第6話 仲間集め、その①

 原宿、大通りの喧騒が微かに聞こえてくる裏路地に俺は立っていた。

 目の前には知らなければ読めないほどに掠れた文字で、ゴミのような木の板に『エレガンティア工房』と書かれている。

 俺はその看板の隣のドアをドンドンと叩いた。


「おーいドロシー、いるんだろ? 祐樹だ」


 しかし、ドアの向こうからは何も返ってこない。


「おーい! おい!」


「ああもう騒がしい!」


 ふとドアが勢いよく開いて俺の顔面に激突した。その衝撃で尻もちをついてしまう。


「いっつつ……おい! ドアの前に人がいるとか考えないのかよ!」


「生憎と、私を訪ねるような者はそういないのでね」


 傲岸不遜な物言いを聞きながら、俺は痛む鼻を抑えつつ顔を上げる。

 そこには膝下まで届くような深い紫色の長髪を揺らす、左目に眼帯を付けた深紅の瞳を持つ美女が立っていた。


 その装いはオフショルダーのトップスとショートパンツにミドルブーツを履いており、全身は暗めの色で統一している。


「それで? 私の作ってやった服に何か文句でもあったのか?」


 今俺は眼前の美女とテーブルを挟んで酸っぱい匂いのする、飲んでも平気なのか心配になるコーヒーを手に向き合っていた。


 周囲には生地のロールに、よく分からない薬品や鉱石がゴロゴロと転がっており、顔の上半分を隠すような仮面を着けたメイドが動き回って掃除をしている。


「……新入りか?」


 俺はそのメイドを顎で指した。


「ああ、良い素体が手に入ったのでね。天涯孤独の上等探索者だ、よく働いてくれてるよ」


 そう言ってフフ、と笑いながらコーヒーカップに口を付ける眼前美女を眺める。

 ドロシー・オブ・エレガンティア。

 その正体はアパレル・装飾品を中心に展開するハイブランド『エレガンティア』を所有する世界的財閥、エレガンティア一族の令嬢である。


 以前原宿ダンジョンの深層に一人で潜っていたドロシーを助けたことで、それ以降スーツ型の装備を作って貰ったり、メンテナンス等を頼んでいる。

 一人で深層に潜り、尚且つ十万人に一人の割合で発現すると言われる魔法の使い手ながら、超高レベルの技術者という文句の付けようが無い実力者なのだが……


「しかし本当に惜しい、アユハ、君は一体いつ死体になってくれるんだい? 早く死体の君と甘い結婚生活を送りたいものだね」


 言動から察することが出来るように極度の死体愛好家であり、死体を操る『ネクロマンス』の魔法の使い手だ。

 部屋の中を歩いているメイドも、何処かの探索者の死体から作り出した操り人形。

 倫理が飽和したこの世界においても、世間一般から受け入れられるものではない。


「残念ながら死ぬ予定はねーよ」


「ふむ、非常に残念だ。あ、そうそう良いものを見せてやろう」


 ドロシーはそう言って指をパチンと鳴らした。


 直後、ドロシーの背後に不気味なオーラを纏った、真っ黒い数メートルはあろうかという左腕が地面から出現する。


「おいおい、これって……」


「魔神の左腕だ、ツァーリ帝国のダンジョン深層で見つけた。美しいだろう?」


 ドロシーは人間の死体だけでなく、魔物の死体も操ることが出来る。

 ダンジョンやモンスターにも探索者と同様ランクのようなものが振り分けられており、それは危険度として表される。


 正確には分からないが、この魔神の左腕はモンスターの中で最高ランクと謳われる危険度SSS相当だろう。

 漂ってくるプレッシャーがピリピリと肌を焼くようだ。


「こんなもん見せられたら尚更誘うしかないな」


「誘う? 何に」


 ドロシーが肩をピクリと跳ねさせ、フィンガースナップと共に召喚した魔神の左腕を引っ込める。


「実は俺会社を辞めたんだ、そんで探索者になろうと思っててな。ギルドを設立することになった、その立ち上げメンバーになって欲しい」


「ほぅ……? エレガンティアを、その中でもこの私をギルドに誘う事の意味を理解しているのかな? アユハ」


 ドロシーの輝く真紅の瞳が俺を刺す。


「別にエレガンティアを名乗れって言ってるわけじゃない、本名でダンジョン探索者をやってる奴の方が今は少ないしな。俺はエレガンティアであるお前じゃなくて、ドロシーが欲しいんだ」


 柚乃は本名でダンジョン探索者をやっているが、所謂活動名を設定してダンジョン探索や配信をしている人間も多い。

 かく言う俺も本名でやるつもりはない、名前は考え中だけど。


「ふむ、熱烈なアプローチは大変有難いがね、私に一切のメリットがない。私はこの工房で服や装飾品を作り、死体と共に暮らすこの生活に満足しているのだよ。私が技術を提供している限り一族も静かだしね」


「そう言うと思ったよ、これを」


 俺は一枚の紙をドロシーの前に差し出す。


「……これは!」


「そう、ギルド加入の代わりに、お前が欲しがっている俺の死体の権利をお前が保有する、その契約書だ」


 この世界において死体や遺品は非常に大きな価値を持つ。

 例えば上位探索者の死体は研究材料として、その者が持っていた遺品は金銭的にも、ダンジョン攻略という面においても有力なのだ。


 ドロシーのような魔法に利用されたりもするが、それは非常に稀なケースであり、基本は国に持っていかれる。

 故に研究に利用されたくないという探索者は、死体の権利を生前に明確化させておく文化が一部に存在していた。


「ほうほうほう、つまりアユハが死んだら私は君の死体を好きにしていいと?」


「ああ、召使にするなり実験材料にするなり好きにしろ」


「君は随分と自分に価値を感じているそうだが、私が様々なリスクを考慮した上で君の死体一つと引き換えにギルドに加入すると本気で思ってるのかぁい?」


 口ではそんなことを言っているが、ドロシーは涎を垂らしながら両手をワキワキと動かしている。


「ま、要らないって言うならいいさ、別を当たるだけだ」


 俺がそう言って契約書を仕舞おうと手を伸ばすと、目にも留まらぬ速さでドロシーがそれを強奪する。


「要らないとは言ってない!! よし、よし分かった。いいだろう、お前のギルドに入る、これはもう私のだ!」


 はいチョッロ~~~、眼前でドロシーは契約書に即座にサインしている。

 手に持っているペンが人の指の形をしているのには突っ込まないでおこう。


「因みにお前、ランクはなんだっけ?」


「ん? お前そんな事も知らずに私を勧誘していたのか?」


「そりゃお前、深層にソロで潜れる人間が弱い筈がないしな、ダンジョンカード見せてくれよ」


「ふむ」


 ドロシーはポケットからカードを取り出し机の上に置く。

 どれどれ?


 ════════════════════

 名前:ドロシー・オブ・エレガンティア

 年齢:26

 所属ギルド:無し

 所属パーティー:無し

 登録武具:不死の杖剣

 階層主討伐数:382体

 ダンジョン探索総数:1095回

 国内等級:特等

 国際ランク:SS

 ════════════════════


「うげ」


 どこのダンジョンを探索したのか等は管理局の設備でなければ確認することは出来ないらしい、だがこれは……想像以上の逸材だ。


「なんだその声は」


「あ、いやいや。お前、思ったよりも強いんだな……」


「当たり前だろ、私だぞ?」


 ふむ、うちのギルドの女性陣は頼もしいらしい。

 その後俺はドロシーに前職の愚痴を語りながら、久し振りの再会とギルド加入を祝って朝まで語り明かした。

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