第22話 防衛省外局ダンジョン庁長官
俺は今新宿にある日本防衛省外局、ダンジョン庁のトップである長官室の前に立っていた。
「それでは、中で長官がお待ちです」
ここまで案内してくれたスーツを着た官僚がそう告げ、去っていく。
俺はその後ろ姿を見送って、意を決しドアをノックした。
「漆黒旅団マスター、阿由葉祐樹、召喚に応じて参りました」
数日前までしがない社畜であった俺が、今や日本のダンジョンを管理する組織のトップに直接会おうとしている。
いやまぁ、それ以前に神に会ってるんだが……
それは置いといて、そういったものとは別に緊張してしまう。
「あ、入っていいよ~」
ドア越しに少し籠った、軽い感じの声が返ってきた。
……どうしよう最近この妙に苛つく声を聞いた気がする、もの凄く帰りたい。
よし、帰ろう。
そう決心して踵を返そうとした瞬間、眼前の扉が開く。
そこにはつい三日前に見た、ヘラヘラとした笑顔を浮かべる男が立っていた。
「やっ、アユハくん!」
「ヘルメス……」
諦めたような声が出た。
「ははっ、びっくりした? 日本のダンジョンを管理するダンジョン庁のトップ! ダンジョン庁長官はヘルメスこと
「名前最悪じゃねぇか!」
ローテーブルを挟んで座るヘルメスに向って叫ぶ。
なにが神の上也だ、名前ですら神に喧嘩を売る神ってなんだよ。
因みにヘルメスはあの部屋に入って来た時に開けた穴から帰っていった為、あの日の俺の配信には映っていない。
「僕がヘルメスってことを知ってる人は殆どいないから、神野さんとか上成さんって呼んでね!」
「……なんでお前がダンジョン庁のトップなんてやってんだよ」
「えー? そりゃダンジョンの状況把握するにはこういう組織に居た方が都合が良いじゃないか」
「そういう事じゃなくて、いやそういう事でもあるんだけどさ、なんで日本にいるんだよって聞いてんの!」
「ああ、そういうことか!」
俺がそう言うと、わざとらしく手をポンと叩いたヘルメスが笑顔を浮かべ、おもむろに立ち上がった。
そして窓辺へ向かって歩いていき、ブラインドを指で開いて窓の外を眺める。
「僕はね、この国が好きなんだ。国というか、ここの人たちの生き方というのかな」
普段のおちゃらけた感じは無く、淡々とそう告げる様子に言葉をかけることが出来ない。
「この国は世界の中で最も神秘との共生が出来ている土地だと思うんだよね、ほら八百万の神とか付喪神とか。信仰してなくても、この国の人間はそれらがそこに在ると無意識に認識している」
日本独自の宗教である神道は、世界的に見ても稀有な宗教だ。
神道の神々を崇めたり、行事や祭事を行ったりするが、別の宗教の記念日を祝ったりもする、クリスマスなんて最たる例だ。
そんなことが起こっている理由は、神道があまりにも深く日本人の日常に溶け込んでいるからだと言える。
ヘルメスはそれを神秘との共生と呼んでいるのだろう。
万物には神が宿る。
だから食べ物、果ては無機物でも大事にしなさい。
それはこの国に生きる者なら一度は聞いたことがあるかもしれない言葉だ。
「いいよね、考えを放棄して神に縋り、ただ畏れ敬うんじゃない。そこに在ると分かっているからこそ尊重しつつも、自らの手で、足で人生を歩み、道を拓く……人間の正しい在り方だ。だから居心地が良くてね、この国に住もうと思ったんだ」
「ふん、余も含めてだが、神の機微を感じようなどと思うな。神は気まぐれ、全ての物事に大層な理由があると思わぬことだ」
ふと実体化したアフロディテが口を尖らせながらそう告げる。
「やあアフロディテ、どうだい? ダンジョンの中から見る世界とはまた違うだろう?」
「ふん」
愉し気なヘルメスの問いかけに対してぶっきらぼうにそっぽを向いたアフロディテは再び腕紐に姿を戻した。
「おや相変わらず連れないね」
全く気にしていないであろうヘルメスは大げさに肩を落として、また対面のソファに腰かけた。
「やっぱり君は情報公開しないつもりなんだね」
「ああ、なんだして欲しいのか?」
「まさか、社会の為を思えば君の考えが大正解だと僕も思うよ? ただ、意外だっただけさ、人間は矮小で脆弱だ、だからこそ愛おしく、眩しい……だけれど、だからこそあんな真実を知ってしまえば世界一丸となって神を倒すぞ! おー! みたいなノリになってもおかしくないと思ってね」
「まぁ、今日の記者会見は上手くやるよ」
どうせこの男は全て分かっていてこんな事を言ってきているのだ、無駄な会話をするつもりはないと態度で示す。
「はー、君もアフロディテと同じように連れないなぁ。あそうそう、そういえば渋谷ダンジョンはその盛り上がりを落とすだろうけど……あそこは初心者の練習用ダンジョンにする予定だよ」
ヘルメスがそう告げる、意外にも長官としての仕事はしているようだ。
「へー、いいんじゃないか? 習志野ダンジョンは基本的に自衛隊の訓練に使われてて一般探索者が気軽に入れないしな」
「うんうん、その内アユハ君たちにも後進育成を手伝って貰うつもりだからよろしくね?」
「ま、俺たちの地盤が固まった後ならな」
俺がそう言うと、ヘルメスは少し驚いたように目を開いた。
「へー、意外だな。なんで俺がそんなことを! とか言うと思ったんだけどなぁ」
「いずれにせよ、探索者全体の質は上げる必要があるからな」
「ふふ、その言葉が聞けて安心したよ」
俺は言外に神々の計画を何とかすると伝えたが、正しくヘルメスに伝わったようだ。
「……君たちは、これからどうするんだい?」
「どうするって? 漆黒旅団のことか?」
「ああ。正直に言うが、君たちは確かに現時点の人類において、その実力は最強と言って差し支えない存在だと思う。しかし、神には敵わないだろうね」
「だろうな、今朝アフロディテにも言われたよ」
正直、大変にムカつく話ではあるが、今この瞬間にヘルメスに襲い掛かったとしても数秒も立たずに組み伏せられてしまうだろう。
神と人間の間には埋めようの無い圧倒的な実力の差がある、俺はそれを肌で理解していた。
「ま、ゆっくりやりなよ。この世界は漫画やアニメの世界じゃない、急にレベルが一上がってステータスが爆増! みたいな事は起きないからね」
「分かってるよ、まぁそんなに心配すんな」
そう、人間である以上単身で神に勝つことは難しい、ならばどうするか?
個として敵わないのなら仲間と共に立ち向かえば良いだけの話だ。
実際今の漆黒旅団全員でヘルメスに挑めば、勝つことは出来なくても戦いと呼べるだけの善戦はするだろう。
目下俺の仕事は漆黒旅団の拡大、しかし多くの人員を抱えればそれだけ金も掛かる。
故に、当面は探索や配信で金を稼ぎ、それを元手に事業展開、そして稼いだ金をつぎ込んでギルドの戦力アップ……つまり最初に漆黒旅団のメンバーに話した内容から何も変わらないのだ。
「ならいいんだ、ダンジョン庁でも色々仕込んでいこうとは思っているからね。また声をかけるよ」
「……ま、いいけどさ。そろそろ記者会見の時間だろ? 俺原稿とか無いんだけど」
「君はニコニコ笑って来た質問に答えてればいい、客寄せパンダみたいなものだからね。さ、行こうか」
「へいへい」
俺はそう言ってヘルメスの後に付いていった。
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