初配信と伝説編

第11話 念願の初配信、柚乃の場合【20240626改稿】

 柚乃は自立型空中カメラの配信開始ボタンをオンにした。

 ヴォン、という音と共に球体をしたカメラは宙に浮かび、その側面から映し出されたホログラムの画面にはコメントが濁流のように流れている。


『きた!』

『いつ振りの配信?』

『いつものチャンネルじゃないから焦った~~』

『漆黒旅団ってとこに入ったの?』

『タイトルよく嫁、漆黒旅団初配信って書いてるだろ』

『↑確かに柚乃たんは俺の嫁だが』

『つか制服厨二くさっ!』

『俺はその制服好き、スパチャしてぇ!』

『出来たばかりのチャンネルだからスパチャ機能無いな……』


「は、は~いみんな! 久しぶり! 柚乃だよ~~。今日は告知通り私の個人チャンネルじゃなくて、新しく入ったシュヴァルツ・ブリゲイドこと漆黒旅団の公式チャンネルからお届けしま~す!」


 俺は渋谷管理局の会議室で柚乃の配信を見ながら笑みを浮かべた。

 染谷さんと嘉一さんはもはや漆黒旅団の活動拠点と化している事実に苦笑いを浮かべていたが、貸さないと言われるまでは存分に借りるつもりである。


 俺の考案した初配信計画はこうだ、まず柚乃の個人アカウントで漆黒旅団加入を告知させ、漆黒旅団公式アカウントと公式チャンネル、新しく作らせたドロシー、正宗、そして俺の個人アカウントと各個人のだんつべチャンネルへの導線を確保する。


 次いで全員がソロで潜る初配信を漆黒旅団公式だんつべチャンネルで一日ごとに行うというものだ。

 トップバッターは勿論柚乃。

 この効果は覿面てきめんで、俺と正宗は五千人ほどのフォロワー獲得に成功していた。最も伸びたのはドロシーで、女性という事と、投稿した自撮りの影響で既に三万フォロワーを獲得している。


「公式アカウントのフォロワーが約四万人、チャンネルの方は……まだ五千人ちょっとか」


「なんや、大して登録されてないやんけ」


 スマホの画面を見ていると、隣でのぞき込んでいた正宗がつまらなさそうな声でそう告げる。


「まぁこんなもんだろ、小説やアニメみたいに一気に数十万人なんて増えないのが普通。徐々に増えていくさ」


「そういうもんかい」


「そういうもん」


 再び俺は柚乃の配信に視線を落とした。


『ソロで大丈夫?』

『流石にソロは危ない』

『ダンジョン舐めすぎ』

『そんなことさせるギルドやばくない?』

『柚乃ちゃんの告知で見たけど、ギルマスのアユハって誰だよ』

『アユハってやつ、ダンビルで国内順位十二位だったぜ? 急に出てきたのに』

『嘘乙』

『国際ランクに名前が無い、反映まで二週間くらいかかるから、マジで急に出てきたっぽいな』


 柚乃は流れ続けるコメントを見る、やはりソロで潜ることに抵抗を覚えているリスナーが多いようだ。


「あ、大丈夫! ソロ探索とはいえ、万が一に備えてもう一人いるから!」


 そう言ってカメラを掴み、自身の隣を映す。


「やぁ諸君、天才のドロシー様だ」


 隣に立つドロシーはそう言って少し不気味な笑みを浮かべている。


『ドロシー姉さん!』

『誰!? めっちゃ美人!』

『眼帯美女ってこの世に存在してたのか……』

『やべぇ、推しになりそう』

『こんな声してんのか、罵られたい!』


「ドロシーさんはねぇ、こんな綺麗な人なのにソロで深層潜れる位強いの! だから安心して大丈夫だよ~」


『流石に嘘www』

『本当ならやばすぎw』

『いや、この人国内順位八位、国際ランク二十五位だぞ……』

『は?』

『ドロシーって、あの有名なドロシー?』

『知らん』

『柚乃ちゃんの配信なんだから関係ないこと話すなよ!』


 コメントには嘘という単語ばかりが流れている。ドロシーは配信未経験、食って掛からないか心配したが、当の本人は物珍しそうにカメラを眺めているだけで、コメントなど気にしていないようだった。


(てかドロシーさん国内八位なんだ……世界でも二十五位って、やっぱ化け物ね)


 安堵の息を吐いて、カメラを再び自分に戻す。


「今日は中層の上の方……そうだなぁ、三十五階層くらいまで潜ろうと思うよ! その位ならみんなのコメントも拾えるしね!」


 ダンジョンの階層は、第一層から三十層までを上層、三十一層から五十層までを中層、五十一層から八十階層までを下層、八十一階層から下を深層と呼んでいる。

 

自分の実力を鑑み、今日は余裕をもって対処できる三十五階層で配信を行うことにした。


「午後三時同盟を抜けた理由? うーん、まぁ今のギルドに誘われて、そっちで頑張ってみようかなって思ったからだよ」


 向かってくる敵をノールックで切り伏せながら、ダンジョンを進んでいく。まだ上層であるここは近くに他の探索者もいる為、ほとんど死角が存在しない。

 更に出現するモンスターも低位の粘性生物スライムや、小さな人型のゴブリンばかりであり、仮に攻撃を喰らっても今着ている制服であれば傷一つ付かないだろう。

 という訳で、今はコメント返信に意識の大部分を集中させていた。


「目標? うーん、登録者百万人かなぁ? あ、あと深層に潜れるようになりたいかな!」


『深層は前のギルドでも潜ってたじゃん』


「あー、ソロで潜れるようになりたいんだ、一応今でも行けなくはないけど……このギルド、私以外全員ソロで深層探索余裕で出来る人しかいないから」


 あはは、と笑いながらそう言うとコメントの流れが一気に早くなる。


『流石に、マジ?』

『おい、情報班がツブヤイタ―と10chで情報まとめてたぞ!』

『見てくる』

『配信終わったら見る』

『アーカイブ残す?』

『深層ソロ探索、情報見たらマジそうで草』


「アーカイブは残すよ~、因みに今日付いてきてくれてるドロシーさんの初配信は明日だからね!」


『ktkr』

『チャンネル登録しますた』

『絶対観る』

『有給とった』


 そんなこんなでコメント返信をしながら進んでいると、一時間ほどで二十九階層に到着する。


「ん?」


 終始無言を貫いていたドロシーが声を漏らす。


「どうかしました?」


「いや、どうやら階層主に当たったらしいな」


 そう言ってドロシーが指した指の先には、大きな扉が見える。その扉の前では二人の男女が頭を抱えて立っていた。


「階層主、倒さないんですか?」


 女性の方に近づいて声をかけると、振り返った女性は驚愕の表情を浮かべて叫んだ。


「けけけ、剣姫っ!?」


『驚いてて草』

『いや、俺も声かけられたら同じ反応になるわ』

『俺なら失神するね』


「ああっ、剣姫!」


 次いで男性の方も絶叫する、叫ばないと気が済まないのだろうか。配信のテンポが悪くなるので早く答えてほしい。


「倒さないんですか?」


 再びそう問うと、男性側が恥ずかしそうに口を開く。


「実は二人で探索してたんですけど、階層主に当たっちゃって、僕らだけでは倒せないから倒してくれるパーティーが来るのを待ってたんです」


「なるほど、じゃあ私が倒します」


 そう言ってみると、目の前の男女は顔を見合わせる。


『頼もしすぎて草』

『剣姫が剣姫してんな~』

『まぁ二十九階層の階層主なら剣姫でも余裕か』

『ちゃんとした戦闘やっと見れそうだな』


 コメントも心配の声はほぼ無い。それもそうだろう、私にとってこのレベルの階層主は手こずる相手ではない。

 実際に配信でも、もう少し深い階層の階層主をソロ討伐したことがある。


「何かあったら助太刀お願いしますね、ドロシーさん」


「任された」


 剣を握りしめ、眼前の扉に手をかざす。すると数トンは優に超えそうな巨大な扉は独りでに大きな音を立てて開き始めた。

 やがて全開になった扉の中へ、一歩踏み出す。


「こいつも久しぶりね」


「……不細工だな」


 扉の中はドーム状の空間になっており、壁には等間隔で白い柱が立ち並び、青い炎を揺らす松明がそれぞれの柱に付いていた。

 そして中央には二十九階層の階層主であるゴブリンロードが、こちらを睨みつけている。


「さて、サクッと終わらせようかしら」


 そう言うと、ゴブリンロードが絶叫のような雄叫びを上げてこちらへ突進してくる。

 体長約三メートル、全身は緑色の硬化した皮膚に覆われており、腰に荒布を巻きつけただけの巨人は、私を見下ろせるだけの距離まで来ると、その手にもつ大木のような棍棒を振りかざす。


「ふっ!」


 巨大な影に全身が飲まれるが、その場で踏ん張って振り下ろされた棍棒を銀剣で受け止めた。


「グギャ!?」


 私に受け止められるとは思っていなかったのか、ゴブリンロードは驚愕したような声を上げる。

 一瞬の静止、それが眼前のモンスターの死因になった。


「はぁっ!」


 私は受け止めていた棍棒の力を受け流し、そのまま跳躍してゴブリンロードの首元に下段から斜め上に向けて銀剣を振りぬいた。


「ガッ!?」


 瞬間、ゴブリンロードは短い断末魔とタールのような粘性の紫色の血飛沫を上げてその場に膝から崩れ落ち、絶命した。

 その死骸は光の粒子となって消えていき、その場には魔石と呼ばれる赤い手のひらサイズの石だけが残る。


 探索者はこの魔石を回収し、ダンジョン庁などに売却することで収益を得るのだ。


「はい終わり」


「ふむ、良い剣筋だな柚乃。剣姫と呼ばれるだけのことはある」


 少し後ろで見ていたドロシーさんが拍手しながら近づいてくる。


『瞬殺で草』

『やっぱ柚乃ちゃん最強!』

『哀れゴブリンロード』

『まぁモンスターランクもCとかだろ? 余裕だわな』


 コメントも好意的なものばかり、上手くやれてよかった。


「さ、どんどん行きましょ!」


 そうして三十五階層で更に一時間程配信した私は、約三時間に及ぶ初配信が終了した。


「……素晴らしい!」


 俺はスマホの画面をタップしながら絶叫する。


「いや~柚乃ちゃん可愛かったしドロシーさんは美人やし、このギルド入って良かったわ」


 隣でバカなことを言っている正宗は無視して、俺は漆黒旅団公式チャンネルの登録者数に目を見張る。そこには三万登録者の文字が浮かんでいた。

 同時接続者数も、最高八千人を記録していたし大成功と言えるだろう。


「フハハハハハ! トップバッターを美少女アンド美女にしたのは大正解だな! 馬鹿な視聴者共め! 精々画面の中の女に金を落とすが良い! ははははは!」


「おい馬鹿、それはワイ含めて多方面に喧嘩売るから止めときや」


「ふん、まぁ良い。さて、10chではどうかな?」


「おいエゴサかいな、しかも10chて、あそこはヤバい奴の温床やろ、ワイは自分の推しがめっためたに叩かれてるの見て、もう見に行くのやめたわ」


「はっ、ネットのディープなところに潜ってこそ真のユーザーレビューがあるのだ! 好き嫌いコムを見ないだけまだ有難いと思え」


 俺はそう言って国内最大手のネット掲示板である10chで漆黒旅団を検索する。


「お、早速スレが立ってるじゃないか~」


 そこには『新設ギルド、漆黒旅団を語るスレ』と書いてある、俺は迷うことなくそれをタップした。

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