Ⅱ_1

 そんな流れで、メリッサはノーヴィスの屋敷で暮らすようになってから、初めて外出をしたわけだが。


「アラヤダァ~! カ~ワ~イ~イ~ッ!!」


 ──これは一体、どういう状況なのでしょうか。


 目の前で繰り広げられる光景に、メリッサは思わず固まってしまった。


「ちょっとぉ~、どーゆーことぉ~!? こんなカワイイお客さん連れてくるなら、アタシだってもっと気合入れて待ってたのにぃ~!」


 メリッサが外出の準備を整えてノーヴィスの所に向かうと、ノーヴィスは普段だらしなく引っ掛けているだけのローブをきちんとまとい、フードを目深に被った姿でメリッサを待っていた。


『じゃあ、行こうか』


 そう言ったノーヴィスの腕の中には童話のに出てくる魔法使いが持っていそうな『いかにも』な杖まであったから、もしかしたら外出の用事は買い物ではないのかもしれないとメリッサは身構えたのだが、ノーヴィスはいたって普通に乗合馬車に乗り、事前の宣言通りに屋敷から一番近い繁華街で馬車を降りた。


 その後も特に何をするでもなく通りを進み、脇道に繋がる辻を折れて横道に入った後もごくごく普通に道を進んでいたと思う。


 そんなノーヴィスが足を止めたのは、繁華な通りから少し離れた脇道に店を構えた仕立屋の前だった。


 店表には芝生と野の花が美しい小さな庭。飛び石を進んだ先にはステンドグラスがはめられたドア。『Open』と書かれた小さな掛け看板が揺れる店構えは可愛らしくて、そんな店にいかにも童話の中の魔法使い然としたノーヴィスが入っていくのは、何だか童話の一場面を見ているかのようだった。


 ……というのが、数秒前までのメリッサの感想だったのだが。


「久しぶり、エレ。調子はどう?」

「まぁボチボチね。アタシ自身も、店も」

「それは重畳ちょうじょう


 ドアの横のショーウインドウには男女それぞれの礼装を纏ったトルソーが一体ずつ。小部屋ひとつ分の空間を開けて簡素なカウンターと腰高のスイングドアがあり、さらにその奥にある棚が奥の部屋と店表の空間を分けている。


 その奥の空間からドアベルの音に呼ばれて現れたのは、白のドレスシャツと黒いマーメイドラインのタイトスカートに身を包んだ……


「そんなことよりも、アンタのお連れ様よぉっ!!」


 ドスのいた野太い声で女言葉を操る、筋骨隆々の大男だった。


「なぁに? アンタ、どぉしたのよこんなカワイイ子! どこで知り合ったのぉ! 人間関係が限界まで狭小なアンタに出会えるような子じゃないでしょぉっ!?」


 緩く波打つ美しい栗茶色の髪を左耳の下で束ねて胸元に垂らした大男は、化粧をほどこした顔を輝かせながらメリッサに迫る。思わずメリッサは体を強張らせたまま身を引くが、隣に立つノーヴィスとショーウインドウのトルソーに挟まれて大した動きは取れなかった。


 そんなメリッサに気付いているのかいないのか、ノーヴィスは深く被ったローブのフードの向こうでいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。


「数日前から、訳あって僕の屋敷に住んでもらうことになったんだ。今はメイドさんとして働いてくれてるんだよ」


 その言葉といつもと変わらない笑みにはっと我に返ったメリッサは、慌てて背筋を正すと小さく頭を下げた。


「メリッサ・カサブランカと申します」


 ノーヴィスは己の意思でこの店にやってきた。この大男とも親しいように見える。ならば自分も礼を失することをしてはならない。


 顔の表情がいつもより硬いことも、動きがぎこちないことも自覚していたが、そこは未熟者の所業であると思って許してもらいたいメリッサである。


「あらぁ、ご丁寧にありがと」


 メリッサの挨拶を受けた大男は顔一杯に笑顔を浮かべると前のめりになっていた体を引いた。思わずメリッサがほっと息をくと、大男は筋肉で盛り上がった豊かな胸に片手を置いて挨拶を返してくれる。


「アタシはエレノア。エレノア・ダンクワース。この魔法衣装店マギカ・ファシニスタ『カメリア』の主よ。よろしくね」


 最後にバチンッと音がしそうなウインクまで送られてきた。思わずメリッサは後退あとずさらないように太腿に力を込める。


 そんなメリッサをはげますかのように、ノーヴィスはポンポン、と優しくメリッサの背中を叩いた。


「こんな感じだけど、エレはとても腕のいい仕立屋さんなんだ。普段着から礼装、さらには特殊衣装までお手の物で、仕事も丁寧で速い」

「こんな感じとは何よぉ」

「こんな感じはこんな感じ、だよ」


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