第19話 指輪

「めっちゃ酒臭ぇ!!本当に防衛する気あるんかお前ら…。」


壁の中に居る兵士の半分近くが酒浸りであり、他の臭いなど打ち消す程の凄まじいアルコール臭が部屋に充満している。


「言うてやるな。ここにいる大体の兵士は住み込みだ。唯一の娯楽と言えば酒か煙草か。」


「馬鹿みたいだな。そんなの半日でも三分の一でもシフト組めば良いだろ。」


一日中同じ人員が警備を担当しているとなると効率が悪い所の話じゃない。その内人員の不満は爆発するし、組織の風通しも悪くなり更なる環境悪化を引き起こしかねない。


「軍志望の兵士が増えればそれも出来るがこの街が属する国には兵役義務が無い癖に他の職の方が儲かりやがる。なんなら同職でも傭兵の方が歩合制の分休みも取れるし儲かるだろう。」


「なら何故傭兵に転職しない?」


生きていく上で金と時間は重要だ。俺だったら普通に転職している。


「俺らがここを離れれば誰がこの街を守るんだよ。傭兵は武力さえあれば誰でもなれる分人格や性格がアレな奴が多い。そんな奴にこの街の心臓でもあるこの壁の管理を任せてみろ。二、三日もしないうちにただの石壁に成り下がるだろ。」


「なら部外者の俺を入れるのも不味いだろ。」


そんな機密を俺の様な部外者に見せるのはリスクが高過ぎる。この世界の倫理観的に物理的に首が飛ぶ失態だ。


「いや、お前なら良い。そもそもお前にとってこの壁は道だし、お前は頭の回る奴で狡猾だ。万が一この壁の秘密を知ったとしても無闇に喋る事はないだろ?」


つまりバレない自信があるし万が一バレても俺が喋らない確証があるのか?


「…よく分かるな。」


「お前が喋るとしたら国を敵に回しても問題ない状況だ。つまり、この国が滅ぼされる事が確定した時ぐらいだろうな。さて、どうでもいい話はここまでにしてついたぞ。」


なるほどな。言外に国が敵に回るがお前は国を敵に回してまでここの秘密を暴露するのかって言いたいのか。そんな事を思っているといつの間にか俺は倉庫の様な場所に着いた。


「好きなのを選べ。一応、ここの装備はどれも一級品だ。国宝とまではいかないが確実に家宝とか一族代々受け継ぐタイプの装備にはなる。」


俺は気持ちを切り替え、部屋を見渡し高く売れそうな物を探す。品質に自信ありと言うことは一つ一つの差が大きく売値に影響しうる。部屋をぐるっと一周見渡すと一際目立つ装備を発見した。


「なんか凄い雰囲気を醸し出してるがこれは?」


俺が見つけたのはただの指輪で、武器や防具が保管されているこの場所には到底似つかわしくない物だった。なんなら、その辺の商店で売られていてもおかしくない物。それ故に異常に目立って見えるのかもしれない。


「あー、それはいつの間にかこの部屋にあったんだよ。鑑定士に見せても正体不明、ただの銀の指輪としか分からなかった。誰かの忘れ物かとも思ったが見ての通りここの兵士は恋人はいないし洒落にも興味はない。だからこそ理解不能なんだ。」


ますます気になる。ただの指輪だったとしても銀は貴金属でそれなりの値段にはなる筈。シンプルなデザイン故に男の俺がつけてても違和感はない。


「ならこれにしよう。いい物か悪い物かは分からないが面白そうだ。」


「いいのか?売っても安価だと思うぜ?」


「性能が良い防具や武器も惜しいが面白そうな物があるのに無視するのは面白くない。ただの指輪なら酒の肴にでもするよ。」


「お前…それで成人してるのか?」


「とうの昔に成人してるわ!失礼な奴だな…。まぁ面白そうな物をありがとう、じゃあ帰るわ。」


「送ってやる。今回はちゃんと門から出てけ。こっちは毎回始末書書くの大変なんだぞ?」


「はいはい。」


俺はこの世界に来てから初めて門を通って外に出ると後ろから呼び止められる。


「あぁ、そうそう。お前にはこれも渡しておく。これからは壁登りするんじゃねぇぞ。さっきも言ったが始末書書くのめんどくせぇ。」


手渡されたのはペンダントの様な物。


「これは?」


「顔パスで通れなかった際の通行証だ。人員が変わることはほぼ無いが変わらないとも言い切れないからな。」


「は?そんな物ポンポン渡してたら駄目だろ。」


普通に考えてそんなヤバい代物を信用ならない他人に渡すのはアホ過ぎる。


「さっきも言ったがお前にとって壁は意味を成さない。だったら通行書渡してちゃんと門から通ってもらった方が始末書書かなくていい分仕事減るんだよ。」


呆れとか色々混ざった声でそう言いながらこちらを睨む。


「あー。」


確かにそっちの方が合理的だ。ちゃんと門から通る保証はないし毎回の検査が面倒で門を無視されれば向こうは面子を潰される上に仕事が増える。それならその例外をスルーして通した方が仕事は減る。それがたとえ脅威だったとしても壁が意味を成さない以上あっても無くても変わらない。


「お前がここを突破する方法は知らないが普通に侵入されてる時点で意味ねぇんだわ。それ一応本人認証がついてるから本人以外だとうんともすんとも言わねぇ。つまり使えないから失くしても安心しろ。それでもまぁ失くすなよ。」


「了解。じゃあ失礼しますね。」


俺はペンダントを首に掛けるとファングに跨り、今度こそ帰路に着いた。

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