第27話 下呂ダンジョン探索開始
時計の針は十八時を指している。
俺たち漆黒旅団は下呂ダンジョンの受付カウンターの前に立っていた。
「あ、えっと
「はい、これで」
眼前で小動物のように震えている受付のお姉さんが、どこか緊張した面持ちで対応してくれている。
非常に庇護欲がそそられるが、今はクールでかっこいいスマートな男でなくてはならない。
何故なら……
「おい、あれ……」
「漆黒旅団だ」
「本物かよ……」
「なんでここに?」
「俺声かけちゃおうかな」
周囲から聞こえてくるのはそんな言葉、俺は"あの"漆黒旅団のギルドマスターとして相応しい姿を見せつけなくてはいけないのだ。
制服然りだが、その人間の格好というのは大衆を惹きつける上で非常に重要なファクターとなる、故に俺は他の三人に口を開かず黙ってアヒルの子どもみたいに俺に付いて来いと散々言い聞かせていた。
「あ、あのっ、確認取れましたので、ダンジョンに入場していただいて構いません」
「ありがとうございます」
そう告げて入り口の方へ向かえば、三人もそれに追従する。眼前の人混みが勝手に割れ、俺たちが通る空間が作られていった。
気分はモーセである。
「さて、それじゃあ今日は六十四層まで階層主が湧いてない筈だからサクッと進もう」
「相変わらずアユハの階層主予報はバグやな~、にしてもここから六十四層かぁ」
正宗はツルハシを杖のようにして、柄に顎を乗せながら怠そうにそう言った。
「なに、大丈夫だ。下呂ダンジョンは岐阜唯一のダンジョン、必然的に周辺の探索者はここに集まるから、俺たちが何もしなくても雑魚は他のパーティーが相手してくれるさ」
「あんたのそういうところ、何ていうか素直に尊敬するわ……」
尊敬する、と言いながら大きな溜息を吐く柚乃は無視してドロシーの肩に手を置いた。
「お前、大丈夫なんだろうな?」
「ん? ああ、このダンジョンは良いな。地下だし程よくジメジメしているし、落ち着くよ……おかげで二日酔いも大分収まった」
「お前……」
ナメクジみたいな生態してるな、という言葉をどうにか飲み込む。
「どうした?」
「いや、なんでもない。さ、行くぞ~!」
その号令と共に俺たちは下呂ダンジョンに足を踏み入れた。
「つ、疲れた……」
両膝に手を付いてゼーハーと息をする柚乃の額には大量の汗が滲んでいる。
そんな柚乃とは対照的に、正宗は流石に余裕の表情でまた新しい鉱石を見つけたのか、トランペットを眺める少年のような表情でどこか遠くを見つめている。
採掘に行かないのは鉱石を見つける度、光に釣られる蛾のようにフラフラと向かっていくのを俺の拳骨によって阻止され続けたからだろう、やはり暴力は全てを解決するのだ。
ドロシーは完全に二日酔いから復活したようで、気持ちよさそうに伸びをしていた。
「さて、少し休憩にしてその後配信を始めよう」
「にしても強行軍だったな、アユハ」
いつの間にか俺の背後に立っていたドロシーが声をかけてきた。
「そうか? 戦闘らしい戦闘もなかったけど」
俺がそう返すと、スッと俺の耳元に口を近づけ耳打ちしてくる。
「柚乃のことだ、我々の基準に付いて来させるのは無理がある」
「分かってるさ、それでも慣れさせておかないと、だろ?」
「気持ちは理解できるが……まぁいい、このダンジョンでは私が柚乃を護ろう」
「あまり過保護になりすぎるなよ、それは柚乃の為にも――」
「分かっているさ」
お互い小声で続けた会話は、俺の言葉を遮ったドロシーのその一言で終わりを迎えた。
柚乃の元へ向かっていくドロシーの背中を見つめていると、背中を軽く叩かれる。
「なんや、喧嘩でもしたんか?」
「目敏い奴だな、鉱石見てたんじゃないのか?」
「まぁ、言うても下層やしな。おもろいもんはありそうやったけど、別にええかなぁ。深層に期待や」
「そっか」
「で、どうしたんや」
正宗がグッと顔を近づけてくる。
「……柚乃のことを考えてやれってお叱りを受けてたのさ」
「はーん、まぁ柚乃ちゃんきつそうやしな。もっともやで、甘んじて受け入り~」
正宗はそんなことかといった表情を浮かべ、俺の肩に腕を回してくる。
「にしても、あの状態の柚乃ちゃん引き連れて配信は酷やないか?」
「だから休憩入れるんだろ? 流石に初見の階層だし、俺だって無茶な探索をする気はないさ」
俺はそう言って腰を落とす、釣られるように正宗も俺の肩に腕を回したまま隣に座った。
「それに、今回のダンジョンは俺たち四人の連携を確かめるって意味も勿論あるが、とりあえずは柚乃だ。いずれ神と戦う可能性がある以上、柚乃の実力を上げなくちゃならない」
「お前勝手にワイらをその戦いに巻き込もうとしとるけど、ワイら別に真のダンジョンどうこうしようとか思ってないで? 一人で勝手にやりーや」
「お前とドロシーはどうせ協力してくれるよ、そういう奴らだ。とはいえ柚乃に関してはそうだろうな、とはいえ……」
「なんや」
「いや、何でもないさ」
俺は知っている、アフロディテがあの会議室で真のダンジョンの話をした後から、柚乃の手におよそ女子大生には似つかわしくない剣ダコが増えているのを。
あいつは強くなろうとしている、それは真のダンジョンに向けてなのか、それとも俺たちに追いつこうとしているのかは分からない。
だが、変わろうと、強くなろうとしているのなら、俺はその腕を引き、背中を押すだけだ。
漆黒旅団のマスターとして。
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