第20話 これからの生き方

「余は、他の神々とは違う」


 そう言って困ったような笑みを浮かべるアフロディテは、持っていたティーカップを置いた。


「違う……ってのは、あんたは神代の時代とやらを取り戻そうとは思っていない、と?」


「ああ」


 どうやら世界十二神とやらも一枚岩ではないらしい、まぁ神であるヘルメスが裏切ったというのが何よりの証拠だろう。


「余は、人間を愛している。神代の時代に生きた人間であろうと、今の時代を生きる人間であろうと、それは変わらぬ……変えられぬ」


 アフロディテは人間への愛を語る。


「人間は素晴らしい、余たち神々の救いを必要とせず自らの意思と知恵と力によって世界を開拓し、完全に自立している。言ってしまえば我が子がやっと二本足で歩き始めた感覚だろうな」


 そう言う彼女の瞳は、心からの慈愛に満ちていて、本当に人間が好きなのだと心に訴えかけてくる。


「その在り方も美しい――余は美と豊穣、欲と戦を司る。どうだ、それはまさに今の人間を体現する全てじゃろう? ほかの神々は神代の時代を取り戻そうと躍起になっているが、余は今を生きる人間たちを見てみたい、その行く末を」


 アフロディテはフッと短く息を吐いた。


「たとえそれが星を食い潰す破滅の未来でも、余たち神を拒絶した戦乱の未来でも、余は見てみたいと思うんじゃ」


「それがあんたの欲、願望か」


「然り!」


 俺の問いに対して、アフロディテは今まで見た中で一番楽し気な笑みを浮かべる。


「じゃあ、殺す必要はないんじゃないか?」


「「は?」」


 アフロディテとヘルメスが同時に声を上げて、何言ってんだこいつみたいな目を向けきた。

 実は仲良いだろお前ら。


「いやだって、別に人間滅ぼそうとしてないなら殺す必要無くない?」


「い……いやしかし、真のダンジョンが存在し続ければいずれは人類は滅びるのじゃぞ?」


 ふむ、俺は顎を擦って思案する。

 別に殺されたがっている訳ではないだろう、人間を愛しているが故、自分は死んだ方が良いとでも思っているのだろうか。


 しかし、こんな美少女を殺すというのは流石に男の子として無理だ、許されない。

 彼女を殺す選択しか無いのなら、それは世界の方が間違っているに違いない……いや無論そんなことは無いんだろうが、そう考えることにする。


「はははははっ! 面白いなぁアユハ君、君世界がどうなっても構わないって?」


 ふとヘルメスが笑いながら膝を叩いてそう言った。

 その目には涙が浮かんでいる、そんなに面白いのか?


「そりゃ構わないってことは無いけどさ。俺はダンジョン配信者になってこの世界で誰にも縛られない最強になろうって決めてるんだ」


 そう言うと、ヘルメスは目をこすりながらも、未だ笑みを浮かべたまま口を開く。


「うーん、報告から感じた印象では六年間ブラック企業に勤めていた意志薄弱な青年ってイメージだったんだけどなぁ、そんな天上天下唯我独尊! みたいな感じなのぉ?」


 報告という単語に引っかかるが、俺は肩をすくめてその問いに答える。


「もう誰にも縛られない、誰の下にもつかない、誰も俺たちを見下せない――最強になるんだ。人の世も、神代の時代も興味がない、俺はただ自由と浪漫を求めて進むだけだ」


「君は世界に大きな大きな隠し事を――嘘を吐こうとしている、その結果世界が滅ぶとしても、君はその自由と浪漫を世界との天秤にかけて、世界を見捨てるのかい?」


 俺が何を考えているのかお見通しといった感じで、ヘルメスが問いかけてくる。


「俺の道の先で神が障害として立ち塞がるなら迎え撃つ、それに興味が無いとはいえ、俺の自由を獲得するという目標にとって神の計画は厄介だ。世界に嘘を吐く以上、その責任は持つ――自らの手で、人間の時代を勝ち取るさ」


 俺がそう言うと、ヘルメスは再び爆笑してアフロディテの方へ顔を向ける。

 当のアフロディテは目を見開いてただポカンと座っていた。


「ははは! だとさアフロディテ、君が愛した人類とはかくも素晴らしいだろう、ゼウスに君の爪の垢を煎じて飲ませ、小一時間ほど講釈垂れたい気分だよ」


 その言葉にハッとしたのか、アフロディテが少し赤面して慌てたように声を荒げた。


「お、おいアユハ! 貴様、事の重要性が分かっているのか!? 世界滅亡の分水嶺なんだぞ、それが自由がなんだ浪漫がなんだと、ふ、ふざけているのか!? 貴様は余を殺し、他の神々を下して人間の時代を勝ち取ることに心血を注ぐのだ! 勇者となるのじゃーー!」


 俺はそんなアフロディテにビシッと指を差す。


「ふざけているのはお前らだ、俺を救世の勇者かなんかだと思っているのか? 真実を知った以上責任があるとでも? 冗談だろ、ペラペラ喋ったのはお前、俺は聞いただけ。別に何かする義務が発生したわけでもない。」


「き、貴様……」


 呆れたような目を向けられても知ったことではない。

 俺はただ自分のギルドと共に最強になりたいだけなのだ。

 それに言った通り、明確な障害となれば神に挑む心づもりではある、ただそれを目的としないだけだ。


「まぁアユハ君の言い分は百里あるね、いきなりお前が世界を救えって言われても知ったことかと僕だって思うさ」


 ひー! と笑いながらヘルメスはそう言った。

 どう考えても笑いすぎだ、どういうツボの浅さをしているんだと言いたくなるが、その前にヘルメスが口を開く。


「一つ聞かせてくれ、なぜ君はそんな強固な意思――エゴをもっているのに、ずっと社畜なんてしていたんだい? 君が求める生き方から最も外れた場所にあったと思うんだけど?」


 笑顔を浮かべているが、その差すような眼差しは真剣そのもの。

 俺は少し気圧されるが、頭をポリポリと掻きながら答える。


「俺の恩人が死んだことがきっかけかな。その会社で働くことが俺にとっての恩返しだったんだ、でも死んじまった、それまで恩を返し続けた人生だったけど、恩人が死に際に言ってくれたんだ、好きに生きろって。そういう……なんてことない理由さ。まぁ部長が生理的に無理だったってのもあるけど」


「はは! 君は傲岸不遜で自由奔放、更に自己中心的だが、中々どうして義理堅いというか変に真面目というか……だがそれでこそ人間だ、己の中に他者に理解されない矛盾を抱え、それを良しとし、清濁併せ吞むことが出来る。――喜べ、阿由葉祐樹、君は真に人間だ!」


 大仰に両手を広げてそう叫ぶヘルメスを尻目に、俺はアフロディテへ向き直る。


「なぁアフロディテ、お前人間を愛してるんだろ? そんで神々の計画には反対している、そうだな?」


「あ、ああ……」


「じゃあ、俺と来いよ」


 そう言って手を差し延ばす。


「は?」


「俺と一緒にこの世界を、今の人間を見て回ろうぜ。あ、いや連れていけるのかとかは知らないんだけど、神ならなんとかなるだろ?」


 連れていけないとかだったら超恥ずかしいのだが……

 俺は顔が熱くなるのを感じながら、アフロディテに視線で返答を促した。


「ふふ、はははは! 良し、ああ! いいとも、いいともさ! やはり人間というのは面白い、よかろうアユハ、この世界十二神が一柱アフロディテ、貴様の旅路に付いていこう!」


 アフロディテは屈託のない笑みを浮かべて、俺の手を握る。

 俺は決して離すものかと、強く、それでいて優しくその手をしっかりと握った。

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