Ⅱ_2
その温もりと二人の気安いやり取りにメリッサの体からわずかに力が抜ける。そのタイミングを
不満そうに唇を尖らせたエレノアに近付いたノーヴィスは、何やらメモを取り出すとエレノアに手渡す。受け取ったエレノアは唇を尖らせたままメモに視線を落とし、次いで軽く目を
「頼める?」
ノーヴィスはメリッサに背中を向けているし、そんなノーヴィスの背中が邪魔になってメリッサがいる位置からではメモの内容は見えない。
──仕立屋まで来て『頼める?』という発言が出たということは、恐らく注文書の
メリッサが内容を推し
「もちろんよ」
「それに追加で、普段着られる物を数着頼みたいんだ。できれば一着くらいは持ち帰りでお願いしたいんだけども」
「随分と無茶を言うじゃない」
「お願いできないかな?」
「そんな無茶を言いたくなるくらい、大切なのね?」
その言葉に一瞬、不自然な間でノーヴィスの言葉が途切れた。
──一体、どんな会話の流れなのでしょうか?
ノーヴィスと会話をしているはずなのに、エレノアの視線は相変わらずメリッサに向けられているし、言葉を重ねるたびにエレノアの笑みは深くなっていく。だというのに同じ場所で同じ会話を聞いているメリッサにはさっぱり会話の流れが分からない。
「……大切な人の、大切、だからね」
「ふ~ん?」
結局、メリッサには二人の会話の意図が分からないままやり取りは終わってしまった。
メリッサが結論を得るよりも早く会話を切り上げたノーヴィスは、メリッサを振り返りながら口を開く。
「じゃあ、君はここで彼女の指示に従ってね。僕はその間に、ちょっと用事を片付けてくるから」
「え? ノーヴィス様が出向かれるなら、私も一緒に……」
「君はここにいなきゃ。採寸してもらわないといけないんだし」
「採寸? 私の?」
なぜそんな話になっているのだろうか。
ここにはノーヴィスの用事で出向いた。つまり注文したのはノーヴィスの衣装であるはずで、そこにメリッサの採寸は関係ないはずなのに。
だというのにノーヴィスは、不意を衝かれたかのようにキョトンとメリッサを見つめた。
「ここへは君の服を作ってもらいに来たんだから。君はここにいなきゃダメでしょう?」
「……え?」
「え?」
「……アンタ、どーせ何も説明しないで連れてきたんでしょ?」
思わぬ言葉に気が抜けた声を上げれば、なぜかノーヴィスまで同じような声を上げる。
そんな二人の間に割って入ったエレノアは、
「言葉を操る魔法使いなくせして、アンタはいっつも言葉が足りないのよ」
「僕の場合、大事なことほど口にできないことが多いんだよ」
「『君の生活必需品を買いに一緒に出掛けよう』くらいは言えるでしょうに」
「えっ!?」
思わぬ言葉にメリッサは裏返った声を上げ、そんな己の声にさらに驚いて慌てて両手で口をふさいだ。
自分らしからぬ失態に一瞬血の気が引いたが、エレノアはノーヴィスを
──えっ!? えっ!? これはノーヴィス様の用向きを片付けるための外出ではなかったの? 私は荷物持ちか護衛のために連れてこられたのでは……っ!?
だって、理由がない。
ノーヴィスがメリッサの生活に必要な物を買い揃えなければならない理由は、どこにもないはずだ。
──だって、今の私はメイドで、つまり私とノーヴィス様は使用人と主の関係にあるわけで、主が使用人の生活用品を揃える必要性なんてどこにも……
衣食住、全てにおいて事足りている。
だというのになぜ、それ以上の物をメリッサに揃える必要があるのか。
メリッサはただノーヴィスの屋敷に押しかけてきただけの人間だ。メイドとしても役に立てているとは思えない。
正当な成果を、メリッサは出せていない。
だからノーヴィスにそこまでしてもらう理由が、メリッサにはどうしても見つけられない。
「僕が個人的にこの辺りに用事があったっていうのも、本当だよ?」
両手で口を押さえたまま固まっているメリッサに気付いてくれたのだろう。
エレノアの言葉を全てかわしきったノーヴィスが腰をかがめてそっとメリッサを
「でも、メインが君の生活用品の買い出しだったっていうのも、本当だよ」
そんなノーヴィスがラピスラズリの瞳で困ったように笑っていることに気付いたメリッサは、勇気を出して両手を口元からどけると震える声で問いを紡いだ。
「ど、どうして、そのことを……」
「うん」
「私に、黙って、……ここまで、連れてきたのですか?」
「うん。何となく君は、真っ正直にそのことを口にしたら『行かない』って言うんじゃないかなって思ったから」
その
多分、今断れなかったら、本当にメリッサの服が仕立てられてしまう。しかもこぼれていた言葉から察するに複数着。
オーダーメイドの服は決して安くはない。今の自分はノーヴィスにそんな大金を払わせてまで服を必要としていないし、報酬として受け取れるほどの成果も出していない。完全にノーヴィスにとって損失になる。
──女性の衣服をオーダーメイドで複数着買うなんて、下手をしたら下級使用人の年給レベルの金額が飛んでいくのでは……!?
少なくとも、マリアンヌが普段着ていたドレスはそれくらいのお値段だった。己のドレスを作ることはここ数年なかったメリッサだが、マリアンヌのドレスが仕立てられる現場には同席していたから、ドレスの相場がどれくらいのものかは知っている。
──な、何とかして思いとどまっていただかなくては……っ!!
そこまで考えが至って、さらに血の気が引いた。
今は下手なことを言って叱責を受けるよりも、『ノーヴィスが自分のために大金を動かすかもしれない』ということの方が恐ろしい。
その恐れに突き動かされて、メリッサは必死に唇を動かした。
「な、なぜ……」
「なぜ?」
「だ、だって……っ!」
「だって?」
「り、理由が、ありません」
その上で首を
「私、何の役にも立ててなくて、それどころか、ご迷惑を、お掛けしていて」
「そう?」
「そう、です……! 着る物にも、困っていません。ご衣装を仕立てていただく理由なんて……っ!!」
「困ったな」
「え?」
メリッサの言葉を受け取ってくれたノーヴィスは、今度はわずかに眉尻を下げた。言葉通り、本当に困っているのが分かる表情がノーヴィスの顔に浮かぶ。
「ただ僕が君に何か贈りたかったから、では、ダメかな?」
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