第21話 新たな日常が始まる【20240629改稿】

 地上は大騒ぎだ。

 世間を賑わすビッグニュースは大きく二つ。

 渋谷ダンジョンの完全踏破と、それを成し遂げたたった一人の探索者、アユハに関して。


 あの日――アフロディテの手を取った日から三日が過ぎても、テレビとネットはその話題一色だ。


 配信で俺の姿が掻き消え、漆黒旅団では俺の救出作戦を立てていたらしいが、あっさりと帰還してきた為、俺はこってりと絞られてしまった。

 外界とは時間の流れが違うらしく、体感一時間程あの部屋にいた気がしたが、実際は三十分ほどで帰ってきたらしい。


 特に柚乃は大号泣だったし、ドロシーは死体が回収できない所で死ぬなと喜んでいいのかよく分からない形で問い詰めてきた。

 正宗は「ま、お前やしな」とただ一言告げただけで、俺が死ぬはずないと思っていたようである。


 しかし、完全武装していたことを見逃す俺ではない。なんだかんだ助けに来ようとしてくれていたのだ。


 まぁ俺の生体認証に紐づいているドローンカメラで配信がずっとされていたので、死んではいないと全員が理解はしていたのだが。


 俺があの部屋から帰還して、その日は渋谷管理局に泊めてもらい、翌日は嘉一さんに諸々の説明、無論本当の歴史や真のダンジョンに関しては一切を伏せて話をした。

 百層の迷宮王? あーめっちゃ強かったス、はい。という感じで。


 その翌日は流石に一日休みを取って今日に至る。


「あ~初配信の最終スケジュール、四人での配信出来てねぇなぁ」


 ボロアパートで歯を磨きながらそう呟くと、俺の腕に巻きつけている金色の腕紐が光を放ち、やがて形を成してアフロディテがすぐ隣に姿を現した。


「貴様、もう少し覇気のある顔をせんか」


「おい、勝手に出てくるなよ」


 アフロディテは俺の鋼糸の中の一本に普段は存在している。

 部屋から出てきた時に俺の姿しか配信に映らないように、というのもあるが、どうやら神秘が未だ希薄なこの世界では実体を保ち続けるのは難しいそうだ。


「貴様のソレ、神代の時代の糸が使われておるな」とは本人の言で、俺の鋼糸に使われている精霊の糸が、どうやらアフロディテにとっては"神代の時代の糸"らしい。

 依り代に丁度良いらしく、気に入っているようなのだが……


 たまにこうやって勝手に出てくるのである。

 人目に付く場所では出てくるなと言ってあるが、いかんせん心臓に悪い。


「しかし何というか、やはり今の時代の人間は弱いな」


 テーブルを挟んで、俺のダボダボのシャツを着るアフロディテはコーヒーの入ったマグカップを両手で持ちながらそう嘯く。


「やっぱ神は強いのか?」


 俺も淹れたコーヒーを飲みながらそう問いかけると、アフロディテは頷いた。


「余は戦を司ってはいるが、神々の中では戦闘に不向きであった故弱い部類に入る、もし貴様が最初に辿り着いたのが余のダンジョンで無ければ即死しておっただろうな」


 うへぇ、と舌を出す。

 それを見たアフロディテはクスクスと笑いながら続けた。


「他の神は慌てておるじゃろうな、互いに意思疎通は出来ないが余のダンジョンが力を失ったのは感じておるじゃろうから、死んだと思っているかもしれん」


「神は殺したら死ぬのか?」


「ふむ、どうであろうな。以前悪魔共に殺された際には、そこから意識が途切れ、気が付けば今の余があった。一度死んでも蘇っているということは、人間の死とは違うのであろう」


「ふわっとしてるなぁ……」


 俺が想像していた神は、決して眼前でふーふーしながらコーヒーを飲むような存在ではないのだが、まぁ可愛いから良しとしよう。


「どうしようかねぇ、お前」


 ふとそう呟くと、アフロディテが咽た。


「お、おい捨てられたら困るぞ!?」


「違う違う、俺の仲間たちに言うかどうか迷ってるんだよ」


 そう、俺は漆黒旅団のメンバーに本当の歴史や真のダンジョンに関して話すべきか決めかねていた。

 今日は全員で集まろうと言ってあるので、告げるならそこしかない、逆に今日言わなければタイミングを失ってズルズルと行きそうだ。


(とはいえ、巻き込むのもなぁ……)


 俺に世界を救うとかそういう使命感は無いが、直感としていずれ神と向き合う事になるだろうとは思っている。

 なんだかんだ言いつつも、この世界が無くなるのは困るのだ。


「ふむ、その仲間たちとどこまで親しいのかは知らぬが、仲間なのじゃろう? であれば話しておく方が良いのではないか?」


「うーん」


 確かにアフロディテの言う通りだ、遅かれ早かれあの三人は真実を知ることになるだろう。

 曰く俺が他の神と相対していたら即死していたと言われる位だし、もし今のメンバーで神と対峙するのであれば、特に柚乃には実力を上げてもらわねばならない……

 よし、打ち明けよう。


 俺は逡巡の末、そう結論付けた。


「話すことにするよ、その時は頼む」


「相分かった」


 アフロディテはそう言ってはにかんだ。


「本当の歴史に真のダンジョン……ね」


 眼前で腕を組んでそう呟く柚乃は、真剣な面持ちで今アフロディテが説明した内容を反芻するように呟いた。

 ドロシーは顎に手を当て、正宗は両手を頭の後ろに組んで「ほーん」と言っている。


 俺たち漆黒旅団は今、一般探索者の立ち入りが規制された渋谷ダンジョン内の三十五層に集まっている。

 流石に誰が聞き耳を立てているかも分からない管理局の会議室でする内容ではないからだ。


 嘉一さんには無理を言って入れてもらった。

 その際に、今日ダンジョン庁本部に召喚されることを告げられた為、すぐに帰れる適当な階層まで潜ってきたのだ。

 どうやら渋谷ダンジョン踏破の件で記者会見をしなくてはならないらしい。


「まぁそういう訳だ、とはいえアフロディテ曰くダンジョンの侵食も直ぐに起きることでは無いらしい、そうだな?」


「ああ、少なくとも十年以上は猶予があるじゃろうな」


 俺の問いかけにアフロディテが肯定する。


「だから俺たちの目標は変わらない、このギルドを探索者集団としても、配信者集団としても最強にする。これだけだ」


「せやけどそんな悠長なこと言っててええんか? 遅かれ早かれ侵食は始まるんやろ? 流石にワイらだけじゃ対抗しきらんで、さっさと情報公開して全探索者のレベルアップを図るべきやないか?」


 正宗が意外とまともなことを言ってくる。


「まぁ一理あるが、情報公開しない理由は単純だ。俺が嫌だから」


「はぁ~?」


「ちょっとあんた何言ってんの?」


 柚乃と正宗が訝し気な目を向けてきた、ドロシーはクスクスと笑っている。俺の考えはお見通しということだろう。


「真実を語れば、世間のダンジョンに対する印象は百八十度変わる。ダンジョンが民間に開放されて十数年、ダンジョン産の資源により技術革新が起こり、世界は大きく発展し、ダンジョンは今や無くてはならない存在になっている」


 ダンジョンで産出される鉱石や魔石はエネルギーや新たな合金、物質の創造といった形で役に立っており、それは軍事や医療など幅広い分野で活用されている。


「しかしそれはダンジョンの危険性がダンジョン内に留まっているからだ」


 仮にダンジョンが現実世界に対して侵食してきて世界を滅ぼす存在だと認識されたが最後、ダンジョンは人類にとって共生して利用すべき存在ではなく、社会に対する明確な敵と化す。


「世論はダンジョン排斥に一気に傾き、探索者は国によって管理され、探索ではなく攻略とせん滅が始まる。俺たちのような実力をもつ探索者は真っ先に国に軟禁状態……自由の"じ"の字も無くなるだろうな」


 そして世界は自国のダンジョンを滅ぼすために、探索者獲得に躍起になる。

 工作員を用いた誘拐や、国力低下の為に他国の探索者の暗殺など余裕で起きるだろう。

 混乱に乗じた戦争だって起こりうる可能性だってある。


 人類共通の敵が現れたとしても、一致団結出来るとは限らない、いや出来ないだろう。正直、神々が呆れるのも納得してしまうほど人類はどうしようもないのだ。


「単純に自由が無くなるから嫌だって理由もある――というか殆どそれだが、とはいえ俺たちが今情報を公開するのはどう足掻いても悪手なんだよ」


 ヘルメスはそれを理解して、俺に対し「世界に嘘を吐こうとしている」という表現を用いたのだろう。

 流石は神を裏切った神だ、全てを見透かされているような気分になってしまう。


「は~、そう言われるとその通りやな」


「私あんたがちょっと怖いわ……」


 正宗と柚乃はそう言って納得した表情を浮かべる。


「私も賛成だな、今私たちがすべきなのはそれぞれが更に力を付ける事。アユハが言ったように、最強を目指すことが、我々の――ひいては世界の為になるだろうさ」


 ドロシーはそう言って俺の肩に手を乗せた。


「さて、そういう事だし今日この後、俺は記者会見らしい。それが終わったら出来てなかった四人合同の配信しようと思うんだけど、大丈夫か?」


 俺の言葉に全員が頷いたのを確認して、俺たちは上層へ向かって引き返す。

 アフロディテが消え、踏破されたダンジョンではあるが階層主以外のモンスターは他の踏破ダンジョン同様出現するらしく、様々なモンスターが行く手を阻んできたが文字通りの鏖殺だった。

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