第10話 これからの道しるべ【20240626改稿】

 俺は全員に数十枚のホチキス留めした書類が行き渡ったのを確認して説明を始める。


「これは所謂事業計画書だ、いいか俺はこの数日間ギルドやダンジョン産業に関して調べてきた。その結果がこれだ」


 そう言って持ち上げた書類を掌で叩く。


「あー、金の周り……所謂キャッシュフローの部分は飛ばせ、一応書いてるだけだ」


 事業計画書である以上、勿論金の動きに関する部分も作っている。どうせ全員興味もない範囲だろうから説明はしないが、今月からギルドを立ち上げ、八か月後の来年三月時点で五億の売り上げを見込んでいる。


「社畜時代は気付かなかったが、ダンジョンは金になる。柚乃、お前の月収は幾らだ」


 俺が柚乃を指すと、流石にそんな事を聞かれるとは思っていなかったのか、飲んでいた紅茶を吹き出した。「聖水や~」と言っている正宗はガン無視して、柚乃が咳き込みながら口を開く。


「ちょ、なんでよ!」


「いいから言え、どうせ配信の収益から手数料をギルドが貰うんだ、俺は遅かれ早かれ知ることになる」


 そう言うと、柚乃は観念したかのように溜息を吐いた。


「だんつべからの収入が五百万円、ダンジョン探索での収入が大体四百万円、ファンクラブなんかから八百万てとこかしら?」


「そう、登録者三十万人、下層探索がメインの柚乃でこれだ。俺が今までいかにクソみたいな労働環境で働いていたか再認識できるな! ビバッ! ダンジョン配信者!」


「あんたの老僧環境は知らないわよ!」


 収入を赤裸々に語らされ、赤面した柚乃のツッコミを柳に風と受け流して続ける。


「さて、言った通りだ。ダンジョン配信と探索は金になる。だが俺たちの実力で金儲けなんて目指しても意味がない、女子大生の柚乃ですら億り人だからな。嫌でも金は入ってくる、では何を目指すべきか? それは浪漫だ」


「浪漫やて?」


 正宗がピクリと反応し、身をズイと乗り出してくる。男の子だもんね! 浪漫は大事なのだ。


「俺は言ったな、このギルドを実力も人気も最強のギルドにすると。では最強の定義とはなんだ?」


「一番数字持ってて、一番多くのダンジョンを探索することやないんか?」


「勿論そうだ、しかしそれは過程、最強へと至るプロセスの話だ。では最強とは何か? それは絶対的な権力だ! 影響力と言い換えても良い。想像してみろ、俺たちの一挙手一投足に全ての人間が注目し、国家権力ですら尻尾を振る。それは気持ちいいだろう? 家に振り回され、会社に振り回され、社会に振り回されてきた、そんな俺たちがそうなるんだ、これを浪漫と言わず何と言う?」


 思い返すは社畜の日々、あの日常には戻らない。

 もう誰にも縛られない、誰の下にもつかない、誰も俺たちを見下せない。

 このメンバーならそれが出来る。


「それは……正味ええなぁ」


「まぁ、面白そうだとは思うわ」


「ふむ、私がエレガンティアを手中に収めるのも夢ではないか」


 三者三様に笑みを浮かべている、俺の演説は効いているようだ。


「そしてそれを実現する為の計画が、これだ」


 俺は手に持っていた書類を円卓に叩きつける。


「俺たちが身に着けている漆黒旅団の制服、これはその計画の一環だ。最初は柚乃の反応らしく、厨二病だとか色々言われるだろう。しかし、俺たちの名声が高まれば全員が着ているコレはカッコイイに変わるんだ」


 制服の効果は人類史が証明している。

 ビジュアルの良い制服はそれだけでその組織を志望する大きな理由になるのだ。


「俺が調べた限り、制服を導入しているギルドは北海道の『白虎連合』のみ、ネットの反応を見てみたが、散々な言われようだった。ま、機能性のみを追求した全身タイツっぽいあの制服……というか戦闘服じゃ当然だな」


「ふむ、まぁ一理あるな。かつて行われた人同士の世界大戦で使用された見栄えの良い軍服は今でも根強いコレクターが存在している」


 ドロシーが顎を触りながらそう告げる。


「その通り、だから全員ダンジョン探索と配信の際は必ずこれを着用するよーに」


 皆思う、その制服に自分も袖を通してみたいと、その組織の一員だと思われたいと。


 そして、往々にして厨二臭いと言われる物は総じてカッコイイのである、マイノリティ少数派な感想を素直に口に出すのは恥ずかしいが、憧れても良い、口に出しても良い理由が出来れば、いつしかそれはマジョリティ多数派に転じるものなのだ。


「そして、ギルドの法人化だ」


 俺はさらに続ける。


「現在、国内ギルドにおいて法人化しているのは三社のみ、上場している企業はたったの一社だ。柚乃が所属していた午後三時同盟も法人化はしていない。それは何故か? 基本的に取引先がダンジョン庁のみだからだ、企業によるスポンサードも、ギルドというよりはギルドに所属している個人に付くことが多い」


 ダンジョンが世界に出現して数十年、法整備やダンジョン庁の新設などでダンジョン業界は大きな盛り上がりを見せているが、言ってもたかが数十年の業界である。


 市場規模こそ大きいものの、その実様々な部分が他の業界に比べて整理されているとは言い難い、なにせこの世に存在しなかったものが急に現れたのだ。無理も無い。


「漆黒旅団というギルドを頂点にして、配信事務所、探索者とギルドのマッチングサービスや、探索者の貸し出し、探索者向けスクールの開校に、更には配信者の代理店事業など、多角的な事業展開を目指す!」


 ダンジョン探索者は基本的に金には困らない。例えば最下級の二等探索者でも、平均的なサラリーマン月収の一.五倍は軽く稼げるだろう。

 それでも一般企業勤めが多いのはそれだけ危険を伴うからだ。


 しかし金には困らない、大手ギルドなど尚更だ、つまり危険な仕事をしている傍らで別の事業に手を出す理由がない。

 これがギルドが法人化しない大きな理由の一つだ。


 ダンジョンが民間に開放されて十数年しか経っていない為探索者の平均年齢が未だ若く、世代交代していないというのもこれを後押ししている。

 更にギルドは税制面で優遇されているから、わざわざ法人を立ち上げるメリットも無いのだ。


 なんだかんだこれが決め手だろう、世の中結局は金である。

 その中で浪漫を求めるからこそ、この道は進む価値があるのだ。


「俺たちがこれから臨むのは大海のように広がるブルーオーシャン! さっき言った事業を展開している企業は少なくない、大手のダンジョンスマイルズなど最たる例だ! だが、何処まで行ってもあいつらは素人。俺たちが大手ギルドの仲間入りを果たした暁には高い専門性を活かして、奴らのシェアを強奪してやるのだ! ははは! 買収してやってもいいな! あのゴミクズ部長を俺の専属お茶汲み係にしてやろう! はっはっはっは!」


「なーんや個人的な恨みを感じんでもないが、ええやないけ。具体的なプランや、気に入ったで」


「あんた、凄いわね……色々と」


「フフ、私や正宗くんを誘ったのもそれの布石か」


「更に! 個人としての名声も獲得していく。そこに座っている柚乃など、女子大生のくせに渋谷を歩けばサインをねだられ、表を歩くときはサングラスにマスクときた! 素直に羨ましい!」


「ちょ、いちいち私を引き合いに出さないでくれる!?」


 人間、どこまで言っても承認欲求の塊なのだ。チヤホヤされたい、敬われたい。

 しかしそういった感情は時として人間を大きく成長させる。恥じるべきものではないのだ。


「そこで、俺から全員の初配信プランを説明する」


 俺はそう言って口角を上げ、ニヤリと笑った。

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