第49話 囚われの正宗
◇◆◇
幼女の工作員がアユハとドロシーに接触を図っていたその時、薄暗い独房のような部屋に一人、黒髪短髪の青年が両腕を壁に縛り上げられながら愚痴を零す。
「いっつつ……あんのボケクソ共め、絶対一発ぶちかましちゃる」
恐らく歯が何本か折れているのだろう、ワイが放った言葉は妙に籠っているような気がした。
ふと周囲を見回してみる、覚醒したばかりの意識でまだ視界が安定しないが、ここが独房のような場所ということは分かる。
上半身裸に剥かれた自分の身体は、切り傷と青あざが至る所にあり、所々から出血していた。
「確か――」
グラグラと揺れる視界を閉じ、記憶の綱を辿っていく。
アユハの家でくつろいでいた所に武装した数名による突然の襲撃、攫われた際に聞こえてきたのがツァーリ語だったことを覚えている。
「そうや! 柚乃ちゃん!」
カッ! と目を見開いて身体を跳ね上げさせるが、腕に巻き付いた鎖がそれを阻止してきた。
「ちっ」
ただの鉄ではない、ダンジョンの鉱石で作られた鎖だ。
「貴様煩いぞ! 副隊長! 目を覚ましました!」
どこからか響いた男の声がけに呼応して、眼前に二、三人のトレンチコートに身を包んだ男たちがゾロゾロと姿を現す。
その手には短機関銃が握られており、腰にはツァーリ帝国の伝統的なサーベル、シャシュカが差されていた。
目だし帽を被っていたり、覆面をしている兵士もいるが、ズイと前に出てきた男は特に顔を遮るものは身に着けていない。
その外見の特徴はまさしくツァーリ人のものだった。
やはり襲撃犯たちはツァーリ帝国の人間で間違いないらしい、ということは――
(やっぱここは帝国かい、ったく面倒な……ドジったで)
「ようヤポンスキー、お前には悪いがここで大人しくしといてもらうぜ」
そんな事を考えていれば、ニタニタと笑みを浮かべる大柄の帝国人が煙草を咥えながら、目と鼻の先に顔を近づけてきた。
煙草から昇る煙が顔を撫でる。
「はっ、ボケカスが」
ペッ、とその顔に唾を吐きかければ、衝撃が左頬に走った。
「クソ猿め、隊長の命令が無ければぶち殺してやるとこだぜ。なぁお前ら! こいつの首をあの日本人共に送り付ければ良いように働いてくれると思わねぇか!?」
目の前の男がそう言うと、周囲からドッと笑いが起こる。
「日本人"共"……やと?」
「ん? ああ、お前を人質にしてアユハとドロシーとかいう女をビズーミエダンジョンにけしかけるのさ」
「あの女、いいケツしてましたよねぇ!」
「ああ、ありゃヤポンスキーにしておくのは勿体ねぇ!」
下品な言葉が男たちから上がったが、そんなことを気にしている場合ではない。
(ビズーミエダンジョン……アユハ達が
少し思考を巡らし、笑みを浮かべながらワイを見下ろしてくる男に目を向ける。
「ま、ええわ。お前らの顔なんぞ見たくもないねん、さっさとどっかいきや」
「ちっ、おい! 新入り、お前はここで見張りだ」
目の前の男は一人の兵士にそう指示を出し、他の仲間と共に部屋を出て行く。
遠巻きにカードがどうだの順番がどうだの聞こえてきた、お気楽な奴らだ。
やがてそんな声が遠ざかっていき、完全に聞こえなくなったのを確認してから一人見張りを任された事にブツクサ言っている青年の兵士に声を掛けた。
「おい」
「あ? ナンダヨ日本人」
先ほど顔を近づけてきたリーダーらしき男は流暢な日本語を喋っていたが、青年はたどたどしい英語を使っている。
「小便や」
「そのままシロ」
「……うんこや」
「そのままシロ」
取り付く島もないやんけ!
くそう、と押し黙って思考を巡らせる。騙し騙されはもっぱらアユハの領分だから苦手だ。
ふと、良いことを思い出す。
「はっ、帝国人は英語も使えんのか? お前らが猿って呼ぶワイでも使えとんやぞ?」
鼻で笑いながらそう告げると、真っ白だった顔が急激に赤くなった青年がこちらにズカズカと歩いてきて、ツァーリ語で叫びながら銃床を振り上げる。
「単純やなぁ」
迫り来る銃床を視界の端に収めながら、唯一自由が利く脚を動かして青年の股間を蹴り上げた。
青年は泡を吹きながら、声にならない悲鳴を上げて目の前に突っ伏す。
「ふぅ、帝国人に英語が使えない弄りは最大の侮辱の一つってのはマジやったんやな、にしても単純で助かったわ」
教えてくれたドロシー姉さんに最大限の感謝を心の中で唱えながら、両腕に力を込め、筋肉を膨張させる。
そのまま思いっきり両腕を前に振れば、巻き付いていた鎖が甲高い音を立てて砕け散った。
「こんなんでワイを拘束できると思われてたんかいな、心外やわぁ」
手首を擦り、腕をブンブンと降る。
「うん、問題無いっぽいわ」
血の巡りの悪さを若干感じつつも、身体を動かすことに問題は無いことを確認して、倒れ込んだ青年の腰からシャシュカとハンドガンを抜き、地面に転がった短機関銃を拾い上げた。
「さーて、さながらプリズンブレイクやで!」
こんな状況にも関わらず、少し高揚する気分を感じながらそう呟いた。
我ながら作戦を立てるとか、計画を作るとか、そういったことは全く出来ないと自覚している。
「ま、とりあえずアユハとドロシー姉さんと合流やな」
そう呟き、自分の為すべきことを確認して囚われていた部屋を後にした。
★★★
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