第58話 正宗見参!
「おう、待たせたのぅ!」
俺は絆される顔を止めることが出来なかった。
視界に映るのは、攫われてしまった、自分の事のように心配していた親友の姿。
「正宗!」
「まざ……む゛ね!」
俺とドロシーの声が重なった、とはいえ俺の掠れた声は殆どがかき消されてしまった訳だが……。
「おうおうアユハ、お前めちゃボロボロやんけ! うける」
何がうけるだ! とツッコミたいが、流石にそんな元気は無かった。
「貴様、三条正宗!?」
幼女の絶叫に次いで周囲の兵士たちも狼狽の声を上げる。
「ツァーリ帝国偵察局、秘密部隊である特戦隊の隊長アレキサンドラ・ヴァシーリエフ、お前らの事はある程度調べてきたわ」
正宗は得意気にそう言って書類の束を投げ捨てた。
「……どうやってッ!」
歯嚙みしながら悔しそうに、アレキサンドラという名を持つらしい幼女が正宗を見上げる。
未だにアフロディテによる真言の効果が完全に解けきっていないのか、それとも正宗の登場に狼狽しているだけなのか、未だに立ち上がるには至らないようだ。
「お前らのお仲間に監禁された施設で見つけたんや、黒幕の正体までは分からんかったけど、今日ここでアユハたちを襲うのなんざ一目瞭然やったで」
こいつ、自力で脱出しただけでは飽き足らず囚われていた施設を荒しまわったのか……? 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、その実超大馬鹿だったらしい。
俺は正宗への評価を訂正する、え? 勿論ベタ褒めだ。
「正宗、こいつらは今アフロディテによって身体の自由が効いていない状態だ、さっさと片してしれると大変助かるのだがね」
先ほどまで俺と同様に絶望を抱えていたドロシーは、やれやれといった風に軽く肩を竦めてみせる。
それを見た正宗は口角を大きく上げ、こちらにサムズアップを向けてきた。
「おう、任せろや」
そこからは言葉にするのも憚れる、虫取りのような光景が繰り広げられる結果となった。
アフロディテの真言で、油の差していないブリキ人形のような動きしかできない兵士たちによる必死の抵抗も虚しく、正宗はヒョイヒョイと時に後頭部に手刀をお見舞いし、時にみぞおちに拳を炸裂させる。
意識を刈り取られた兵士たちは簡単に鎖で縛り上げられて、無力化されていった。
「こんなもんかのぅ」
フス―と鼻の穴を広げながら手をパンパンと払う正宗は、拘束した兵士たちを
「じゅんざつ……だったな」
「ん? 瞬殺? ああ、そうだな」
安心したからか、段々と遠のいていく意識を必死に保つ。
"瞬殺"と言ったつもりが、思ったように声も出せなくなっている、思考も纏まらない……。
「……殺せ」
縛られたまま、悔しそうな表情でお約束のようなセリフを吐く幼女。
流石に幼女に暴力は振るえなかったのか、一応無傷である……さてどうしたものか。
「どうするんや、こいつら」
「幼女以外、は……お゛いていぐ」
「ではアレキサンドラ隊長殿には我々に同行してもらうということだな?」
ドロシーの確認に、頷いて肯定の意を示す。
今の俺では今後の予定や幼女の処遇など、考えた所でまともな案が浮かんでくる自信は無い。
兵士たちには悪いが、まぁここにはモンスターも湧かないし暫く大人しく縛られていて貰おう。
「ほんじゃ、幼女隊長はドロシーに任せるわ」
「あぁ、全員これに乗れ」
パチンとドロシーが指を鳴らした瞬間、およそ死体とは思えないほど立派な毛並みを持つ、羽が生えた獅子の身体に鷲の頭を持ったモンスターであるグリフォンを召喚する。
危険度SS相当のモンスターだ、相当数の配下をデメテルとの戦いで失った筈だが、まだこんな奴が残っていたのか。
そんなことを考えていれば、俺を正宗が、幼女隊長――アレキサンドラをドロシーがそれぞれ担いでグリフォンの背に跨った。
「では、行くぞ」
ドロシーの一声と共に、グリフォンは鷲と馬の混ざったような独特の鳴き声を上げ、大きな羽を上下させて宙へと駆けだす。
凄まじい速度で駆けている為、身体に当たる風圧のせいで全身の骨が砕かれたような激痛が続くが、泣きそうなのを我慢――いや、流石に痛すぎてポロポロと零れる雫が風に乗って零れた。
正宗もドロシーも周囲を警戒しているため、幸いにも泣いている姿を見られることは無さそうだが……俺をこんな目に合わせてくれたアレキサンドラとかいう幼女をどうしてやろうか?
そんな事を考えていれば、電源を切られたテレビのように俺の意識は暗転した。
★★★
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