第17話 念願の初配信、アユハの場合③

「なに? これ」


 疑問の言葉が漏れた、眼前にそびえるのは巨大な扉。

 それは主部屋の扉のデザインに似通っているが、施されている意匠は先ほどデュラハンと戦った城の豪華絢爛さを思わせる。


『なんだこれ』

『ホントに分からん』

『百層どこ?』

『ふむ、私も見たことが無いな』

『流石の深層、マッスルヘッドも知らないことばっかだな』

『深層の異常さがよく分かるわ』


 コメント欄も疑問に溢れている。

 それもその筈だろう、主部屋を出ればそこは百層の空間が広がっている……筈なのだが。


「扉しかないよなぁ」


 やはりどこを見渡しても主部屋から続いていたこの一本道の先には、眼前の扉しか見当たらない。


 現在ダンジョンは地下百階層までしか無いと言われており、世界中のダンジョンで百階層まで踏破されているダンジョンは八個しかない。

 実際は百層以降が存在するダンジョンもあるが……公式発表ではダンジョンは地下百層までだ。


 その中で俺が潜ったことがあるのは習志野駐屯地が併設されている習志野ダンジョンのみで、その危険度は現在D――。

 大して渋谷ダンジョンの危険度は最高評価のSSS。


 比べる対象として適切かどうかはさておき、百層には巨大な空間が広がり、その最奥にダンジョンを支配する迷宮王と呼ばれる存在が鎮座しているのが一般的だ。


「……迷宮王の部屋か?」


 顎に手を当てながらそう呟く。


『ああ、確かに』

『王の部屋しか存在しない百層とかあるんだな』

『え、てことは連戦するってこと?』

『つかここで迷宮王倒したら渋谷ダンジョン完全踏破ってことになるのか』

『やべ~~』


 現在同接は三百万人を突破している、全世界の人間が伝説を一目見ようと集まっているのだろう。

 俺は自分の指先へ視線を落とした、先ほどの戦いの疲労か指先が微かに痙攣している。


「少し休憩しつつコメント返信でもしようか」


 幸いにもこの一本道にはモンスターが出てこないようだし、迷宮王も扉を開けなければ襲ってくることも無い。

 俺はその場に座りこみ、カメラを自分の前に持ってきた。


『マジ!?』

『やったぜ!』

『では私から、アユハ、お前はそれほどの力をどうやって手に入れたんだ?』

『おー、マッスルヘッド』

『気になる』

『今まで一切表舞台に出て来てなかったしな』


「いきなり直球だな……」


 因みに世界で最も登録者を有するマッスルヘッドのコメントに限らず、ダンジョン探索者として登録されているユーザーのコメントは強調表示されるという仕様があるので、濁流のように流れるコメント欄の中でも見つけやすかったりする。


「俺は元々社畜してたんだ、ダンジョン遭難者とかの救出をね。六年、今立っている場所がもはや地上かダンジョンかあやふやになるほどダンジョンに潜り続けた、その結果だよ」


 最初から強かったわけじゃない。と締めくくる。


『やっぱ企業所属の探索者だったのか』

『まぁいきなりダンビルの上位に出て来てたから予想はしてた』

『どうやって鋼線扱えるようになったの?』

『鋼線を武器に選んだ理由も聞きたい』


「鋼線を選んだ理由はかっこいいからだ! 正直剣持った方が戦えると思う」


『草』

『凄い奴なのか馬鹿なのか良く分からんな』

『かっこいいから草』

『まぁ分かる』

『正直かっこいい』

『なら剣を使えと』


 リスナーも鋼線をかっこいいと思ってくれているようだ。

 六年という月日をボコボコにされながらも鋼線を使い続けて今の俺があるのだ、認められたような気がして少し気分が上がる。


「俺の武器について補足しよう、俺が使っている鋼線――といっても俺は糸として考えているから、ダンジョン庁による分類が鋼線でも、俺の配信ではそうだな……鋼糸こうしと呼称することにする」


『いつの日か鋼糸が鋼線に代わってカテゴライズされそうだな』

『かっこよ』

『だっさ』

『線が糸になっただけ定期』


「そんで俺の技術は操糸術そうしじゅつとしよう! 今度オンラインサロンかだんつべのサポーター限定で操糸術講座とかやってみても面白そうだな」


『おおおおお!』

『普通に興味ある!』

『名前今決めてんじゃねーかw』

『はやくお前のチャンネルで配信してサポーター権限解放しろ』

『この公式チャンネルもまだスパチャできないし』

『あくしろ』


「ははっ、申請は上げてるから審査待ちだよ。もう少し待っててくれ」


 因みにサポーターとは、所謂ファンクラブのようなもので月額課金でそのチャンネルの限定コンテンツを閲覧できるようになるだんつべの機能の一つだ。


「ちょっと話が逸れたが、操糸術と呼んでいるようにこれは魔法じゃなくて技術だ、練習すれば程度の差はあれどみんな使えるようになる」


『熱すぎ』

『既にほかの武器で慣れてる探索者はともかく、これから目指そうとしてる奴はいいかもな』

『俺、鋼糸に変えようかな……』

『もう堕ちてるやついて草』


「因みに使い始めは指がもげるような激痛が毎日襲ってくるぞ、爪も剝がれるし、指は内出血して変色する。そんな地獄の訓練を耐えても、所謂一点集中みたいな攻撃手段が殆どない、広範囲をせん滅するのに向いている技術だからパーティーメンバーとの連携がし辛いという欠点があるな」


『致命的すぎるw』

『ダメじゃねーかw』

『要wらwなwいw』

『もう終わりだよ』

『いらねーw』


「あと特殊な素材も必要だ、多分国内で鋼糸を作れるのはウチだけだと思う、市販品も僅かにあるが実戦で使えたような代物じゃない。俺も最初は苦労したもんさ、正宗に出会ってその悩みからは解放されたけどな」


『あいつそんなに凄い鍛冶師なのか』

『ツルハシ男な』

『ほへー、まぁ糸として扱っている以上普通の鉄とかじゃないのは分かるけど』


「腕と手の動き、指先の操作で糸を操り、さっき見せたみたいに設置して罠や結界にしたり、斬撃のように繰り出したり、糸を寄せ集めて別の形にして攻撃したり出来るから汎用性は高い」


 俺はそう言って指先をクネクネと動かして見せる。


『テクニシャンで草』

『えっっっど』

『見せた通りと言われても』

『糸細すぎて分かり難いよな』

『あと速すぎ』

『アーカイブになったらスロー再生で観るわ』

『まぁ汎用性は高いんだろうな』


「パーティーで使うなら敵の動きを拘束したり、敵の移動先を誘導したりするバックアップがメインになるだろうな、俺は普通に攻撃するけど。パーティーメンバーに合わせる自信あるし」


『強者の発言だわ』

『まぁもう文句は言えんけど』

『配信に湧いてたアンチももう黙ってるしな』

『つかはよ戦え』


「操糸術は技術、そして巨大なモンスターを拘束したり攻撃したりする訳だから、肉体に大きな負荷がかかる。そこら辺のモンスターやらさっきのデュラハン以外の階層主レベルであればどれだけ連戦しても構わないが、デュラハンが強すぎた。筋肉が痙攣をおこしてるから、それが治ったら戦うよ」


『その状態で挑むの?』

『引き返せよ』

『万全の状態で行け』

『死んだら元も子もない』


 コメント欄は正論の嵐だ。


「ま、死にそうになったら逃げるさ」


 そう言って引き続きコメントに返信していく、やがて三十分ほどが経過して俺は立ち上がった。


「よし、行けそうだ」


 俺は両手を開いては閉じを繰り返しながら、そう呟く。


『お! いくのか!』

『待ってました!』

『わくわく』

『渋谷ダンジョンの命日か……』

『一部マスコミも報道してるぞ』

『大手ではないとはいえ海外メディアも報道してるな』

『まぁ渋谷ダンジョンって、世界十大ダンジョンの一つだしな』

『同接千二百万マジか……』

星条の証スター・パーティーがロサンゼルスダンジョン踏破した時以来の同接だな』


 注目度は上々、ここで俺が偉業を成せば漆黒旅団は更に大きく飛躍するだろう。

 そんな光景を思い浮かべながら、俺は眼前の扉に手を翳す。


 瞬間、黄金色の幾何学模様の巨大な魔方陣が出現し、周囲に暴風が巻き起こる。

 気を抜けば吹き飛ばされそうな中、扉が大きな音を立てて開き始めた。


『魔方陣!?』

『なんだこれ!!』

『なんか知らんがやばいぞ!』

『ああ~~カメラが吹っ飛んだ!』


 流石のドローンカメラも耐えられなかったのか、暴風に煽られ壁に激突する。

 その程度では壊れないようで、二百万の意地を見せつけるかのように、必死に俺の元へ戻ろうとしているのが視界の端で確認できた。


「なっ……!?」


 俺は開く扉の隙間から中を覗いて絶句した。

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