Ⅰ_3


 燐光が舞うたびに、ノーヴィスが言葉を重ねるたびに、屋敷が軋みを上げながら構造を変えていくのが分かる。ミシミシギシギシと唸る屋敷は、不必要なパーツを徹底的に削ぎ落として収縮しているようだった。


 ノーヴィスが紡ぐ歌の流れを借りて、メリッサは己の意識と魔力で屋敷の変化を探る。


 屋敷を流れるノーヴィスの魔力の流れを読めば、大体どこがどの程度変化したかは把握できる。今後のために屋敷の変化は知っておきたい。


 そんなことを思って感覚を広げたメリッサは、ふと感覚の端に覚えのある異端分子が引っ掛かったような気がして探索の流れを止めた。


 ──これは……?


 メリッサは屋敷全体に広げていた意識を異端分子の方へ集中させる。


 場所は、今いる位置から近い。だが屋敷の外だ。


 ──玄関の外に、誰かいる……?


「……さて。これでいいかな?」


 異端分子に意識を取られていたメリッサはノーヴィスが屋敷の改変を終えたことに気付いていなかった。ノーヴィスの声にはっと顔を上げれば、険しい表情を崩したノーヴィスが首をかしげながらメリッサを見ている。


「ルノ? どうしたの?」

「あ、その……」


 メリッサはとっさに言葉を出せないまま視線を玄関ドアに投げた。そんなメリッサの視線を追ってノーヴィスも玄関ドアを見つめる。


「玄関の外に、知っている気配があるような気がして……」


 そういえばまだノーヴィスと手を繋いだままだ。そのことに気付いてさりげなく手を抜こうとしたのに、なぜかノーヴィスは力を込めてギュッとメリッサの手を握り直す。


「玄関の外に?」


 一瞬、そんなことよりも握り込まれた手に意識を持っていかれる。


 だが。


「うっ、うわぁぁぁあああああっ!!」

「っ!?」


 次の瞬間玄関の外から響いた絶叫にメリッサは弾かれたように駆け出していた。


「ルノ?」

「お下がり下さい、ノーヴィス様」


 ──先程の襲撃の直後の訪問者。無関係だとは思えません。


 メリッサは玄関ドアの隣の壁に背中を預けて立つと手の中に氷の短剣を作り出した。のぞき窓から外を覗くが、人影らしき影はここからでは見つからない。


 ──知っている気配の主かと思ったのですが……


 メリッサは一度視線を玄関ホールに投げ、ノーヴィスとファミリア達の位置を確かめる。


 その仕草でメリッサの意図が分かったのか、ノーヴィスはメリッサとドアを挟んで反対側の壁に身を寄せ、ファミリア達は何かあったら即刻迎撃態勢に入れるように宙を旋回し始めた。


 そんな一行にひとつうなずいたメリッサは、そっとドアの鍵を外すとソロリとドアを開けて外を覗き込む。


「……?」


 サンジェルマン伯爵邸の玄関前は、実に殺風景だ。空間も狭いため、玄関ドアを開けばすぐ先に門が見える。


 その門扉もんぴが開いていた。やはり誰かがやってきたのだ。だが玄関ドアを開けてみても、相変わらず人影はどこにも見えない。


 ──と、いうことは。


 とある可能性に思い至ったメリッサは、スルリと玄関ドアを抜けると階段を降りた。数段分の段差を降りるといよいよ前庭、なのだが。


 ──やはり。


 用心深く最後の階段の縁に立ったメリッサは、その先に広がっていた光景に小さく頷いた。


 ──あんなにバレバレな落とし穴にはまるなんて、よっぽどお馬鹿なお客様だったのですね。


 本来ならば芝生の中に石畳が続いているはずである場所は今、ぽっかりと穴が口を開けていた。メリッサの身長以上に深く掘られた穴の底に土以外の色のかたまりが埋もれているが見えるから、恐らくあれがメリッサが感知した『異端分子』だろう。どうやら来訪者は鍵が開いていた門に疑問を抱かずそのまま進み、見事に落とし穴に落ちてしまったらしい。


 メリッサは手の中の短剣をグレイブに成長させると、柄の先を落とし穴の底に伸ばした。チョイチョイ、と来訪者をつつき、反応がないことを確かめると、グレイブの柄の先をオールのように変形させ、上に被った土や瓦礫がれきをどけてやる。


「……あら」


 そんなことを続けること数秒。


 あらわになった面立ちに見覚えがあったメリッサは、思わず驚きを口にした。そんなメリッサの隣にローブのフードを目深に被ったノーヴィスが並ぶ。


「もしかして、知り合い?」

「はい」


 困惑とともに穴の中の珍客を見つめていたメリッサは、判断をあおぐようにノーヴィスを見上げた。


「彼はエドワード・ディーデリヒ。妹の婚約者で、魔法学院における私の同級生です」

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