第48話 ツァーリ帝国という国
ツァーリ帝国は過去連邦国家だったが、現在はイヴァン皇帝による帝政が敷かれている。
ダンジョン発生以前は大量の穀物や石油、レアメタル等を輸出することで国際社会に対して大きな影響力を持っていたが、ダンジョンの興りと共に革命が起こり連邦は解体。
その後ダンジョンの対処に各国が混乱する最中、突如として台頭した現帝イヴァンにより、周辺の小国を飲み込むようにしてツァーリ帝国という国が成立した。
「確か最初で最後の、探索者が投入された戦争だったな」
「ああ――」
北の大地で起こったその戦争は、通称冬戦争と呼ばれることになる。
各国は探索者の軍事転用の危険性をありありと見せつけられ、ダンジョンを国際的に管理する組織『
ダンジョンから産出される資源の軍事転用は一部認めつつも、探索者を兵士や工作員として徴用することを禁止する国際法――ダンジョン条約が採択され、異例の速さで過半数の国が批准、条約が発行されるに至った。
その際にツァーリ帝国も戦後処理で国内混乱が続く中、国際社会との軋轢を生まないために批准しているが――。
「まぁ分かってはいたが、今回の件ではっきりしたな。帝国は探索者をゴリッゴリに工作員にしている、あの調子なら軍に探索者だけの特殊部隊とかいてもおかしくないだろうなぁ」
俺は溜息を吐きながらそう零した、その様子を見たドロシーが口を開く。
「まぁ今更だろう、他国も同じことをしているだろうしな。日本だってあるだろう」
そりゃそうだ、いくら国際法で禁止されていようが、他国が探索者を軍人や工作員にした上で攻撃されれば国土防衛など出来よう筈もない。
分かってはいたが――。
「あいつ魔法使いだったぞ」
「ああ、影に溶け込む魔法……噂だけは一度耳にしたことがある」
「噂?」
「そうだ、通称――
「な、るほどなるほど」
俺はそう言って腕を組んだ。
十中八九さっきの幼女のことだろう、唐突に現れ消えていくというのは影に溶け消えたあの魔法に違いない。
噂の域を出ない謎の魔法使い……ね。
日本の場合、探索者登録は満十六歳で日本国籍を保有していれば無条件で探索者登録が可能だ。
ダンジョンカードは国内等級の兼ね合いもあって独自開発の物を使用しているが、IDOが発行するダンジョンカードの規格に準拠しており、若干のタイムラグはあれどダンジョンビルボードのランキングが自動で更新されるなど、透明性が非常に高い。
しかし、全ての国がそうかと言われれば、それは否だ。
帝国など最たる例で、この国で探索者になろうとすれば、帝国議会直轄のダンジョン省の試験を突破しなくてはならない。
加えてダンジョンカードは国際規格に準拠していない為、ダンジョン省からIDOへの申告が正式な情報として受理されてしまう。
とんだ欠陥システムだ。
そして……帝国の探索者でダンジョンビルボードの上位に名を連ねる人物は存在しない。
「――ハハ、恐ろしい話だな」
「あぁ、全くだ」
俺の呆れたような笑いに、ドロシーも釣られて乾いた笑みを浮かべながら続ける。
「さっきの幼女はダンビルの上位にいてもおかしくない実力者だったように思うが、アユハはどうだ?」
「ん? いや、ありゃ上位にいない方が不自然だろ――」
当時はダンジョンが発生して間もないとはいえ、ダンジョン内でモンスターと戦い、生き残る……それを繰り返していた一部の猛者がいた。
探索者の先駆けだ。
冬戦争の戦場は惨憺たる光景だったと伝え聞く。
しかし当時の探索者が活躍した主戦場は戦場ではない、無論魔法という稀有な才能に目覚めた当時の探索者は、105mm戦車砲と共に敵陣地に魔法を炸裂させていたらしいが……。
基本は指揮官の暗殺や、少人数による兵站の妨害、密集集団への突撃など、時代錯誤な白兵戦を展開していたそうだ。
そもそも、ダンジョン産の素材で作られた弾頭を使った銃弾以外の現代兵装では、モンスターへの効果が薄い、現在の探索者が中世じみた剣や槍を使っているのはそれが理由。
故に探索者は銃ではなく、白兵戦に秀でていく傾向がある。
「――そんな近代戦争でゴリゴリの白兵戦を経験した先輩探索者たちの後継がさっきの幼女だろうし、そもそも冬戦争はいうて数十年前、まだまだ現役もいるだろうさ。だから帝国は意図して探索者を表に出していないと考えるのが妥当だろうな」
帝国が探索者に関する本当の情報をIDOに提出すれば、ダンビルの順位は大きく塗り替わることになるだろう。
「ダンジョン探索においても一流、対人戦は超一流……という訳か」
「そゆこと」
俺はそう告げてベッドから立ち上がり、備え付けられていた小さな冷蔵庫の中から水のボトルを取り出して口をつける。
乾燥した空気の中でずっと喋っていたからか、極寒の国にも関わらず、まるで砂漠のオアシスにいるような気分になった。
「大分寄り道しちまったけど、結局敵の動きが妙って話だったな」
「ん、ああ。そうだったな……アユハ、私にも水をくれないか」
「おう」
もう一本のボトルを投げ渡す、ドロシーは綺麗にそれをキャッチした。
「つまり何が妙かって言うとだ、対人戦に特化した探索者集団抱えておきながら、力尽くでお前を奪いに来ない」
「私の工房を襲撃した際に不在だったから作戦変更したのではないか?」
「うんにゃ、だったらこの国に来た瞬間襲えばいいだろ、
水を飲みながらこちらを見るドロシーの瞳は"続けろ"と言っている。
「まぁ真っ先に思いつくのは、ダンジョンで疲弊した俺たちを襲う為だわな」
再び、水をごくりと飲み込んだ。
ついさっき天上の美味さを感させた水は、もはやただの水の味になっていた。
★★★
いつもご愛読ありがとうございます!
今回は設定回みたいになってすみません……ただこれでより世界観を理解してもらえたかと思います。
次回からしっかりストーリー動きますのでご期待くださいませ!
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