第8話 全員集合!【20240626改稿】

 正宗を勧誘して数日が明け、俺と柚乃は渋谷管理局の一室に用意された円卓に座っていた。


「にしてもすげーなー」


 スマホの画面をスクロールしながら机に突っ伏している柚乃に声をかける。


「なにが?」


「これだよ」


 俺が指さした画面には大人気配信者、『剣姫』柚乃の午後三時同盟脱退のネット記事が映し出されている。

 タイトルにはでかでかと『剣姫、午後三時同盟電撃脱退! 引退か!?』と書かれていた。


 コメント欄は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。


「あー、まぁこんなもんじゃない? もっと有名だったらテレビとかでも取り上げられるんでしょうけど、だんつべ登録者三十万人なんてこんなもんでしょ」


「ドライだなぁ……てか引退って書かれてるけど、新しくギルドに入るとか言ってないのか?」


「言ってないわ、脱退発表した後は一切ネットに触れてないもの。電撃的に辞めて、大々的に復活する。その方がインパクトあるでしょ?」


 流石大人気配信者、そういうツボの抑え方は上手いのだろう。柚乃は続けざまに口を開いた。


「てか正宗さんじゃないもう一人って誰なの?」


「俺の知り合いだよ、お前らの基準で言えば充分異常なやつさ」


「ふーん? ま、あんたが自分の異常さを理解してくれてなによりよ」


 そう言って怠そうに手を振る柚乃。


「おう! 遅れてすまんのぅ、東京は慣れとらんのや! 柚乃ちゅわぁーーん、おるか~?」


「ちょっと祐樹さん、このうるさい人なんなんですか! 祐樹さんのギルドメンバーだってエントランスで喚き散らしてたんでお連れしましたが、本当ですか!?」


 ドアが勢いよく開いて絶叫する染谷さんに続いて、正宗が部屋に入ってくる。


「よう正宗、悪いですね染谷さん。そいつ本当に俺の連れなんですよ、迷惑かけたみたいで申し訳ない」


「あ、そ、そうですか? ならいいんですけど……それでは私は失礼いたしますね」


 染谷さんはそう言って困ったような表情を浮かべながら部屋を後にする。

 ちらりと見えたその背中は酷く疲れて見えた、本当に申し訳ない限りである。


「正宗さんやっほ~、相変わらずうるさいねぇ。あ、私の半径三メートル以内に近づかないでね、キモいから」


「柚乃ちゃん辛辣ぅ!」


 正宗は柚乃と初めて会ったあの日、テンションが上がり過ぎた故に距離感をバグり散らかしてしまい、柚乃から変態認定されて接近禁止を言い渡されていた。

 これからギルドメンバーになるというのに、先が思いやられることである。


「あ、そういや正宗~、俺が頼んでたヤツどう?」


「ああ、あれなぁ。まぁあと数日はかかるわ、なんせ特殊な武器やしな。もうちょい待ちぃ」


「なになにあんた、正宗さんに武器でも頼んでる訳?」


 柚乃がズルい! と叫びながら身を乗り出す。


 何だかんだ言いながら正宗の腕は認めているのだろう、あの工房で爆発から生き残った剣を興味津々に見つめていたのを俺は知っているのだ。


「元々俺の武器は超マイナーだからな、そこら辺の奴じゃメンテナンスも難しい。オーダーメイドなんて夢のまた夢だが、正宗なら出来る。元々頼もうと思ってたんだが、良い機会だったからな」


「柚乃ちゃんの剣も打ったろか? 無料タダでええよ~~」


「あら、じゃあお願いしようかしら」


 その言葉に正宗が目を輝かせて、サムズアップしながら笑う。


「祐樹さん! ちょっとこの人どうにかしてください!! カウンターでいきなり祐樹さんの死体権利書チラつかせて私にドヤ顔かましてきたんですけど! よっぽど通報しようかと思いましたよ!?」


 血相を変えた染谷さんと、楽し気な笑みを浮かべたドロシーが部屋に入ってくる。


「アユハ、来たぞ」


「お前……何やってんだよ」


「なに、この女から何故かアユハを狙うような気がしてね、女の勘というやつが働いたのさ」


 その光景を想像するだけで頭痛がしてくる。


「す、すみません染谷さん……本当に……」


「はぁ……全く、今度ご飯でもご馳走してくださいね?」


 染谷さんは疲れた表情を浮かべながら、少し悪戯っぽくそう告げる。


「え、えぇ。勿論」


「ふっ、貴様が私のアユハと何をしようがアユハの死体は私のものだぞ?」


 俺が答えると同時、染谷さんの隣に立つドロシーはそう言って俺の死体権利書を再び染谷さんに見せびらかしていた。


「どこでマウント取ってるんですか! 要りませんよ!? 全く……私は仕事があるので失礼します」


 ぷりぷりと少し怒った様子の染谷さんは勢いよく扉を閉めると部屋から出ていった。

 本当に今度何かをご馳走しよう……そう決心しながらドロシーを指差す。


「お前、それ見せびらかすのやめろよ。見てみろ、柚乃はともかく正宗がドン引きするなんて異常だぞ」


「フフフ、天才とはいつの世も排斥されるものよ」


「うるせー、はよ座れ」


 俺が自分の座っている円卓をトントンと叩くと、ドロシーは「やれやれ」と呟きながら円卓の椅子に腰かける。


 因みにドン引きしていた柚乃はジト目でドロシーを見つめており、正宗は先ほどまでドン引きしていたのが嘘のように鼻の下を伸ばして「お姉さんや~」とうわごとのように呟いていた。


 だが、これでやっと全員集合である。


「さて、これで揃った! これが俺の、いや俺たちのギルドの設立メンバーだ!」


 俺が立ち上がってそう叫ぶと、他の三人がパチパチ、パチ……と盛り上がりに欠ける拍手をお見舞いしてくる。


「お、おい! テンション低いなお前ら」


「いやまぁ、だってこれただギルド作るだけでしょ? あんた、一日に何個の新規ギルドが作られてると思ってるのよ。百万円と四人いれば誰でも作れるのよ? 基本はパーティーの延長線上で、仲良しグループとしてギルド作るだけなんだから。あんた前に最強? とか言ってたけど、まぁ一旦は現実見た方が良いと思うわ」


「それにこれはお前がダンジョンに潜るためのギルドなんやろ? ギルドの規模でかくしようって言うんじゃあるまいし、別に適当でええやろ。ワイは早くこのダンジョンで鉱石掘って武器造りたいねん」


「私はアユハの死体権利書が貰えるから入っただけなので、別になんでもいい」


 これである。

 三人ともいかんせん俺がダンジョンに潜る為だけにギルドを作ろうとしていると考えている節がある。


 最強になろうとクサイ事言ってしまった柚乃ですら、割と現実的なことを言ってくるのだ。

 非常に面白くない。


「はぁ、まぁいいさ。とりあえず初めましての奴もいるだろうし、自己紹介から始めよう。まずは俺から」


 俺はそう言って円卓の上にジャンプした。


「阿由葉祐樹、二十四歳! 六年間社畜をやっていた! 活動名はカタカナでアユハにしようと思っている。表ではアユハと呼んでくれ。国内等級特等、国際ランクはS+! ダンジョンには基本仕事で潜っていた。よろしく」


 俺の自己紹介に対して、全員特に驚いた様子はない。

 正宗やドロシーが俺のランクを知るのは初めてのはずだが、当然のような反応を見せていた。

 多少は驚かれると思っていただけに少し肩を落とす、残念である。


「じゃあ次は私ね!」


 そのはつらつな声と共に、柚乃が立ち上がって手を挙げた。


「私は立花柚乃、活動名は普通に柚乃よ! 二つ名は『剣姫』だけど、柚乃って呼んで頂戴。国内等級は上等、国際ランクはB+よ! 午後三時同盟にいた頃は前衛をやっていたわ、私はパーティーで深層に潜っていたけど、ソロでも下層位なら潜れる実力はあるつもりよ! よろしく!」


「わー! 柚乃ちゅわーん! 最高に可愛いでぇ!」


「おい小娘、アユハの死体は私のものだ。勘違いするなよ? しない限りは目溢ししてやる」


 正宗はどこから取り出したのか、柚乃のイメージカラーである金色のペンライトを振っている。


 ドロシーは俺の死体権利書をドヤ顔で見せびらかしていた。


「……次!」


 俺がにっこにこでペンライトを振る、正宗の後頭部をバシンと叩く。


「いっつつ……何すんねんボケ!」


「早くしろ!」


「わぁーった、わぁーった。ワイの名前は三条正宗、二十五歳。苗字で呼ばれるのは好きやない、普通に正宗って呼んでくれや。国内等級は上等、国際ランクはA+やな。そこの祐樹と同じようにとはいかんが、深層はソロで潜れる。基本は採掘メインでダンジョンに行くが、まぁモンスター討伐もそれなりに出来るつもりや、自分とこの武具が壊れたりしたらワイに言え、以上! よろしゅーな」


 立ち上がって正宗が自己紹介をすると既に知っていた柚乃は特に反応を見せないが、珍しくドロシーが目を見開いていた。


 三条家の人間ということに驚いたのだろう。そうそう、そういうのが欲しいんだ俺は。


「私が言うのもなんだが、君の人脈は一般人のそれでは無いな」


 ドロシーがそう言って笑うと、立ち上がって自己紹介を始める。


 俺だってただの社畜がお前らみたいな奴らと友達になれたのは奇跡だと思ってるさ。


「私はドロシー・オブ・エレガンティア……」


「エレガンティアァ!?」


「エレガンティアですって!?」


 名前を聞いた柚乃と正宗の二人がドロシーの方へ身体を乗り出して叫んだ。

 やはりエレガンティアの名前には相当のインパクトがあるらしい。


 自分のことではないが、連れてきたのはまさしく俺! うーん、こう、なにか込み上げてくる気持ちよさがあるな!

 これが承認欲求が満たされる感覚なのだろう。


「……続けても?」


 ドロシーが俺へと視線を飛ばす。その視線から感じるが、別に二人の反応に関しては気にしていないようだった。

 元より自身を天才と称する彼女のことだ、内心満面のドヤ顔をかましているに違いない。


 俺は素直に頷いた。二人とも何やらうずうずとしているが、質問はあと、今は自己紹介をしてもらおう。


「んんっ、では、私はドロシー・オブ・エレガンティア。二十六歳、国内等級は特等、国際ランクはSS、エレガンティア本家に連なる者で、天才だ。ネクロマンサーで好きなものは死体、だが天才だ。アユハが着ているスーツ、肥えた権力者が身に着けるエレガンティアの服や装飾品、そのデザインや開発をしているのも私、故に天才だ。パーティー経験やギルド加入経験は無い、しかし深層など私の庭、つまり天才だ。アユハの死体は私のモノだが、それ以外には興味がない、よろしく」


 相も変わらず天才天才うるさい女だが、本当に天才なので質が悪い。

 正宗と柚乃も引き攣った笑みを浮かべている。


「さて、これで全員紹介が終わったな。何か質問がある奴いるか~?」


「あるに決まっとるやろが! この頭のおかしい死体女、エレガンティアってマジなんか!?」


 正宗が我に返ったように叫んだ、同時に柚乃もうんうんと激しく頷いている。


「マジだよ? お前もいうて三条の人間じゃん、別にエレガンティアがいてもおかしくないだろ?」


「おかしいに決まってるやろが! うちの家とエレガンティア一族を一緒にすんなや! 格が違うわ!」


「あんた、エレガンティアがどれだけか分かってるの? ダンジョンの興りと共に爆発的に名を挙げた一族、世界総資産の三分の一を保有するとまで言われる家よ!? こんな新設ギルドに居ていい人材じゃないわ!」


 図らずもドロシーを上げまくっている二人の言葉に対して、ドロシーは満足そうに頷いていた。

 俺がそんなドロシーに視線を向けると、気付いた様子のドロシーが口を開く。


「まぁ問題か問題でないか言えば、問題だろうな。私以外にも一族の人間でギルドに所属している者はいるが、私の一族の中での重要度は他の者の比ではないだろうからね、天才故に。だからエレガンティアの名は出さない、ただのドロシーとして活動していくつもりだ」


 そんなドロシーの言葉に、二人は少し考えこむような仕草をした後に「それならいいのかしら?」「ならええんか?」と言いながらうんうん唸っていた。


 そんな二人の様子を尻目に、俺はニヤリと笑う。

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