第16話 初配信、アユハの場合②
『すご』
『えぇ……』
『これ、やってることやばい』
『文字を消す、それが出来なくて
『あのパンチ、そこら辺のタンクが受けたら吹っ飛ぶか潰れるかだな』
『もう怖いんだけど』
『漆黒旅団やっぱおかしいわ』
『実力だけなら国内最強なのでは』
『アユハ、やばい』
『結局なんでゴーレムの動きは止まってたの?』
「さて、魔石も回収したし次の階層へ行くぞー!」
俺は拾い上げた魔石を腰にある小さなポーチへ近づける、するとまるで掃除機に吸い込まれたように物理的に絶対入らないであろうポーチの中へ魔石が収納された。
『マジックバックか』
『超高級品じゃん』
『柚乃ちゃんと正宗も使ってたね』
マジックバックは、言ってしまえば某ネコ型ロボットが持っているポケットである。
とはいえ無限に収納できる訳ではなく、今漆黒旅団の全員が持っているのは学校の教室位の空間を内部に保有するマジックバックだ。
我らがドロシー様作である為、エレガンティアの紋章である対になった冠を乗せる不死鳥のエンブレムが施されている。
洗練されたデザインは、ハイブランドの高級感を漂わせておりマジックバックで無いとしてもそれなりの値段がするだろう。
「さて、それじゃあ歩きながらみんなが気になっているであろう、俺の武器に関する解説と行こう。お? いいところに」
そう言った瞬間、四方八方から頭に角の生えた狼のようなモンスターの群れが飛び掛かってくるが、その
『また止まった!』
『なんじゃこれ』
『やっぱ魔法なんじゃないの?』
「ゴーレムには血が流れていなかったから分かり難かったかもな。よく見てみろ」
カメラをモンスターの一匹に近づけると、空中にまるで糸を伝うかのようにして血が流れていた。
『鋼線か!』
『お、黙ってたマッスルヘッドが久しぶりにコメントしたぞ』
『鋼線て、あの指でワイヤー操るやつ?』
『超マイナー武器じゃん』
『知らね~』
「流石マッスルヘッド、そう、俺が扱う武器は鋼線。と言っても勿論材質は鋼じゃない、企業秘密だから詳しくは言えないんだが、腕に取り付けた器具の中に糸が入っていてな、それを射出して指や腕の動きで操るんだ」
俺はそう言って未だ空中で身動きが取れず、痙攣しているモンスターたちを切り刻んだ。
空中に血飛沫が舞い、肉塊がボトボトと地面に落ちる。
「武器のカテゴライズ的に鋼線に区別されるが、まぁピアノ線とか強化糸とか言った方が分かりやすいかもな」
『どうやって操るんだよ』
『想像しただけでムズイのが分かる』
『鋼線使いって見たことないわ』
『昔一人いたよな』
『調べてみたけど全然種類売ってなくて草』
『オーダーメイドやろなぁ』
「因みに正宗作だぞ、あいつは採掘師としての側面しか見せてないけど、鍛冶師としても超一流だからな」
その言葉にコメント欄は盛り上がる。
正宗は爽やかイケメンだし年上のお姉さんから好かれそうなタイプではあるが、とはいえ世界とは残酷で女性配信者の方が伸びやすい傾向にある。
こうやって株を上げといて損は無い。
「じゃ、どんどん行こう!」
そこから二時間ほど経過し、俺は九十九階層の主部屋の前に立っていた。
因みに各階層主に対しては特に苦戦を強いられることはなく、視聴者も俺の戦闘は安心して見れると判断したのか、コメントは新種のモンスターや各階層の特徴に対する感想といったものが大半を埋めるようになっていた。
「ここの階層主を倒せば次が百階層だな!」
『うおおおおお!』
『伝説を見てるのか俺たち』
『次もサクッと倒してくれ』
『はよ百階層が見たい!』
俺は意気揚々と扉を開き、一歩踏み出す。
刹那、自分の頭が斬り落とされた感覚と共に全身から血の気が引く。
「――ッ!?」
即座に自分の首に手を当てるが、まだ繋がってる事実に安堵の息を漏らした。
これは殺気だ、それ以上踏み込めばこうなるぞという警告。
画面を眺めているリスナーには絶対届かないであろう、生々しい死の感覚。
まるで荘厳な城の廊下を思わせる巨大な空間の中央に、その存在は立っていた。
『これは流石に知ってる、アニメで観た』
『デュラハンじゃん』
『ダンジョンで確認されたのは初めてじゃね?』
『かっけぇ~』
『まーた新種かよ』
『でもどうせアユハ勝つしな』
漆黒の古プレートにボロボロのマントを靡かせる首から上が無いその存在は、巨大な大剣を身体の前に突き刺し、その柄に両手を重ねて仁王立ちしている。
未だ動く気配はない、やはり警告通りこれ以上進めば斬るという警告なのだろう。
「みんな、多分今回は戦いながら解説はちょっと厳しいかもだから、先に言っとくわ」
『え?』
『大丈夫なん?』
『撤退しろ流石に』
久し振りに俺を心配するコメントが流れる、これまでの余裕を見せてきた戦いとは違うと察しているのだろう。
「首無し騎士、デュラハン。別名アンシーリー・コート、祝福されざる精霊とも呼ばれ、死を予言する者だ。首無しの馬が引いた戦車に乗っているとされているが、今回はアイツだけらしいな」
デュラハンとは様々な伝承が寄り集まって姿を成した存在であり、ゴーレムなどと違って明確な倒し方というものは存在しない。
故に実力で勝利する必要があるのだが……
――強さのレベルが跳ね上がってやがる。
九十八階層の階層主は大きなドラゴンであったが、難なく勝利することができた。
しかしこのデュラハンが漂わせている強者の風格は、格が違う。恐らく人生で出会ってきた中でこれほどまでに死を知覚したことは無い。
俺はそう考えながら、図らずも自分の口角が上がっている事に気が付いた。
「ははっ」
『笑ってるんだが』
『怖』
『戦闘狂か?』
『なんで笑ってるん……』
『頭おかしい』
『子どもが泣き始めたのでその顔やめてください』
子どもを泣かせてしまったのは少し心が痛むが、俺は笑みを携えたまま指の先から複数本の糸を射出して一歩踏み込んだ。
「今からアイツ泣かせるわ」
刹那、先のゴーレムが遅いと感じるほどの速度で眼前に現れたデュラハンから放たれた、横薙ぎ一閃の剣先が顎のすぐ下を掠める。
反った姿勢の俺は、その勢いのままバク転した後に前方へ跳躍してデュラハン頭上を飛び越え、その背後に着地した。
「はっや……っと!?」
着地を狙ったデュラハンが直ぐにこちらへ向かってくるが、その動きが急に静止する。
その身体の至る場所には、肉眼で見えるかどうかという極細の糸が巻き付いていた。
「悪いが、俺は剣と打ち合うとか苦手なんでね。こっちのペース作らせてもらうぜ!」
今デュラハンの動きを止めているのは、空間に設置した、既に俺の指から離れた糸による結界。
対象がその結界に触れた瞬間、蜘蛛の巣のように張り巡らせた糸が瞬時に縮小し、引っかかった獲物の動きを制限する仕掛けになっている。
「
両腕を眼前で交差させるよう振るうと、計六本の糸が周囲の壁とデュラハンを縛る結界を切り裂きながら向かっていく。
しかし、その攻撃はデュラハンの甲冑に三本爪で切り裂かれたような傷跡を二つ残したのみで、結界から解放されたデュラハンはノーダメージといった感じでこちらへ突進してきた。
「六本じゃ無理か……うーん」
俺は迫り来るデュラハンの眼前に格子状に組まれた糸を設置しながら、ノールックで後退していく。
そこらのモンスターならサイコロステーキになってしまう技なのだが、当のデュラハンは歯牙にもかけず大剣で糸を切り裂きながら速度を落とそうともしない。
「なら!」
そう叫んで左腕を振るえば、デュラハンが盛大にずっこけた。
カランカランと響いて床を転がる大剣の音が妙にシュールで思わず吹き出しそうになるが、必死に抑える。
「はっ! 間抜けめ!」
俺が操る糸には様々な種類がある。
例えばそれは相手を切り裂くことに特化した
今回デュラハンに間抜けな恰好をさせたのは粘着性のある
結果としてそれに足を引っかけ、ものの見事に無い顔面から地面に倒れ込んだという訳であった。
俺はチャンスとばかりに跳躍し、頭上で両手を組んで叫ぶ。
「
するとその叫びに呼応して、俺と同じように両手を組んだ巨大な白銀の両腕が頭上に姿を現した。
それは数百本の糸で構成されており、光を反射してキラキラと輝いている。
俺はその両腕を、眼下で起き上がろうとしているデュラハン目掛けて振り下ろした。
「潰れろ! ダブルスレッジハンマー!」
刹那、大気を揺らすような轟音と共に衝撃波が身体を打ち付け、周囲の地面や壁に亀裂が走る。
「勝ったな」
舞い上がった土煙が晴れ、足元に視線を向ければスクラップのように潰れたデュラハンの姿があった。
『えぇ……』
『勝つのか』
『おかしいおかしい』
『無傷て』
『大して苦戦してるように見えなかった件』
『まぁコメントに反応してなかったし、余裕があった訳じゃないんだろうな』
『汎用性高いな、鋼線』
『本人は糸って言ってるけどな』
『因みに配信じゃ速すぎて正直何起こってるか分からんかった』
『それな』
「およ?」
コメント欄に目を向けると、その先でデュラハンが使っていた大剣が転がっているのを見つけ、拾い上げる。
『消えないってことはドロップアイテムか』
『呪われてそうな大剣だな……』
『オークションに出せ! 三億出す』
『富豪湧いてて草』
「うーん、売るかどうかは考えるけど、とりあえず貰っていくか」
俺はその大剣をポーチに仕舞い、逡巡する。
正直、連戦続きで疲労が溜まってきている、安全マージンを考慮すれば先に進むべきではない。
だが……デュラハンとの戦いを思い返す、リスナーは余裕の勝利だと思っているらしいが、たまったものではない。
あいつの剣には恐らくだが死の呪いが込められていた、それはかすり傷一つで絶命に至る類のものだ、以前戦ったことがある別のモンスターも似たような武器を使っていた。
その緊張感足るや、ゴリゴリと集中力が削られていくのだ。
――楽しかった。
嗚呼、俺はきっとどこか壊れているのだろう。
ダンジョン配信者になりたい、最強になりたい、誰にも縛られない存在になりたい。
抱いてきたその想いに嘘は無い、でもきっと、もっと深い本能的な欲求はソレじゃない。
「さあ、ラスト行くか!」
俺は気付いていなかった自身の欲の原点を知り、笑みを浮かべて一歩踏み出した。
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