Ⅴ
だがメリッサがそんな戸惑いを口にするよりも、ノーヴィスが一同に号令をかける方が早かった。
オウルを宙に放ったノーヴィスはそのまま大きく腕を横へ振り抜く。その動きを合図に羽を休めていた他のファミリア達も一斉に宙へ羽ばたいた。そんな彼らの翼に打たれて、停滞していた居間の空気がフワリと風をはらむ。
「『光の下 机の影 本の隙間 何でもない場所 出ておいで 探し物 失くし物』」
ファミリア達が羽ばたいた後の空気には蝶が鱗粉を落とすかのように光の粒が舞っていた。そんな空気を巻き込んでノーヴィスの歌声が響く。
光と風を巻き込んだ歌声は物理的に力を持った波となり、ゴチャゴチャと置かれた品物達は水面に浮かぶ花びらのようにユラリユラリと揺れ始める。
──理論も何もない。ただの失せ物探しのまじない歌なのに……
メリッサとメリッサが座るクッションの周りを避けた波は、水面を波紋が揺らすかのように部屋の端へと広がっていった。その波がノーヴィスによって即興で組み上げられた魔法なのだと理解したメリッサは、思わずまじまじと波が進む先を見つめる。
──本来この規模で魔法を使おうとしたら、魔法陣ときちんとした呪文の詠唱が必要であるはず。
ファミリアの力を借りているのだとしても、この展開は規格外すぎる。
はからずもノーヴィスが本当に優秀な魔法使いである証拠を目にしたメリッサは、息を詰めて波が進む先を追った。
「あ……」
そんなメリッサの視界の端で何かがフワリと舞い上がる。その『何か』はメリッサが視線を向けるよりも早くノーヴィスの手元に舞い降りた。
「どうやら、これがリヒャルト・カサブランカ侯爵から送られてきた手紙みたいだね」
ノーヴィスの手の中に納まったのは、真っ黒な封筒だった。ノーヴィスは手の中で封筒を
封蝋で閉じられているから中に手紙が入っているのだということは分かるが、それがなければ未使用の封筒なのかと勘違いしてしまいそうなくらい、封筒には誰かが使った痕跡が見当たらない。
そんな封筒を耳元で軽く振って中の音を確かめたノーヴィスは、封筒の隙間に指先を差し込んで封蝋を破った。そのままひっくり返すわけでもなく、中に指を入れるわけでもなく、なぜか封筒を顔に近付けて中を
「うーん……なるほど?」
そんなノーヴィスの様子に、メリッサは内心だけで首を
──中の手紙を確かめないのでしょうか?
先程の魔法で探し当てられたこの手紙は、ノーヴィスの言葉を信じるならば父から差し出された物であるらしい。ならばその中に入っているのは、メリッサとの結婚に関する書状なり手紙なりであるはずだ。
手紙は中を改めてみてこそ意味がある物だし、ひとまず読めば何も知らないメリッサが説明したこと以上の事情を知ることができるはずなのだが。
「ねぇ。質問、いいかな?」
「何でしょうか?」
だというのに、結局ノーヴィスが封筒の中から手紙を取り出すことはなかった。
封筒の中を覗き込むだけ覗き込んで再び蓋をしたノーヴィスは、両手で封筒を持ったままメリッサに向き直る。
「お父さんって、お母さんのお
「はい。父は先のカサブランカ侯爵の一人娘であった母と結婚して、カサブランカ家に婿入りしています」
「お父さんの旧姓って分かる?」
「旧姓、ですか?」
「うん」
唐突な質問にメリッサはしばらく瞳を伏せて記憶を
だが残念なことに父方の実家のことは家名を含めてとんと聞いた覚えがなかった。父に身寄りがないことは何となく察していたから、どことなく話題にするのを避けていたのかもしれない。
仕方なく、メリッサは視線を上げると素直にそのことを口にした。
「申し訳ありません。父の実家のことは、家名を含めて聞き覚えがありません」
「そっか」
「はい」
「……あの」
「もうひとつ質問いい?」
『やはりご迷惑なようなので出ていきます』という言葉を口にするよりも、ノーヴィスが再び口を開く方が早かった。
もう一度真っ直ぐ向けられた視線を受けたメリッサは、口にしかけていた言葉を飲み込むと居住まいを正す。
「何なりと」
──この方は、言葉を向ける時、きちんと視線まで私に向けてくれるのですね。
それが、新鮮だった。こんな風にしっかりと話し相手として向きあってもらう経験が、最近あまりなかったものだから。
「君が優秀で、面白くて、賢くて、礼儀正しくて、魔法も使えるってことは、もう知ってるんだけども」
「過分なお褒めの言葉、重ねて恐れ入ります」
「他に何か、できることってある? 家事とか、得意なこととか。掃除とか炊事とかできるならありがたいんだけども」
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