Ⅱ_1


「ひ、久し振りだね、メリッサ。調子はどう?」


 ひとまず屋敷に招き入れられて介抱を受けたエドワードだったが、幸いなことに大きな怪我はなかった。どうやら落とし穴に落ちた衝撃で気を失っていただけらしい。


「お気遣いありがとうございます。この通り、大変良くして頂いております」


 居間ではなく、普段は使われていない応接室に通されたエドワードは、なぜか初手で対面のソファーに座すノーヴィスではなく、そのかたわらに控えたメリッサに声を掛けてきた。


 ──ここはまずノーヴィス様に急な来訪と落とし穴にはまった無作法をお詫びして、助けてもらったお礼をべるべきだと思うのですが……


 そんなことを思いながら、メリッサは無難な答えを口にする。メリッサとしてはいつも通りの無表情で対応したつもりなのだが、なぜかメリッサの答えを聞いたエドワードは顔を引きらせた。


 ──一体、エドワードは何をしに来たのでしょう?


 エドワードはカサブランカ家と交流が深いディーデリヒ子爵家の次男だ。メリッサの母とエドワードの父の仲が良く、メリッサとエドワードの婚約が早くから決まっていたこともあり、幼い頃はよく一緒になって遊んだ覚えがある。


 もっとも今にして思い返せば、エドワードの方はメリッサのことをわずらわしく思っていた節があった気もするが。


「それで? 君はここに何をしに来たの?」


 赤みがかった金髪に紅茶色の瞳。甘い顔立ちということもあり、エドワードは幼い頃から女性人気が高かった。魔法使いとしての素質にも恵まれており、メリッサの母はそれも加味してエドワードを次期カサブランカ候として家に迎えようとしていたのだとメリッサは思っている。


 エドワード自身もそんな自分にプライドがあったから、結婚相手 に『カサブランカの不出来な黒』とさげすまれたメリッサをあてがわれたのが不満だったのではないだろうか。婚約者であった頃、何かにつけては『なぜお前ごときが僕の婚約者なのだ』という雰囲気は感じていたし、実際に声に出して不満をぶつけられたこともあった。


「まさか、今更になって、彼女との旧交を温めにでも来た?」

「えっ、あっ、そのぉ……」


 そんなエドワードがノーヴィスの言葉に一々ビクビク肩を跳ねさせているのが、メリッサには不思議でならなかった。普段のエドワードはもっと自信に満ちあふれていて、一々気障きざっぽい話し方をしていたと思うのだが。


「用がないなら帰ってくれる? 僕、今立て込んでて忙しいんだよね」


 ──話し方が普段と違うといえば、ノーヴィス様もそうなのですが。


 メリッサは顔の向きを変えず、視線だけでノーヴィスを見遣った。


 一人掛けのソファーに足を組んで座ったノーヴィスは、ひじ掛けに頬杖をつくとエドワードを上から見下ろしている。エドワードと比較してもノーヴィスの方が背が高いから、そうしていると本当に『見下ろす』という表現がしっくりと来ていた。


 ノーヴィスはローブのフードを目深に被っているから、メリッサからノーヴィスの表情をうかがい知ることはできない。だが声から推察するに、ノーヴィスの御機嫌はメリッサが知る限り最低値を更新しているようだ。


 ──まぁ、エドワードが最悪なタイミングでやってきたというのは、間違いようのない事実なのですけれども。


 それでもこんなに刺々しいノーヴィスを見るのは初めてだ。エレノアが言っていた『愛想の欠片かけらもないノーヴィス』というのがこれなのかもしれない。


「あ、あなたが、魔法封印士マギカ・テイカーのノーヴィス・サンジェルマン伯爵で間違いはないか?」


 物珍しい二人を興味津々で観察していると、ようやくエドワードが用件を切り出した。


 勝手に押しかけてきて、名乗ることもなく相手の素性をただすなど無作法の極みだというのに、何かに切羽詰まっているのかエドワードはそんな己に全く気付いていないようだった。


「そうだとしたら?」


 対するノーヴィスは、そもそもエドワードに興味がないようだった。さっさと切り上げたくて仕方がないといった雰囲気を隠していない。


「あなたに、封印を依頼したい物品がある」


 己の無作法には気付けなくても、歓迎されていない空気は察することができたのだろう。またビクリと肩を揺らしたエドワードは、オドオドと懐から手帳のような物を取り出した。


 そこでようやくメリッサは違和感がもうひとつあったことに気付く。


 ──そういえば、なぜエドワードは制服姿なのでしょうか?


 ディーデリヒ子爵は着道楽だ。その息子で己の容姿の良さを自覚しているエドワードも、子爵と同じく着道楽の衣装持ちである。


 そんなエドワードはシンプルなモノトーンの魔法学院の制服がお気に召していなかったようで、いつも講義が終わると同時に即刻私服に着替えて迎えの馬車に乗っていた。


 エドワードとは真逆で常に魔法学院の制服を着て過ごしていたメリッサは、事あるごとに『センスがない』『美意識というものはないのか』『隣を歩かれると恥ずかしい』などと叱責されたものだ。


 そんなエドワードなのに、なぜか今彼が身を包んでいるのは魔法学院の制服だった。どんな心境の変化があったのだろうか。


「依頼?」


 ノーヴィスの疑問の声を受けたエドワードは、制服の内ポケットから取り出した物を間にある机の上に滑らせるように置いた。次いで取り出されたのはいかにも重たそうな麻袋である。


「前金だ」


 どうやらエドワードは名乗るどころか依頼品の詳細を説明するつもりさえないらしい。失礼極まりない態度にメリッサは思わず眉を跳ね上げる。


「君、ディーデリヒ子爵の次男って話だけど」


 だがメリッサが口を開くよりも、ノーヴィスが冷めた声のまま言葉を紡ぐ方が早かった。


「こんな大金、どうやって工面したの?」

「……え?」

「家督を継ぐ立場にある長男ならまだしも、君は相続権がない次男なんでしょ? おまけに君はカサブランカの末姫と結婚が決まってるんだよね? ……あぁ、確かもう『次期カサブランカ候見習い』としてカサブランカの屋敷で暮らしてるんだっけ?」


 ノーヴィスが淡々と紡ぐ言葉にエドワードの顔からザッと血の気が引いた。どうやらエドワードは『自分から名乗っていないのだから相手は自分の素性すじょうなど分からないはずだ』とたかくくっていたらしい。


 ──いささか能天気が過ぎるのでは?


「だったらますます君にこんな大金を動かす力なんてないはずだよね? その袋からした音と君が持っていた感じから推察するに、中身は金貨で40枚といった所かな?」

「なっ……! ば、馬鹿にするなっ! 中身は金貨で60枚だと聞いて……っ!」

「『聞いて』? そう。これは君自身の依頼ではなくて、君は誰かの代理人ということか。真の依頼人はカサブランカ侯爵夫人かな?」

「なっ、なぜそうと……っ!?」


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