第15話 初配信、アユハの場合①
この世界においてソロで深層を探索できる人間はそう多くない。
日本では漆黒旅団の柚乃を除く三人、公言していないだけで実力的に出来そうなのはプラス二人位だろう。
世界規模で見れば十数人といったところだろうか、しかし深層でソロ配信が行われたという記録は存在しない。
「世界初、ね。悪くない響きだ」
今俺は渋谷ダンジョンの九十六階層に立っている、ドロシーや正宗に倣って周辺の雑魚は既にせん滅済みだ。
心臓がバクバクと跳ね、全身を巡る血液の速度が上がり続ける。
「ほい、配信開始っと」
念願の配信開始ボタンを押すと、即座に激しく流れるコメントが空中に表示された。
この瞬間から俺のダンジョン配信者としての人生が幕を開ける。
『きた』
『とうとうギルマスアユハの登場か』
『次はどんな伝説を残すんだ?』
『わくわく』
『ここどこ? まさか深層?』
『深層っぽいな、やっぱソロで深層探索か』
『もはや深層で驚かない俺たち、調教されてきたな』
「今日はここ、渋谷ダンジョンの九十六層からお届けするぞ」
『九十六層!?』
『渋谷ダンジョンの九十六層って最高到達階層か』
『思ったより深い階層だな』
『情報ほとんどないだろ?』
『九十六層とか俺写真以外で初めて観た』
『
『ここで何すんの?』
「ここでは何もしない、今日はここから百層まで一気に攻略しようと思いまーす」
そう言ってカメラに向かってピースサインを向ける。
『は?』
『え?』
『何言ってんのこいつ』
『渋谷ダンジョンをソロで踏破するって事?』
『頭おかしい……』
『怖いよ』
『なんだこいつ』
『やっぱこのギルドヤバすぎ』
『このマスターにしてあのメンバーありだったな……』
『本当にやりきったら歴史に残るレベルの偉業だが?』
「さて、流石に俺も初見の階層だから気を抜かずにやっていこうと思う、ダンジョン大好きなリスナー諸君は知っているかもしれないが、ダンジョンの九十五層以下は各階層に階層主がいるから、ボス戦も見せていこうと思うぞ」
『おい人呼べ!』
『伝説だわ』
『神回確定』
『どうせ無理なのに大見栄切るの辞めた方がいいぞ』
『楽しみだなアユハ、ドロシーを奪ったお前の実力計らせて貰おう』
『おい! マッスルヘッドじゃねぇか!』
『本人光臨!?』
『ヤバすぎ』
『同接えっぐwww』
「お、マッスルヘッドじゃねぇか。お前もドロシー狙ってたらしいが、貰っちまって悪いな」
予想してなかったお客様の登場に一瞬動揺したが、それを表に出さないように笑みを浮かべてみせた。
世界最強の探索者が降臨したこともあってか、同接は四十万人を超えていた。
「早速行くぞ~」
そう言って歩みを進めていく、この階層のモンスターは配信前に殆どせん滅させてしまった為、あっさりと主部屋の前に辿り着いた。
俺も知らない、まだ見ぬ階層主へ期待を膨らませて部屋へ踏み入る。
「なるほど、これはこれは」
主部屋は一般的なドーム型で、大理石を思わせる真っ白な材質で構成されていた。
壁際には凝った意匠の施された柱が等間隔に並んでおり、松明などの光源は見当たらないが部屋全体が淡い光を放っている。
「――ゴーレム」
中央には巨大なゴーレムが赤い瞳を輝かせて鎮座していた。
光輝く鉱石を纏ったような姿をしており、見ただけで凄まじい硬度だろうということが予想できる。
『でっか』
『十メートル以上はあるなこれ』
『普通に剣とか通用しなさそうだけど、もしかしてアユハって魔法使い?』
『ふむ、珍しいな。ゴーレム型のモンスターか、それにしても見たことが無い物質で構成されているな』
『世界最強の解説付きとか豪華すぎるだろこの配信w』
『マッスルヘッドも知らない敵か、新種だろうな』
『どう攻略するんだ?』
「ゴーレム型が確認されているダンジョンは非常に少ない、上位探索者の中ではその対処法は知られているが一般には広まってないから解説しながら倒すぞ」
そう言うと眼前の巨体は瞳の輝きを更に強め、岩が崖から滑り落ちるような音と共に動き出した。
「そもそも、ダンジョン内で発生するモンスターは何故か神話や伝承に語られる存在の姿を成していることが多い。そして、ゴーレムもその例に漏れない」
悠長に話していると、眼前のゴーレムが一瞬にしてその場から姿を消し、巨体に見合わない圧倒的な速度で繰り出された拳が眼前に現れる。
「ゴーレムとはユダヤの伝承にて伝えられる人形だ、その身体のどこかにはemethの文字が刻まれているとされる」
先ほどまで俺が立っていた場所は地面に亀裂が走り、クレーターが出来ていた。
拳を振りかざした格好のゴーレムは、その体勢のまま顔だけをこちらに向ける。
『はや!?』
『回避したのか!?』
『人間じゃねぇ』
『もうこいつがモンスターだろ』
『てか今更だけどアユハ武器持ってないじゃん』
『やっぱ魔法使いか? 流石に素手はないよな?』
「emethはヘブライ語で真理を現し、その言葉を刻み込むことでゴーレムは完成する」
刹那、ゴーレムの両腕が機銃の如く繰り出され、俺の視界を埋め尽くす。
それを紙一重で躱しつつ、その両腕を足場に距離を詰めてゴーレムの頭上に立つ。
「基本は、ここ。額に刻まれるが、このゴーレムにはそれがない」
頭の上に立ったまま額を指しながらそう言った瞬間、まるで蚊を潰すようにゴーレムの両の掌が左右から迫るが、俺はその場で大きく跳躍して距離を取る。
『マジで解説しながら戦ってるぞ』
『でも避けるばっかだな』
『はやく戦えよ』
『もう少し解説聞きたい』
『どういうモン食えばこんな風に動けるんだよ』
「そして戦いながら観察していたが、こいつの身体には文字が刻まれていないことが分かった」
『ねーのかよw』
『無いのかw』
『なんの時間だったんだよ』
『身体に文字が刻まれていない? 足の裏にも無いのか?』
『世界最強が困惑してらっしゃる』
『てことはイレギュラーなのか?』
『なんか余裕で避けるからこのゴーレム強そうな気がしないな』
マッスルヘッドが送ってきた困惑のコメントが視界に映る。
「ゴーレムを創造したとされる存在はラビ、律法者であると伝わっている、何よりも真理を重んじる彼らはそれを踏みつけにすることを許さない。だから足の裏はあり得ない……ではどこか?」
そう言って俺は軸足に全力で力を籠め、爆発的な加速を以てゴーレムが最初に鎮座していた場所へ距離を詰める。
そして足元に置かれた台座のようなものを見下ろした。
「ここだ、ゴーレムはその身体に文字を刻まなくとも、こういった閉鎖された空間であれば台座に文字を刻むことで命を宿すことが出来る。見てみろ、あったぞemethの文字だ」
そう説明する俺の背後からゴーレムが近づいてきているのであろう、ズシンズシンという音と共に地響きが段々と大きくなっていく。
『お、おい』
『後ろ』
『来てるって』
『おい!』
『逃げろ逃げろ逃げろ』
『分かったから逃げろ!』
「そういえばみんな俺が武器を持ってないとか言ってたが、俺はもう自分の武器を見せてるぞ?」
刹那、背後から衝撃と共に突風が吹き抜ける。
振り返ってみればこちらに拳を突き出した格好のまま、ギチギチという音を発して小刻みに震えながらも動けなくなっているゴーレムが視界に映った。
『は?』
『どういうこと?』
『世界最強教えてくれ~!』
『私にも分からん』
『分からんのかーい!』
『草』
『魔法?』
『これがアユハの魔法か?』
「俺は魔法使いじゃないよ」
そう言って右腕を勢いよく横に振る。
すると眼前のゴーレムの身体が切り刻まれ、音を立てながらバラバラになった破片が床に転がった。
『え?』
『倒したん?』
『今何したコイツ』
『怖い怖い怖い、マジで分からん』
『どういうこと?』
『????』
『教えて! 世界最強!』
『すまないが分からない』
『おいずっとマッスルヘッドですら分からない展開が続いてるぞ』
『異常だな』
俺はコメントを横目にカメラを掴み、ゴーレムだったモノへ向けた。
「見てみろ、バラバラにしても自動で修復し始めている」
床に散らばった破片は、また元の形に戻ろうとそれぞれがモゾモゾと集まりだしている。
「だから、この台座に刻まれたemethの"e"を消す。こうやってな」
そう言って振り返り様に左指を僅かに動かした、すると突如として刻まれたeの文字が削り取られてemethがmethになる。
「meth、それは死を意味する。見てみろ、さっきまで動いていた破片が全て動かなくなったな。これで階層主の討伐完了だ」
眼前に転がるボーリング玉ほどの大きさの魔石を見下ろして、俺はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます