第46話 未だ眠るアフロディテ

「状況を整理しよう」


 俺は手紙を差し出された灰皿の上で燃やした。


「まず問題は、ツァーリ帝国内に神の存在を認知している何者かがいるということ。あれは俺が渋谷ダンジョンを完全踏破した際に知った事実だ」


「つまり真のダンジョンの完全踏破者がいるということか?」


「どうだろうな、なんにせよ情報が少なすぎる、アフロディテは一切応答が無いし」


 先日の下呂ダンジョン踏破後からずっとアフロディテに語り掛けているが、普段は頼まずとも勝手に出てくる困った女神様はうんともすんとも言わない。


「とりあえず、一番情報持ってそうなやつに電話してくるわ」


「ほう、誰だ?」


「まぁ俺なりの伝手ってやつさ」


 脳内に浮かぶのはヘラヘラとした神にしてダンジョン庁長官であるヘルメス。

 あいつならこの状況に関して答えは持っていなくても、何かしらの情報は持ち合わせているだろう。


 俺はドロシーにヒラヒラと手を振りながら店を出て、すぐ脇にある路地裏に滑り込んだ。


『やぁアユハくん! どうしたんだい?』


 電話を掛けて一コール終わる前に電話に出たヘルメスの声は、やはり苦手だ。

 人の神経を逆撫でするというか、無性に苛々するというか……

 一先ずそんな感情は置いておいて、俺は手紙の件を説明することにした。


『……ふむ』


 電話に出たときのヘラヘラとした声音は鳴りを潜め、いたく真剣な様子でヘルメスは声を漏らす。


「で、こりゃ一体どういうことか分かるか?」


『うーん、分かんないや! あっはっは!』


 訂正、やはりこいつからは真剣な様子など微塵も感じられない。


「はぁ?」


 危ない、今目の前にこのふざけた神が居たら顔面に一発お見舞いしていたことだろう。


『現時点で真のダンジョンは君が踏破した渋谷以外攻略されていない筈さ、というか僕でも真のダンジョンの内二つがどこにあるのか分かってないしね……アフロディテに聞けばいいじゃないか』


「ここ数週間応答なしなんだよ」


『ふーん……? まぁ何にせよ、相手が何故その情報を知っているのか僕には分からないや、ごめんねぇ? 因みに、デメテルが何処にいるのかは分かっているのかい?』


「――ツァーリ帝国最大規模のダンジョン、ビズーミエダンジョン」


『そのとーり! 十大ダンジョンの一つ、デメテルがいるのなら間違いなくそこさ』


 十大ダンジョン――それは世界で最初に産まれた十個のダンジョンを指す言葉だ。

 そしてそれら全てが恐らく神々が核となった真のダンジョンであると、俺は睨んでいる。


 俺が踏破した渋谷ダンジョン、ツァーリ帝国のビズーミエダンジョンを含め、世界各地に点在している、そのどれもが危険度SSSだ。


 アフロディテ曰く、世界には十二個の真のダンジョンが存在している筈なので、未確認の二つがまだどこかにある筈なのだが、軽く情報を漁ってみてもそれらしいものは見つからなかった。


「……はぁ、まぁいいさ。そっちで何か動きはあったか?」


『ふむ、外務省からコンタクトは取ってもらっているが、ツァーリ帝国向こうはそんな事実は無いの一点張りさ。まぁこちらとしても証拠が無いから強く出れないのが現状だね、あまり期待はしない方が良い』


「柚乃は?」


『午後三時同盟が万全の護りを敷いている、襲撃者の情報も特にないし、退院できるようになったら習志野管理局に移ってもらう予定だよ』


「ああ、それが良い。駐屯地に併設されてる管理局なら下手に手出しは出来ないだろうし、午後三時同盟の人たちにも護衛をしてもらう必要も無くなるからな」


『おっけー、んじゃま。頑張ってね、あそうそう! 僕とは二日くらい連絡取れないと思っといて! じゃーねー』


「は!? ちょ、おい――切りやがった」


 一方的に通話を切られたスマホの画面を見て、軽く溜息を吐く。


 ヘルメスは恐らく何かを掴んでいる――。

 確証は無いが、そんな気がする。というよりもアイツが理由に関して"一切思い当たらない"という事自体が、逆に怪しい。


 アフロディテと出会ったあの部屋で口走っていた"契約"とやらがキーになっているのかもしれない、そんな事を考えつつも、今は柚乃の事を任せられるのはヘルメスだけの状態、故に俺は目の前の問題に集中することにした。


「やっと会えたな」


 虚空に向かってそう声を上げると、路地に差す建物の影がスライムのようにグニョンと形を変え、それはやがて人型を成していく。


「初めまして、阿由葉祐樹――いや漆黒旅団ギルドマスターアユハ」


 そう告げる声は幼さが少し残った少女のソレ。

 影から生えるように姿を現した存在は――身長が百五十センチあるかどうかという小柄ながら、全身を覆うような大きなローブを着ていた。


「まさか帝国が幼女を工作員にしているとはな」


「なっ――!?」


 俺は瞬時に鋼糸で深々と被っていたローブのフードを捲し上げる。

 そこには真っ白なエインテークに、インナーカラーが朱色の髪を揺らしながら驚愕の色を浮かべる少女の顔があった。


 紅白の髪、透き通るような肌、幼さが抜けない少し丸みを帯びた童顔。しかし、おそらく死線をいくつも超えてきたのであろう、その紺碧の瞳は驚愕から一転、突き刺すように俺を睨んだ。


「想像以上ですね、全く反応出来ませんでした……やはり貴方の不在を狙って襲撃したのは正解でした、それと――」


「それと?」


 明らかな敵意をその顔に浮かべても、まるで着せ替え人形のように整った顔はその美しさを崩していない。


「私は幼女ではありません、これでも成人です」


「はっ、嘘だろ」


 俺は彼女の否定に対して、思わず鼻で笑った。


 ★★★


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