第47話 幼女の工作員

「で、なんでこのタイミングで姿を見せたんだ?」


 そう問いかけた瞬間、俺の背後にドロシーが降ってきた。


「おいアユハ……どういう状況だ? 電話がやたらと長いから出てくれば、この幼女が言っていた伝手とやらか?」


 ドロシーの言葉にピクリと幼女の眉が動いた気がする。


「うんにゃ、これが今回の犯人……というか実行犯だよ、帝国の幼女工作員だ」


 またもや幼女の眉がピクピクと動く。

 うん、やはり気のせいではない、幼女という単語に反応しているな、コレ。


「……なに?」


 俺の言葉を聞いたドロシーが険しい表情を浮かべ、キッと幼女を睨みつけた。


「いいですか、ドロシー・オブ・エレガンティア、私は幼女ではありません。成人済みです」


「知った事か、正宗をどうした」


 幼女の否定を歯牙にも掛けず、ドロシーが唸るように低い声を出す。


「三条正宗の身柄は我々で預かっています、人質ですよ。二通目の招待状はもうご覧になられたかと思います、お二人にはビズーミエダンジョンの完全踏破を行っていただく、それまではお返し出来ません」


「なんだと……?」


「まぁ待てドロシー」


 俺は感情を発露させつつあるドロシーを手で制し、幼女に向き直る。


「理解できないな、お前らの狙いはドロシーだろ? なんで急にダンジョンが出てきたんだ?」


「……これ以上伝えるべき事はありません、私が今日ここに姿を現したのは、我々の目は常にあなたたちを見ているということを伝える為――それでは幸運を、たった二人の漆黒旅団」


 期限は三日以内です――。

 幼女はそれだけを言い残して眼前から跡形も無くその姿を影へと消した。

 ふと視線を落とすと、影の上に一枚の写真が落ちている。


「……正宗」


 その写真を拾い上げれば、そこには両腕を縛られ、全身の切創から血を流す正宗の姿があった。


「許せん」


 隣で写真を覗き込むドロシーが怒気を孕んだ、震えまじりの声で呟く。

 そのまま弾かれたようにズカズカと歩き出した。


「おい! おいドロシー!」


 俺はその腕を握り、引き留める、すると鬼気迫る表情のドロシーが振り返った。


「今すぐにダンジョンへ行く、そして神を殺してさっきのクソガキも殺す。命じたやつも殺す、その後に我が配下に加え、その身体をいたぶり続けてやる」


「落ち着け、この件妙過ぎる。ダンジョンは三日以内に必ず攻略するしかない、だがまずは情報の整理からだ」


「――ッ、あぁ、そう、だな」


 唇を噛みしめながらそう頷くドロシーを見て、俺は握っていた腕から手を離す。


「もう日も暮れ始めた……近くで宿を取ろう」


 そう告げて、俺たちはとりあえずバーを探していた時に見つけておいた宿を目指した。


「まさか一部屋しか空いてないとはな~」


「まぁ、飛び込みで泊まれただけいいだろう」


 俺とドロシーは狭い部屋に並んだベッドに、それぞれ向かい合うように腰かける。


 シチェルバコフは小さな町だが、近くにビズーミエダンジョン含め三つほどダンジョンがある為、国外から来た探索者向けの宿があるにはあるが、大抵埋まっているというのはこの宿屋の店主の言葉だった。


「さて、状況を整理しようか。今の状況はあまりにも複雑が過ぎる」


「そうだな、その、さっきは悪かった。頭に血が上ってしまった」


「……まぁ、俺だってそうさ。格好つけて平静装ってるけどな、内心はらわた煮えくり返ってる」


 俺がそう言うと、ドロシーは目を点にしてクスクスと笑い始めた。

 一瞬だが、この事件が始まる前のいつものドロシーに戻ったような気がする。


「アユハ、君は実に面白いが、本当に分かり難い男だな」


 死ぬほどムカついている。

 正宗は俺の親友だ、それを攫い、嬲り、その姿を俺たちに晒した。


 到底許せることでは無い、だが激情のまま動いても良い結果にはならない。

 それを過去の経験から痛いほど学んでいたからあの場では冷静を装っていただけだ。

 事実、握った拳には爪が食い込み、血が滲んでいた。


「俺の得意技さ、社畜時代に不平不満を隠す術を学んだんだ」


 図らずも乾いた笑みが出る。


「んじゃ、本題に入っていくぞ」


「ああ」


 そう言って隣に来たドロシーとの間に、宿屋のカウンターで売られていた周辺の地図を広げ、マジックバックからペンを取り出す。


「ここが俺たちがいるシチェルバコフ市、そして――」


 ペンで地図の一部を囲むように円を書いた。


「ここが目的のダンジョン、ビズーミエダンジョンだ。恐らくデメテルはここにいる、あくまで"恐らく"だ。だが今日の幼女が改めて指定したという事は、俺たちと同じように予想しているか、それとも確信を得ているかのどちらかになる訳だが……」


「ふむ、恐らく後者だろうな」


 顎を擦りながらドロシーがそう告げる、それに対して頷いた。


「だろうな、ビズーミエダンジョンの最高到達階層は九十二階層、だが実際はもっと深くに到達しているだろう、つまり百層でデメテルと遭遇し、どうにかして情報を持ち帰った……と考えるのが妥当だろうな」


 俺はそう言ってペンの蓋を締め、額にコツンと当てる。


「まぁダンジョンの情報は後で集めるとして――問題は、敵さんの動きがいやに妙なところだな」


 その言葉にドロシーも頷いた。


★★★


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