第26話 下呂ダンジョンへの道

 俺は車を走らせながらバックミラーで後部座席に座るドロシーを睨みつける。


「お前、これ新車だからな? 吐いたらマジでぶん殴るぞ」


「あ……ああ、大丈夫だ。本当に、私はてんさ……うっ」


「よし柚乃その馬鹿窓から投げ捨てろ!」


「うるさいわね! ドロシー大丈夫? ちょっと! あんたもうちょっとマシな運転しなさいよ!」


「おいアユハ、音楽かけてええか?」


 多くは語るまい、これが漆黒旅団である。

 よく言えば賑やか、悪く言えば煩い、だが俺は不思議とこのカオスな空間に心地良さを感じていた。


「ねえ、そういえば今から行くダンジョンってなんだっけ?」


 柚乃がそう言いながら後部座席から顔を覗かせる、その口からはキャンディーの棒がニョキッと出ていた。


「お前、さっき説明しただろ」


「あんたねぇ、誰がドロシーの介護してたと思ってるのよ! 私がいなきゃあんたの新車ゲロまみれだったんだからね!」


「ドロシーをそんな状態にしたのお前だけどな!?」


「なぁアユハ曲……」


 隣でスマホを指差す正宗を無視して、俺は片手でハンドルを握りながらスマホを柚乃に渡す。

 その画面にはこれから行くダンジョンの情報が映し出されていた。


下呂げろダンジョン……あんた、狙ってんの?」


「違うわ! お前現地の方に失礼だろうが」


 そう、今俺たちが向かっているのは東京から片道約六時間、岐阜県に存在する下呂ダンジョンである。


「ほいと」


 助手席で正宗がスマホを弄った瞬間、爆音で鳴り響くデスメタルがビリビリと社内の空気を揺らした。


「おまっ、ふざけんな!」


「ちょっと!」


 俺がハンドルを握りながら叫ぶと同時、柚乃が正宗の手からスマホを分捕って音楽を停止させる。


「頭がガンガンする……」


 ドロシーは顔を真っ青にして、溶けるように背もたれに寄りかかっていた。


「おい、マジで吐くなよ!? つか正宗、お前勝手に音楽かけるなよ! ビビるだろ! うるせぇし!」


「えー、ええやん。ドライブには音楽やろ?」


「正宗センス無さ過ぎ、ドライブと言ったらこれでしょ」


 柚乃は正宗のスマホを操作して別の曲を流す、それはこの世界においてダンジョン探索者が宝を求めて旅をする様子を綴った、とある女性シンガーの曲。

 確かに、先ほどの何を言っているのか聞き取れない半分音割れてしていたミュージックよりも、ドライブに適しているだろう。


「いいじゃないか」


「でしょ?」


 俺がそう言うと、また身を乗り出した柚乃のドヤ顔が俺の顔のすぐ傍に現れる。

 ほのかに香る女子の柔らかな匂いが鼻腔をくすぐった。


「ま、別にええけど」


 そう言う正宗はどこか拗ねたような表情を浮かべているが、身体を揺らしてリズムを取っている。


「さて、素敵な音楽もかかったところで今日踏破する下呂ダンジョンの情報を整理するぞ」


「はーい」


「ほーい」


「りょ……了解した」


「一名死にそうな奴がいるが、まぁいい。今向かっている下呂ダンジョンが確認されたのは約三年前、比較的新しいダンジョンだ」


「内部に広がるのは、森?」


 ふと、俺のスマホを眺める柚乃がそう告げる。

 先ほど渡したダンジョンのページを見ているのだろう。


「そ、下呂ダンジョンは一般的な迷宮と違い、内部の大部分に森林が広がっている」


 先日攻略した渋谷ダンジョンは迷宮型と呼ばれるもので、最も一般的なダンジョンだ。


 各階層はゴツゴツとした岩肌が広がるのみであり、稀に迷路のような地形になっていることもあるが、基本的には淡々と出現するモンスターを殺していけばやがて下の階層に繋がる道へ出る。


 対して下呂ダンジョンは迷宮型の亜種、地下に広がる空間に特殊な環境が構築されているものがこれに該当する。

 複雑な地形や、独自の生態系、天候……そういったモンスターではないものが要因となり、探索の難易度が上がりやすい傾向にあった。


 故に下呂ダンジョンは、出現から三年が経過した現在においても六十四層、下層の中間といったところまでしか探索されていない。


 俺が一通り説明すると、正宗が口を開いた。


「めっちゃ怠そうやん、本当に今日で完全踏破までするんか?」


「ああ、ダンジョンの危険度はA+だし、アフロディテ曰くもう日本に真のダンジョンは存在しない、であれば星のダンジョンだろうから神と戦うこともない。俺たちなら余裕さ」


「出来るのと、やるのは別やねん……」


「森林には未知の鉱石もあるって噂だぜ?」


「おい、もっとスピード出せや」


 この手の平返しである。


「手の平くるっくるね」


 正宗に向けられるジト目を向けながら、柚乃が俺の思いを代弁してくれた。


「しかし、私たちは一度も四人で組んだことがない……」


「やっとまともになってきたな、だからこそだ。危険度A+のダンジョン、練習には丁度良いだろ?」


 消え入りそうな声でそう言うドロシーに、俺はドリンクホルダーにあった水入りのペットボトルを投げながらそう告げる。


「……一般的な探索者の視点で言わせてもらえば、やっぱりあんたら異常よ」


「なにが一般的な探索者だ、お前一応上等探索者だろ」


「あのねぇ、人間とあんたら化け物を同じ括りで考えないで欲しいんだけど?」


「言っとくが、お前にはその化け物になってもらうからな」


「えぇ~~」


 柚乃は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 正直、今後の事を考えれば柚乃の今の実力では厳しい。

 今の俺たちが神と戦ったとして善戦は出来るだろうが、その中で確実に柚乃は死ぬだろう。だからこそ鍛えておきたい――でも。


(戦い以外の道を用意してやるのもギルマスの務め、か)


 まぁその時になって考えればいい。

 俺はそう考え、アクセルを少し踏んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る