Ⅳ_1
「ノーヴィス様っ!! ご無事ですかっ!?」
メリッサが踏み込んだ『穢れの塔』の中は、レンシア通りで暴れていた影とは比較にならないほど濃い闇で満たされていた。きちんと手順を踏んで形成した氷結魔法を全力で打ち込んだおかげで今は影の増殖が止まっているが、恐らくこの時間稼ぎは数分も持たないだろう。
塔の上部に
──ひどい。
夢で見た通り、ノーヴィスは酷いありさまだった。
ヨレヨレのシャツは闇にまだらに染められ、素足の足首は
「今すぐ外します。もうしばらくお待ちください」
メリッサは手にしていた銀の鍵束の中から一本を選び取り、枷の鍵の部分に向ける。たったそれだけでノーヴィスを縛めていた枷はあっけなく外れた。
その光景をぼんやりと眺めていたノーヴィスがボソリと言葉を落とす。
「それは……」
「父から受け継いだ、魔法道具です」
足枷も手早く外したメリッサは、鍵束をしっかりとコルセットベルトに繋いだ。
「かざせばどんな鍵でも開けてくれる鍵、かざせばどんな鍵でも閉めてくれる鍵、かざせば望んだ先へ通路を繋げてくれる鍵の三本セットです。この塔の鍵もこの鍵で開けました」
父が魔法を使っているところを、メリッサは見たことがない。かつての父は優秀な魔法使いであったという話だが、メリッサが魔法学院に通い出した頃にはもう父は魔法が使えなくなっていた。魔力の枯渇と持病の悪化が原因だったと聞いている。
そんな父が魔法学院入学の祝いとしてメリッサに譲ってくれたのが、この鍵束と、どんな魔法も無効化してくれる短剣……今、メリッサの後ろ腰に装着されている短剣だった。
「王宮へはエレノアさんが連れてきてくださいました。ハンスメイカーの名前と、お客様のコネを全部使ってくださって」
『ノーヴィス・サンジェルマンは、王宮の「穢れの塔」に入れられている』
あの時、エドワードは短剣を手に迫るメリッサにそう言った。
『こうなるように仕向けたのはカサブランカを筆頭とする第二王子派の人間だ。第二王子自身もこの作戦には積極的に協力している。カサブランカ夫人に自分の魔法道具を渡して、ノーヴィス・サンジェルマンの屋敷に置いてくるように指示を出したのも、第二王子自身らしい』
ノーヴィスを迎えに行く。
そう心に決めたメリッサは、まず手始めにエドワードを襲撃した。
エドワードがこの計画に巻き込まれたのは、恐らくカサブランカの家に入ってからだ。メリッサが知っているエドワードは、権力への
ただただ権力と居場所を欲しているだけで根は小心者であるエドワードにとって、王権争いの一端を担うなど荷が重すぎる。決して自分から積極的に関わってはいないだろうし、できることなら逃げ出したいと考えているはずだとメリッサは読んだ。
エドワードに接触するならば、彼がカサブランカの家から外に出ている時がいい。
幸いエドワードはメリッサのように結婚を理由に魔法学院を退学するようなことはなかったから、エドワードが送迎の馬車に乗っている間が絶好のポイントだった。だからメリッサはエドワードの馬車が通るだろう場所で張り込み、タイミングを計って魔法の鍵で馬車の中に侵入したのである。
──思っていたよりもエドワードが渦中の中心にいてくれたおかげで助かりました。
メリッサの読み通り、自分が置かれた状況から逃げ出したい一心だったエドワードはあっさり持っている情報を吐いた。カサブランカが積極的に王権争いに関わっていたとは驚きだったが、今はそんなことはどうでもいい。
ノーヴィスは、王宮にある『穢れの塔』の中にいる。
その情報を掴んだメリッサが次に向かった先は、エレノアの城である仕立屋『カメリア』だった。
『任せなさい! すぐに連れていってあげるから!』
ノーヴィスを連れ戻すために王宮の『穢れの塔』に行きたい。
メリッサがそう切り出すと、エレノアは余計なことは一切訊かずに一台の馬車を手配してくれた。ハンスメイカーの家紋が刻まれた馬車は、エレノアの顧客であるハンスメイカー現当主……エレノアの甥が用意してくれたものだった。
『この馬車に乗れば、議場がある建物の玄関前まで、中を改められることなく入ることができるわ。他にもルノちゃんがスムーズに潜入できるように、色々手を回しておいてあげる。だからその先はルノちゃん、アナタの実力で突破して』
王宮の地図を握らされ、馬車に押し込められたメリッサは、その馬車で王宮まで乗り付け、エレノアの息がかかった各所の門番達のお目こぼしに助けられながら、王宮への潜入に成功した。門さえ突破できれば、あとはメリッサでも何とかなる。馬車を降りたメリッサは日が暮れるまで王宮内に身をひそめ、好機を待った。
そして周囲が闇に沈んだ頃を見計らい、夜色のガウンコートで闇に溶け込んで人目を忍びながら王宮の最奥……もはや外れと言ってもいい場所にある『穢れの塔』の外階段を地道に登りここへやってきたのである。
「お迎え上がりました、ノーヴィス様。お屋敷に帰りましょう」
メリッサは両手を伸ばすとノーヴィスの手を取った。力なく垂らされたノーヴィスの手は、メリッサが操る氷に負けず劣らず冷え切っている。
「今度こそ、何があっても私がノーヴィス様をお守りいたします。敵がカサブランカを始めとした第二王子一派であることが分かった今、私はもう油断はいたしません」
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