第52話 ビズーミエダンジョン深層

 ビズーミエダンジョンに潜って既に三時間以上が経過していた、俺とドロシーは今九十九階層の階層主と既に三分以上戦っている。


「くそっ、攻め切れねぇ!」


「アユハ、もう一度動きを止められるか!」


「あぁ! ――操糸結界!」


 七つの頭を持つヒュドラ型の巨大なモンスターが、それぞれの顎からカラフルなブレスを撃ち出した。

 空間を裂くような不気味な音が鳴ったかと思えば、肌を焼くような熱風と共に轟音が空気を駆け、部屋の壁や床が周囲に飛び散る。


 巨大なブロック状の破片は、当たっただけでも致命傷になりかねない。


「――ッ! ドロシー!」


「ああ、死霊召喚――魔神の左腕!」


 器用に空中に飛び散る破片を足場にしてヒュドラに肉薄するドロシーが、以前見せてくれた魔神の左腕を背後に召喚させる。

 瞬間、不気味なオーラを纏った筋肉質な左腕がヒュドラの脳天にその拳を炸裂させた。


 爆発的な速度で地面に叩きつけられた一本の頭に釣られるように、ヒュドラ全体の体勢が崩れる。


「アユハ、畳みかけるぞ!」


「おうっ!」


 未だ滞空するドロシーの叫びに呼応するように、ヒュドラを縛っていた操糸結界を腕から切り離し、俺も距離を詰める為に駆け出す。


「死霊召喚――」

「操糸術――」


 俺とドロシーの言葉が重なる、ヒュドラは未だ完全に操糸結界を解けずにいるようだ。

 好機とばかりに、二人でそれぞれ上下から挟み込むように技を繰り出す。


「――死刑執行人エグゼキューショナー!!」

「――八糸爪はちしそう!!」


 ドロシーが召喚した広い刀身の斬首剣――所謂処刑人の剣を持った、黒子のように布で顔を隠した筋肉質の巨人から振り下ろされた連撃と、俺が操る八本の鋼糸から構成される爪撃によって、ヒュドラ全ての首が落とされた。


「死んだか?」


 おいフラグだぞ! とドロシーに突っ込みたくなるが、正直疲れすぎてそんな軽口を叩ける余裕も無いので、内心に留めておく。


 しかしどうやらフラグは立っていなかったようで、巨大な亡骸はボーリング玉よりも一回り程大きなサイズの魔石に変わった。


「っはぁ~~~! クッソ疲れた」


「全くだ……」


 俺とドロシーは緊張の糸が切れたように、その場に腰を落とす。

 ノンストップで九十九階層の階層主を倒すという強行軍に付いてきてくれた身体は、もう限界だと悲鳴を上げている。


「流石に休憩だな、とその前に」


 俺は痙攣する身体に鞭を打ち、主部屋の出口である扉に手を掛けた。

 大きな音を立てて開いたドアの向こうには、かつて渋谷ダンジョンでも見た真っ白な一本道。


「デメテルはやはりここ、か」


「ふむ、この先に迷宮王――いや、神がいるのか」


 いつの間にか隣に来ていたドロシーが「ほぅ」と興味深げな声を漏らしながら、そう聞いてくる。


「ああ、ここまで来てスカでしたなんて展開じゃなくて良かったよ本当に」


「それにしても……」


 ドッカリと座り込んで安堵の息を吐く俺の隣で、今の今まで激戦を繰り広げていた主部屋を一瞥したドロシーが口を開く。


「――かつてないほどの強敵だったな」


「あぁ、渋谷ダンジョンの九十九階層にいた首無し騎士も相当な強さだったが、今回のヒュドラも中々だったぜ」


 ウネウネと独立して動く巨大な頭のそれぞれから繰り出されるブレスや噛み付き、更には巨体を支える四肢による引っ掻き、高層ビルの柱のような極太の暴れる尾。


 流石に俺一人で倒せたかどうか自信が無いレベルの強敵だった。

 まぁ腕なり脚なりくれてやれば倒せていただろうが……。


 俺は自分の身体を見回す、所々から出血し制服は汚れているものの、骨が折れているとか、今後の戦闘に響く程の大きな怪我は見当たらない。

 それはドロシーも同様だ。


「少なくとも、帝国には今の奴を殺せるだけの探索者がいるということか」


「まぁ俺らみたいに二人で攻略、なんてことはしてないだろうけどな」


 IDOが公開しているダンジョンマニュアルには、危険度に応じたパーティーメンバーの推奨レベルなどが記載されていて……。


 十大ダンジョンであるビズーミエダンジョンの危険度はSSS、同ランク探索の為の推奨パーティー人数は最低八名で、構成するメンバーの最低ランクはA+以上を推奨されている。


「はぁ~~」


 そんな事を考えながらごろりと床に寝転ぶと、美しい黄金の双眸が覗き込むように突如として現れた。


「なっ!? アフロディテ!?」


 弾かれたように後退り、ワナワナと指を差す。

 そこにはニシシと笑う、美と豊穣、欲と戦を司る女神様――アフロディテがちょこんと座っていた。


「アフロディテ、様」


 ドロシーは急に出てきた神に対して、たどたどしく様付けをしている。

 思えば俺以外のメンバーがアフロディテと面と向かって話す、という場面は中々無かった。


「いやすまぬ、暫く外に出れなかったのじゃ。だがしかし、状況は概ね把握しておるつもりじゃよ?」


 そう言って得意気にフフンと笑う女神様、こいつ今の今まで全く音沙汰が無かったくせに何を偉そうにしているのかと軽い怒りが湧いてくる。

 だが……。


「まぁ、デメテル戦の前に出て来てくれて良かったよ」


 軽く溜息を漏らすと、ハイハイの格好でこちらに近付いてきたアフロディテが、隣で膝立ちになり背中をバンバンと叩いてきた。


「余とて遊んでいた訳ではないぞ? 来るべき神々との戦いに備え、アユハ――貴様に新たな力を授ける為に身を潜めておったのじゃ」


「「は?」」


 俺とドロシーの声が重なった。


 ★★★


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