家の血筋に生まれた者は皆魔力を有しているが、真剣に魔法を研いで『魔法使い』と名乗れるくらい魔法が使えるようになったのは、三人の中でオズワルトだけだ。
王とアイザックは兄の転移に引っ張られる形で『穢れの塔』まで飛ぶ。
視界がグニャリと歪み、次の瞬間には暗闇の中に放り出されていた。それでもなぜか視界は十分明るい。
「なっ……!? 何者だ、お前はっ!」
その理由を、アイザックは父王の
「そっちの都合で難癖付けて連れてきたくせに、今度は『何者か』ときたか。本当に結構な歓待ぶりだよ」
建国当時から存在していると言われてきた石造りの高い尖塔が見るも無残に崩れ、その間からゾワゾワと今宵の闇よりも濃い影が漏れ出していた。
その上に、白銀と黄金の光を纏った人影が浮いている。
「どうも。『建国の賢者』だの『
白銀の艶やか髪に、鮮やかな黄金の瞳。
建国神話に
──あれは、何だ? 人……?
「なっ!? 『
「『
賢者を名乗る青年が腕の中に何を抱えているのか気にしたのは、アイザックだけだったようだ。
青年の言葉を疑うこともなく、王とオズワルトは声を上げる。
事実、青年が紡いだ言葉は真実なのだろう。三人の中で一番魔力が弱く、魔法にも
「国を譲り受けた時の盟約にあったはずだ。これは明確な盟約違は」
「馬鹿馬鹿しくなったんだよね。僕だけが律儀に盟約を守り続けるの」
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