第19話 元社畜、世界の真実を知る

 ニコニコと笑いながら自分で出したティーカップに口をつけるヘルメスの存在を放置する――という選択にしたらしいアフロディテは、少し不機嫌そうな表情を浮かべながらも「茶が冷めたな」と言って新しいティーセットを出現させた。


「で、すまないが全く状況が理解できてない」


 俺は出された紅茶を一口飲んでそう切り出す。

 意味不明な状況が続いていたが、流石に慣れてきた。何よりもここにいる二柱の自称神は、現状俺と戦うつもりではないというのが理解できたのが大きいだろう。


「はぁ、であろうな。よい、ここまで辿り着いた勇者に対しての褒美だ、まずは貴様の質問に答えてやる」


 大抵物語ではこういう時重要なことは教えてもらえず悶々とするのが常だが、どうやらアフロディテは違うらしい。

 有難い限りである、俺は早速質問を飛ばすことにした。


「じゃあ、ここはなんだ? 通常のダンジョンとは違い、あまりにも異質すぎる」


「異質ねぇ」


 隣のヘルメスがそう呟くが、アフロディテは何の反応も見せず口を開く。


「まず、貴様らが通常のダンジョンと呼ぶものは真のダンジョンではない、余たち神々からは見れば、この世界に真のダンジョンとは十二個のみ」


「意味が分からないんだが」


「ふむ……少し昔話をしてやろう」


 要領を得ない俺に対し、持っていたティーカップを置いたアフロディテはパチンと指を鳴らす。

 すると俺の眼前にホログラム的要領で映像が映し出された。

 それは数えるのも億劫なほど多くの人間が、巨大な塔を建造している様子だった。


「はるか昔、悠久の果てに起こった、今は語られぬ本当の歴史だ」


 そう前置いて、アフロディテは世界の真実を語り始める。


 かつて、この世界には世界十二神が治める、平和で満ち足りた神秘溢れる神代かみよの時代と呼ばれる時期が存在した。


 神々は人々を愛し、人は神々を畏れる。

 誰も死なない、誰も不幸を感じない、それは現状維持がずっと続くはずの幸せな世界。

 しかし――。


「悪魔共によって、人類は、霊長は進化し続けた」


 そう言ったアフロディテの表情に特に変化は見られない、ただ淡々と言葉を紡いでいる。


 悪魔と呼ばれる存在は、どこか別の世界に住んでいるが、この世界の人間の欲を糧に生きるらしい。

 そんな悪魔にとって、人類が神々の庇護下でなんの欲も持たず、ただ満ち足りている世界というのは実に都合が悪かったそうだ。

 そこで悪魔は人類に知恵を与え、欲を刺激させた。


「人類は急速に発展していった、それは神秘に頼らない、人が人自身の手で未来を拓く力、つまるところ科学技術の進歩じゃな」


 科学の発展に伴い格差が生まれ、争いも巻き起こった。

 神々の庇護によって誰もが満ち足りていた世は終わり迎えつつあり、神秘もいずれ忘れ去られてしまう。

 それを恐れた神々は、人類に原初のダンジョン『バベル』の建造を命じた。


「神秘の維持、神代の時代を続けるためじゃった」


 どこか遠い目をして、遥か彼方に思いを馳せるようにアフロディテは語る。


 ――だが。

 悪魔はそれを良しとしなかった、神々の目を盗み、人類に言語の呪いをかける。

 原初の言語である統一言語を使えなくなった人類は大混乱に陥り、更にヘルメスと悪魔の王が率いる悪魔たちが塔を破壊したため、バベルは跡形もなく消えてしまった。


「人の時代の始まりさ」


 隣でヘルメスがそう告げる。

 いや、お前黒幕ぽかったんだが?

 アフロディテがブチ切れるのも理解できる、悪魔の王とやらと組んで神々の計画を文字通り木っ端微塵にしたのだ、逆に良く顔を出せたものである。


「ヘルメスの裏切りによって悪魔との戦いに敗れた余たち神々は、幾星霜の時を経て力を少し取り戻したが――既に人間は自立していて、神を必要としていなかった。神秘は希薄となり、神代の時代とは比べるべくもなく、醜い世界になったと落胆したものよ」


 どうやら人間にちょっかいを出し合うだけでなく、悪魔と神は全面戦争をしたらしい。

 そこで神々は負けた……と。


「ふーん、それが世界の本当の歴史とやらね。で? 十二個の真のダンジョンとその話がどう関係しているんだよ」


 俺はティーカップを口に近づけながら問いかける。

 アフロディテは一瞬俺の目をジッと見つめると、再び語り始めた。

 ドキドキするのであまり顔を見ないで欲しい、見つめられると平常心を保つのでいっぱいいっぱいになる


「余たちは話し合った、もはや神秘が希薄となったこの世界でどうするべきかと、そして一つの結論を出したのじゃ」


 ――神代の時代を取り戻そう。


 神々はこの世界から神秘が完全に忘れ去られてしまう前に、自らを核とした十二のダンジョンを地上に産み出した。

 自らが母体となり、かつて神代の時代に在ったモンスターや、人間の知識に残る神秘と親和性の高い存在を産みだし続け、ダンジョンを神秘で満たす。


 すると人類は否が応でも神秘を認識し、神秘の完全な忘却が防がれるのだとか。


「そして自らの力を蓄え、そこにいるヘルメスや悪魔共を駆逐するその時を待っておるのじゃよ」


「つまり、世界十二神が核となったダンジョンが真のダンジョンって事か」


「然り」


 ふーむ、思った以上に壮大な話である。

 確かにダンジョンの発生原因は解明されていない、だがまだ腑に落ちないこともある。


「世界では未だ新しいダンジョンが産まれ続けている、それもお前らみたいな神が核になっているってことか? だが実際に人類は百層を攻略しているが、お前らみたいな存在と出会ったという記録は一切ないぞ」


 そう、人類はダンジョンを既に八つ踏破している。

 迷宮王が倒されたダンジョンは踏破扱いとなり、抜け殻のようなただの巨大な地下空間となる。

 モンスターが湧くことはあるが、新たな迷宮王が生まれてダンジョンが力を取り戻すとかそういった話は無い。


 日本の習志野ダンジョンは元々危険度Aのダンジョンだったが、迷宮王が討伐されたことで現在の危険度はDになっている。

 因みにそこの迷宮王は神話の怪物、ミノタウロスを彷彿とさせるモンスターだったそうだ、およそ神と呼べる存在ではないだろう。


「余たちが自らを核としてダンジョンを産みだした際、次々とダンジョンが産み出された。それは星の意思によるもの故、我らは特に知らぬ――ま、都合の良い事ではあるがな」


 アフロディテはそう言って更に言葉を続けた。

 星の意思、それは星を食いつぶしてきた人類に対する星の自浄作用。


 美しかった神代の時代を取り戻そう、星を支配するのは霊長ではなく神々だ。

 そう考えた星によって産み出された、神々による真のダンジョンの模倣品、それが世界各地に今なお産まれ続けているダンジョンの正体だと言う。


「話を整理すると、だ。神はかつての時代を取り戻したい、悪魔はこのままがいい。星の意思とやらは神の味方。世界には神のダンジョンと星のダンジョンがある――そういうことか?」


「うむ、そういうことじゃな」


 俺が確認すると、アフロディテは頷きながらティーカップに口をつける。


「話聞いてる感じ、人間サイドの味方はそこのヘラヘラした神と悪魔しかいないんだが?」


「そうじゃよ?」


 当たり前のようにそう告げるアフロディテと、楽しそうに手を振るヘルメスが視界に映り、俺は大きな溜息を吐いた。


「まぁ大変興味深い話ではあったが、何故それを俺に聞かせる? てか俺はこんな話聞かされて何したらいいんだよ」


「余を殺すしかあるまい?」


「は?」


 さも当然の如くそう告げるアフロディテに対し、訝し気な表情を向ける。

 正直こんな美少女が世界からいなくなることが人類にとって最も大きな損失だと思うんだが……


「まさか貴様、余たちは神秘の忘却を防ぐためだけにダンジョンを作ったとでも?」


「なに?」


 そう告げる眼前の美少女はその口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。


「言ったであろう? 神代の時代を取り戻そう――と。余たちは自らの世界とも言うべきダンジョンで力を蓄えておる、そして……力を取り戻した暁にはダンジョンは世界への侵食を始め、侵された空間は神代の時代へと逆行するのじゃ」


 ゾっと背筋が凍った。

 そうか俺の眼前にいるのは神なのだと、今更になって理解する。

 神と言う言葉は娯楽として、人間に都合の良い存在に堕とされ、消費され続けたことでチープな響きになってしまった。

 しかし、今眼前に在る少女は紛れもなく人間とは生物としての格が違う、今俺の身体が震えているのは種としての本能――畏れているんだ。

 俺は、この少女に畏れを抱いている。


「侵食が始まればモンスターが溢れ、人類は死に絶えるじゃろうな」


「人類が死ねば、神代の時代とやらはモンスターと神様だけが存在する世界ってか?」


 震える身体を必死で抑えつけ、俺はなんとか言葉を捻り出す。


「人など、神代の時代になれば土より産まれいずる、今の人間などどうなろうが知ったことではない」


 アフロディテはそう言うと、フッと不気味に上げていた口角を落として少しつまらなそうな表情を浮かべる。

 一気に緊張が解れ、身体の震えも収まった。


「――と、それが他の神々の考えじゃな」


「は? お前は違うのか?」


「余は……余は人間を愛しているのでな」


 アフロディテは少し困ったように眉を落としてそう告げる。

 隣ではヘルメスがやれやれといった表情を浮かべながら、優し気な瞳で彼女を見ていた。

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