第7話 仲間集めその②
「どんな奴なの? 今から会うのって」
俺と柚乃は今、大阪行きの新幹線に乗っていた。
車窓からの景色を見ていた俺はそんな柚乃の言葉と共に、ボーっとしていた意識を覚醒させる。
柚乃は大人気配信者よろしく大きめのマスクとサングラスを着用していた、変装だろう。
「頼もしいやつさ、数少ない友人だよ」
「ふーん、あんた友達いたのね、にしてもスカウトに付き添って欲しいと言われた時は驚いたわ」
「ミーハーな奴なんだ、人気配信者の柚乃がいればコロッと頷くはずさ」
「なによそれ、私は餌ってわけ?」
「まーな、あ、そういえばお前のダンジョンカード見せてくれよ。俺のギルドに入るんだろ? メンバーの実力は知っておきたい」
隣で頬を膨らませて若干拗ねている柚乃は、ブツブツと何かを言いながらもダンジョンカードを俺に差し出した。
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名前:立花柚乃〈たちばな ゆの〉
年齢:20
所属ギルド:無し
所属パーティー:無し
登録武具:銀剣
階層主討伐数:36体
ダンジョン探索総数:564回
国内等級:上等
国際ランク:B+
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ふーん、ま。俺やドロシーのダンジョンカードを見た後だと特に感想も浮かんでこないが、これでも上位探索者。
俺が異常だと言われるのも納得だな、というかドロシーも大分異常だなこれは、顔合わせが楽しみだ。
因みに柚乃にはドロシーのことは伝えていない、とりあえず一人見つかったとは伝えていたが、それだけだ。
「ん? てか所属ギルド無しって……」
「あ、そうそう。ギルドならもう抜けてきたわよ」
「行動力!!」
女子大生の行動力は偉大だ、社畜の頃の俺なら眩しすぎて直視出来なかっただろう。
しかし不思議だ、今の俺はギルド設立の為にわざわざ大阪まで出向いている、人間どこでどうなるか等、本当に分からないものだ。
「あんたのギルドに入るって決めたんだもの、対外的な発表はまだだから内緒よ?」
「あの日からまだ三日しか経ってないってのに、よくすんなり辞めれたな」
「まぁ私そもそも午後三時同盟の正式なメンバーって訳じゃなかったしね、所謂エージェント契約してただけなのよ」
エージェント契約、それはよくある契約形態で、企業やギルドが配信者に対して様々なサポートを提供する代わりに、配信者は手数料を支払うというもの。
柚乃の場合は実力が伴っているダンジョン配信者だが、全ての配信者が中層以降の探索を行っている訳ではない。
中には完全にエンタメに振り切っている探索者も多い為、そういった人間は企業やギルドと互いに得をする形で契約するパターンが多いのだ。
そんなことを話しているうちに目的の天王寺駅に着いたようで、周りの乗客も降りる準備を始めている。
「降りるぞ~」
「はいはい」
天王寺駅から暫く歩くと、聳え立つ地上八十階建て、現在の関西を象徴する高層ビルが視界に映る。
「ここ? ここって……」
「そ、ダンジョン探索に欠かせない武器、防具の国内最先端。
楽市楽座ビル、地下に広がる天王寺ダンジョンの上に建てられた高層ビルで、中には武具を取り扱う店が大手から個人まで所狭しと並んでいる。
「確か天王寺ダンジョンって、国内で唯一ダンジョン庁が管理してないダンジョンだったわよね」
「ああ、天王寺ダンジョンは日本が誇る睦星財閥が所有している国内唯一の私有ダンジョンで、ここではダンジョンカードが無くても地下五階層までなら一般人でも立ち入りが可能だ。流石に五階層以降はダンジョンカードが必要だけどな」
「確か地下五階層まではモンスターが出現しないんだったかしら」
柚乃の言葉に俺は頷くと、ビルの中へ歩を進めた。
一階のエントランスは普通のビルと同じような光景が広がっているが、探索者らしき人物がちらほらと見える。
そんな雑踏を掻き分け、エレベーターで地下へ向かう。
暫く下っていくと「ポーン」という電子音と共に扉が開いた瞬間、凄まじい熱気と鉄を打つ音が全身を打った。
「さて、柚乃は初めてだったな? ここが天王寺ダンジョン、通称『日本の
そこには地下に広がる巨大な街の灯りが、まるで星の海のように輝いていた。
「天王寺ダンジョンの五階層までは職人街が広がっている、ここには鍛冶屋や工房が連なっていて、ここで造った武器なんかを上のビルで販売しているわけだ。気軽に入れて危険も無い、観光名所としても有名だな」
「一回は来たいと思っていたのよね~~、あんたと二人ってのがちょっと気に入らないけど……確か温泉とかもあるんでしょ?」
「ああ、あるぞ」
俺はスマホの画面を確認した、約束の時間まではあと一時間程ある。
「目的の五階層まで進んで少し街をぶらつこう」
「いいわねそれ!」
「流石に温泉は行けないぞ」
そんな事を言い合いつつ、人波みに飲まれながら歩き出した。
観光を楽しみつつ五階層に到達した俺たちは、全ての露店に突撃しようとする柚乃の首根っこを掴みながら目的の場所を目指す。
周囲には鉄を打つ音と職人の怒声が常に響いており、観光客らしき人たちは少しビクビクしながらも露店の食べ物に舌鼓を打っているようだった。
かく言う柚乃の両手にもいっぱいの食べ物が抱えられている。
「にしてもダンジョンとは思えない光景ねぇ」
柚乃がリスのように頬を膨らませながらそう零す。
「六階層からは普通のダンジョンが広がっている、天王寺ダンジョンの危険度はSS、国際的に見てもレベルの高いダンジョンだ。しかし特殊なのは間違いないな、世界でも三つしかないダンジョン街だ……っと柚乃、あそこだ」
俺は少し先に見える工房を指差す、その瞬間工房の入り口から炎が噴き出して爆発音が轟いた。
「はっはー! また政宗んとこだぜ!」
「今日のも派手だなぁ~~!」
「ほらな! 今日も爆発したろ? 賭けは俺の勝ちだな!」
周囲では職人たちがガヤガヤと騒いでおり、隣の柚乃は咥えていた串をその場に落とす。
「まーたやってんのかよ」
俺は溜息を吐きながら瓦礫の山を超え、外れたドアを踏みしめながら工房の中を覗き込んだ。
「おい正宗、来たぞ~。客が来る前なんだから爆発は勘弁してくれよ、連れも驚いてるんだが?」
そう声をかけると、ガラガラと瓦礫を掻き分ける音と共に男の叫び声が響いた。
「あ~~~? なんや祐樹、もうおったんか! お前の連れなんか別にどうでもええわ。つか聞いてくれや! 新種の鉱石を深層で見つけたから試しに叩いてみたらボンや! カッカッカ!」
笑い声と共に立ち上がった男、
「久しぶりだな、正宗」
「おう、ひっさしぶりやのぅ祐樹。お前が仕事以外でここに寄る言うた時は槍でも降るんちゃうか思ったが、まさか工房が爆発するとはなぁ! お前のせいや金出しぃ」
そう言って上に向けた掌でチョイチョイと手招くような動作をみせる正宗は、黒髪の短髪に赤いはちまきを巻いてる青年だ。
その装いはタンクトップとジーパンというシンプルな姿だが、今は爆発の影響で全身が煤まみれになっている。
放蕩息子ながらその血筋、家柄、そして鍛冶師としての実力は確かな男で、俺がギルドに加えたい最後のメンバーだ。
「殆ど毎日爆発してんだろ? 何言ってやがる」
そう言って笑うと正宗も笑い返して俺に拳を突き出してきた、俺は自分の拳をそれに合わせる。
「にしても、流石に爆発現場で話すってのはなぁ」
「爆発したのは工房だけや、奥の部屋は無事やからそっちで話そか」
「じゃあ先に行っといてくれ、連れ呼んでくるわ」
「おー、茶でも用意しとくわ」
俺は恐らくまだ外で放心しているであろう柚乃の存在を思い返し、入口へ踵を返す。
「おーい柚乃、行くぞ~~」
案の定柚乃はオロオロとした様子で周囲を見回しているが、俺に気付いて安堵の表情を浮かべた。
「あ、祐樹! あんた置いていくんじゃないわよ! てかなんで爆発したのに周りの人たち笑ってんの!? ここ怖いんですけど!」
「まぁ気にするな、ここでは笑い話にできる位の出来事ってことさ、ほれ行くぞ」
「あ、ちょっと!」
俺は再び瓦礫を踏み越え、正宗の部屋へと続く扉の前に柚乃と共に立ち並ぶ。
部屋の中からは正宗の鼻歌が聞こえてきた。
「頼みがあるんだが、お前俺が呼ぶまでここで待っててくれ」
「え? ま、まぁいいけど何で?」
「お前は今回のスカウトにおける切り札だからな、切り札は然るべきタイミングで使うのさ」
そう言ってウインクを飛ばすと、柚乃は訝し気な表情を浮かべながらも頷いた。
俺はそれを確認して扉を開く。
「ん? あー? お前連れはどうしたんや、せっかく茶も準備したっちゅーに」
「後で紹介するよ」
そう言って俺と正宗はちゃぶ台を囲んで座り込む。
「んで? ワイはてっきりお前の連れの武器でも作ってくれって用事かと思ったんやが?」
「違う違う、俺が今日来たのはお前をギルドに勧誘する為だ」
「はぁ!? ギルドォ? お前仕事はどうしたんや」
「やめたよ」
俺がそう言うと、正宗は目を見開いて大声で笑いながら膝をパンパンと叩いた。
「そうかそうか! やっとあのゴミカスブラック企業辞めたんか! ええことやん、そんで探索者デビューかいな」
「ああ、そこでギルドを新設することになってな、最低四人必要な初期メンバーはお前で最後って訳だ」
そう言って指を指すと、正宗は少し困ったように頭をポリポリと掻く。
「うーん、ワイをそこまで買うてくれてるのは嬉しいんやが……無理やで、ワイはここで鉱石を掘って武器を作ることが生きがい。ギルド入って探索者なんてガラやない、そこそこ長い付き合いやんけ、分かっとるんやろ?」
正宗は鍛冶師であると同時に採掘師でもある。採掘師とはダンジョンに潜り鉱石を掘り出す者たちのことで、鉱石は武器、防具、装飾品、エネルギーなど幅広い方面で活用される。
採掘師は基本的に戦闘は不得手だが、正宗は違う。ドロシーと同じく単身で深層に潜れる実力者だ。
「お前の生きがいは武器を作ることじゃなくて、武器を選びに来た有名人と会う事だろーが!」
「だ、だまらんかい!」
正宗は焦ったように手に持ったコップを呷る、勢いよく飲みすぎたのか「あちっ!」と叫んだ。
分かりやすい男である。
「お前のダンジョンカード見せてくれよ」
「なんや急に」
「いや、もしお前が誘うまでも無いような実力なら、それはそれでいいだろ?」
「そ、それはそれで何か嫌やけど……まぁええわ」
嫌そうな顔を浮かべながら、正宗が面倒くさそうにダンジョンカードを投げ渡してくる。
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名前:三条正宗(さんじょう まさむね)
年齢:25
所属ギルド:無し
所属パーティー:無し
登録武具:鋼鉄のツルハシ
階層主討伐数:64体
ダンジョン探索総数:2325回
国内等級:上等
国際ランク:A+
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「ほーん、お前やっぱ欲しいわ」
流石ダンジョン街に住む男、ダンジョン探索回数はドロシーよりも多い。欲しい、是が非でも欲しい!
「なんやねん! せやから無理やっちゅーねん。大体他の二人は誰なんや? ワイはどこの馬とも知れん奴とは組まん! お前と二人でパーティー組むくらいならええけどな、ギルドで仲良しごっこは嫌や、それにこのダンジョン街からも出ないとあかんのやろ?」
「ああ、拠点は東京にする。俺以外の二人も東京だしな」
「尚更無理やわ! ワイは岩砕いて鉱石掘ってる瞬間が一番好きや、鉄打つのにも誇りを持っとる……お前がダンジョン配信者に憧れとったのは知っとった、ワイの客の中でもお前ほどの実力者はそうおらん、お前のギルドに入ればいずれは名声も銭も手に入るんやろう、じゃがな、ワイは自分の武器に惚れ込んでくれた可愛いダンジョン配信者を嫁に貰うっちゅー使命があんねん。そしてその近道はこのダンジョン街に住むことや、分かるか?」
捲し立てるようにそう言う正宗の真剣な瞳を俺は見つめ返す、お互いの視線がぶつかり合った。
なるほど、こいつはこういう男だった。鋼のように硬い意思を持つ頑固者、嫌いじゃない。
「じゃあやっぱりギルドに入るべきだ、だってそうだろ? ギルドに入れば今以上にダンジョン配信者とお近づきになれるチャンスが増えるぞ?」
「うぐ……そ、それは」
あれ、鋼のような意思、揺らいでない?
「そして最後に、お前は美少女ダンジョン配信者と同じギルドに入る事が出来る、設立メンバーとして!」
「はぁ? 美少女ダンジョン配信者ぁ? 誰やねん、言うとくがワイの目は肥えとんで? そこら辺の無名配信者なんぞ……」
「さぁどうぞご覧ください! 剣姫の入場です!」
正宗の言葉を遮って俺が声高らかにそう叫ぶと、頬を赤く染めた柚乃が扉を開いて部屋に入ってくる。
「び、美少女って……否定はしないけど」
あら照れていらっしゃる、可愛らしいじゃないか。
「け……剣姫!?」
ニヤニヤしながら柚乃を見た後に視線を正宗に移すと、その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
目を見開いて鯉のように口をパクパクとしている。
「設立メンバー、剣姫柚乃だ。午後三時同盟からうちに入ってくれることになっている」
「お、おま! 冗談やろ!? 嘘やんな剣姫!?」
「あー、本当よ?」
照れ笑いと共に頬を掻きながら柚乃がそう言うと、もの凄い勢いで正宗が後頭部から倒れ込む。
「神はいらっしゃった、私のこれまでの人生は今日この為にあったのですね……」
お前標準語になってんじゃねーか!
「で、どーする? 正宗」
俺がニヤリと笑って倒れ込んだ正宗を見下ろすと、正宗は今日一真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「はよ契約書よこせや」
こうしてギルドに必要な最後の一人、三条正宗が仲間になったのである
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