第57話 ツァーリ帝国偵察局・特戦隊
「お゛い……」
俺が動かぬ身体で必死に”ヤバイ”とアピールすると、それに気づいたアフロディテがケラケラと笑った。
「安心せい、神が死んだ故この空間の維持が出来なくなっただけじゃ。時期扉の外に放り出される」
「いや、全く安心できないんだが。さっきアユハが言いかけたように、外には帝国の工作部隊が控えている筈だ」
「ああ、そういうことか……ふむ、余が対処しても良いが」
アフロディテはそう言って俺に視線を落とす、てかこいつって今の姿で戦闘とかできるのか?
そんな疑問を頭の中に抱えた瞬間、消えゆく地面が直ぐ傍に迫っているのが視界の端に映る。
「お゛い゛……やば……」
上手く口が動かせない――自分の身体を自由に動かせない不自由さと不快感を抱えていれば、あっさりと俺たちは入ってきた扉の前に瞬間移動していた。
「阿由葉祐樹が生きているという事は……まさかっ!?」
突如頭上から響く声は、あの日聞いた幼女のもの。
未だ赤く染まる視界をそちらに向ければ、十人程の黒いトレンチコートに身を包んだ兵士たちが白い道を塞ぐように立っていた。
「デメテルを倒したのですか!? 本当に!?」
何を驚いているのか、そもそも倒させるつもりで――あぁ、そうか。
俺が倒せなくても女であるドロシーは殺されない、倒せたら御の字だった訳ね。
「デメテルはここにいるアユハが殺した、約束通り正宗を解放し、そこを通してもらおう」
ドロシーが俺と兵士たちの間に割って入り、堂々とそう告げる。
無論、通してくれない事も、デメテルに俺を殺させるつもりだったということもお見通しなのだろうが……。
「それは出来ない相談です」
ほらね。
「我らが大地を侵さんとする神を滅してくれたのには感謝しましょう、しかしドロシー・オブ・エレガンティア、貴女の身柄は当局が拘束させていただく」
幼女ながらに低い声で、威圧するようにそう宣言する。
それを聞いたドロシーが小さく舌打ちした音が聞こえた。
「では、押し通らせてもらおう」
「ふふ、最大戦力である阿由葉祐樹はボロボロ、貴女も多くの配下を失っている筈――ん? その幼い少女は何者ですか」
やっとアフロディテの存在に気付いたのだろう、訝し気な視線を向けている。
「ふむ、こ奴らがのぅ……別に余が対処しなくてもネクロマンサーの貴様なら余裕なのでは無いか?」
俺を膝枕していたアフロディテはやれやれといった感じで、小さく溜息を吐くと、俺の頭をそっと地面におろして立ち上がった。
「まぁ、制圧は出来なくはないが……アユハを護りながらは流石に厳しいものがある」
苦虫を噛み潰したようにそう告げるドロシーの言葉に、心がチクチクと刺されたような気持になる。
なんとか身体に鞭打って立ち上がろうとするが、そもそも身体に力が入らない。
今の俺は芋虫と大差無いという事実も相まって、流石に泣きたくなってきた。
ここまでカッコつけて激痛にも耐えてきたのだ、そろそろ泣いても罰はあたらないんじゃないか?
「では余がやろう、ドロシー貴様はアユハを護れ」
そんな自分との戦いを繰り広げていれば、アフロディテが一歩前へ出た。
正直俺が自分との戦いとかいう余裕を感じていられるのは、一緒にいるのがこの二人だからだ。
何よりも信頼する漆黒旅団の仲間たち、その上で負けてしまったのならそれは仕方がない。
何もできない俺はただ信じて受け入れるしかないのだ。
――といってもアフロディテが戦えるのかどうかなんて俺は知らない訳で、女神が任せろと言っている以上、何か秘策があるのだろが……。
「"平伏せ"」
アフロディテが静かに、ただそれだけを呟いた瞬間――取り巻く大気の全てが圧倒的な質量を得たのかと錯覚するほどの圧倒的なプレッシャーが全身を襲う。
本能に刻まれた、人間が進化の過程で遥か悠久の果てに忘れてきた感情を刺激させられるような……人が人である限り抗えない絶対的な言葉。
思えば、デメテル戦の時に俺が無意識に身体を動かしたときも同じだった。
しかし、今回のこれは本質が全く違う――俺に対してかけた言葉が救うためのものだとしたら、今回の本質は"威圧"だろう。
見れば、幼女を含む工作部隊の兵士たちはその身体を地に伏せ、平伏するような恰好をとっている。
「真言、かつて失われた世界の統一言語、紡がれた言の葉に人間が抗う術は無し――では、"じが"……ッ」
アフロディテは恐らく"自害しろ"と言いたかったのだろう、しかしその言葉が紡がれる事は無く、その身体が淡く発光し始めた。
「……なるほど、限界か。すまぬ、二人とも」
それだけを呟き、彼女は瞬時に俺の腕紐へと還っていった。どれだけ問いかけても返事は無い。
「や……ば……」
全身に鳥肌が立ち、伝う汗が逆上するような感覚が襲ってくる。
それはドロシーも同じだったようで、アフロディテの真言とやらの拘束が解かれたのか、立ち上がろうとする兵士たちを見て狼狽えている姿が視界に映った。
「アユハ……立てるか」
「む゛り」
「だろうな」
短いやり取りで、ドロシーは笑みを浮かべる。
楽しんでいる訳ではない、覚悟の笑みだ。
それを理解しているからこそ、死ぬ気で身体を動かそうとするが、やはり叶わない、数瞬後には真言が完全に解けた兵士たちによって襲われてしまうだろう。
分かっているのに――。
そう歯嚙みした瞬間、聞き慣れた元気ではつらつとした声が真っ白な空間に響いた。
「おう、待たせたのぅ!」
★★★
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