第3話 己の異変と食事
最初に潰した狼の死亡を確認して安堵すると五つの獣の死体を見ながら我に帰る。
「我ながら人間の所業じゃ無いよな。一匹目の殺し方は納得してるよ?でも、それ以降は人の身体能力じゃ無理だと思う。身体能力は異世界基準の凡人になったのか?」
血の海を見ながらそんな事を思う。投石は合戦などにも使用された由緒正しき蛮族の武器だし、更に昔には狩りにも使われた狩猟道具だから死ぬのは納得。でも、普通の人間が生身で生きた狼の肉を食いちぎって殺したり出来るのか?
「人外になってたら不運不幸を軽く飛び越えて最悪なんだけど。…取り敢えず感染症とか怖いし傷みやすい内臓は捨てるか。」
適当な石と石をぶつけて作った超簡易的な打製石器を使い狼の死体から内臓を取り除く。
「皮固い。あー、百均の包丁でも良いからちゃんとした刃物欲しいぃ!!」
よく昔の奴らはこんな切れ味の物で生活出来たよな。すぐ切れ味落ちるし。
ー数刻後ー
「はぁはぁ、やっと内臓とその周辺の肉を取り除けたぞ。軽く血抜きもしたから臭さは多少マシになっている筈。でも、これを五体は無理!!一体だけ持ってここを離れるか。でもその前に腹ごしらえ。生肉なんて食べたら腹壊すだろうけど贅沢も言ってられないし、いただきます。」
そもそもスライムに溶かされてからどのぐらいの時が経ったか分からない死体を生で食べたんだし腹壊す心配なんて今更だが元文明人としては忌避感が拭えない。
狼の肉の味は最悪で固く獣臭く血生臭い。お世辞にも美味しいとは思えない部類の肉だったが餓死にするよりは遥かにマシだ。
「喉乾いた。」
あんだけ動けば喉も渇くが水辺が近くにあるかも分からない。このまま無理に探すのは割と危険だ。消耗する前に、出来れば喉が渇く前に水辺を見つけたかったが狼からの自衛で消耗してしまっているので最終手段に出る。
「血、飲むか。獣の死体から血を抜いて飲み水にするなんて最悪だけど水分は取れる内に取らないと乾き死ぬ。」
外相的に出血量が少ないのは最初に潰した狼だろうし、それから水分を補給する。正直感染症とかその他諸々怖いが生肉を食べてる時点で今更だ。
「火が問題だな。俺はサバイバルの趣味なんてないからライターとかチャッカマンが無いと火なんて起こせない。人間を人間たらしめた最初にして最大の発明である火が使えないとなると俺は原始人以下の生活を強要される事になる。その次は服、流石にフル◯ンは露出狂でも無い限り精神的にキツい。」
大昔に学校での授業で草から繊維を取って布を作るのはやった事があるので服は水辺さえ見つかれば火よりは簡単に用意できるだろう。一応、狼の皮を使うと言う手もあるが生皮は腐るし処理出来る設備は無いため論外である。
「火、どうしよう。」
摩擦で発火させるしかないがここは湿気が高めで絶対骨折り損になる。と言うか落ちてる枝も割と湿っているので発火させるのは至難の業だろう。
「…うん?ちょっと待て。俺今全裸だよな?何で下向いて息子が見えないんだ?」
俺は裸眼で2あるので目はいい方だ。いや、多分現代人としてはイカれている数値の筈だ。見間違える筈がない…。見間違える筈がないのだ。
そ、そうだ!!恐らくこの身体の視力が頗る悪いだけだ。元の身体の感覚のままで居るから見落としただけだ。触ってみれば分かる筈。俺を安心させてくれ!!
俺は現実を否定しながら肌に指を滑らせる。ツルツルしている。…そう、凸も凹もない。何もついていないのである。
「いや、不死になった時点で繁殖機能が要らないのは分かるよ?でも、魔法使いになりかけの人から奪るのは違くない?」
いや、tsしなかっただけマシだと言う考え方も出来る。だって中身がおっさんの女の子なんて機械の中だけで十分しょうよ。外野でいるのと当事者になるのだと全然違うもの。
しかし、もはやこの身体は生物なのか怪しいが本当に現実なのだろうか?
「嫌な事はさらに嫌な事をして嫌を塗りつぶすのが効果的。寄生虫や病原菌などその他諸々が怖いけど血、いただきます!!」
俺は嫌な現実から目を背け、更に嫌な現実へと目的をすり替える。
狼の首の肉を噛みちぎり頭へ血液を送る太い血管から血液を啜り出す。行儀が悪いだの気持ち悪いだの危ないだの様々な思いが脳裏に過ぎったがそんな考えを塗り潰す衝撃を受けた。
(あれ?意外と美味いぞ?余程この身体は塩分不足だったのか?狼の死にたてほやほやで新鮮な血だったから?いや、普通の人間的にはありえない。…もしかして俺って蚊になったの?自認が人間なだけで蚊になったと?いや、あり得ない。蚊が石を投げたり狼の頭蓋を踏み潰せたりする訳がない。仮にそんなのが可能なほど巨大な虫の楽園だったのなら大型の虫を多少は目撃していた筈だ。)
自分の異変が少し気になりつつも渇きが満たされるまで啜り続けた。
この時の彼は気づいていなかったが新鮮な血を大量に摂取した事で彼の傷ついた肉体はゆっくりと再生し渇きが満たされる頃には肉体は完全に修復され切っていた。
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