第4話 俺は「また何かやっちゃいました?」にはならない【20240625改稿】

 さて、俺は現実を受け止める必要が出てきたようである。


 何故なら今この部屋にいる、剣姫と呼ばれる登録者三十万人を超える大人気ダンジョン配信者の柚乃、ダンジョン庁渋谷管理局局長の嘉一、そして死んだ魚のような目をしたお姉さん受付嬢の染谷さんに説明をしなくてはいけない雰囲気だからだ。


 俺は何を隠そう空気を読むのは苦手だ、空気とは吸うものであって読むものではない。だが苦節六年、ブラック企業で働いてきた俺にとってこれは難局ではない!


「さて、これを見てどう思う? 柚乃君」


 嘉一が呆れ半分驚き半分の表情を浮かべる柚乃に問いかける。


「どう見るもなにも、これは異常です。正しい情報なんですかこれ? 機械の故障って言われた方が説得力ありますよ」


 む。俺の六年に及ぶ努力の結晶が馬鹿にされたようで少し腹が立つも、俺は空気を読んで喋らない。

 ここで妙な事を言えば、俺は「あれ? 俺また何かやっちゃいました?(笑)」的な感じで周りの人間から白い目で見られるのは目に見えている。


 故に正解は沈黙! 別になんて言おうか困っているからでは断じて無い。


「残念ながら五回位試してます……」


 この部屋に入って久し振りに聞いた染谷さんの声は今にも消え入りそうだった。


「なぁ祐樹君、ここには表示されていないが、君がダンジョン探索者として登録して今日までで二二七六日だった。約六年だ、その期間で三三八四回のダンジョン探索を行っているという事はだ、年間二百日以上しかも一日に複数回ダンジョンに潜っている計算になる。私としては君がマジの死神でダンジョンのモンスターと言われた方がまだ納得できるというものなんだが、どうかね?」


「いやぁ~、どうかね? と言われましても、弊社は年間休日六十日あれば良い方でして、それに半日納品は最長です。基本は数時間で納品なんてのもザラでしたので、まぁ計算としては妥当なんじゃないですかね?」


 自分で言っていて悲しくなってきた、それだけならまだいい。厳重に蓋をしたはずのトラウマボックスから社畜時代のあんな思い出やこんな思い出が洪水のように溢れ出てくる。

 今日は可愛いお姉さんが慰めてくれるお店に行こう、これは心がもたない。


「そ、そうか。うむ、ダンジョン時代になって昔ほど労働環境の締め付けが強くないとはいえ流石に行政指導ものだなそれは、私の方から上に報告しておこう」


 嘉一が汗を流しながら咳ばらいをする。おや、知らぬ間に昔の同僚を救ってしまったらしい、戦友たちよもう少し辛抱しておくれ……


「とはいえだ、これで故障ではないことが明確となった。逆に問題だな、故障であって欲しかったよ」


「ですね、こんな情報が世間に出回れば大騒ぎになりますよ」


 神妙な面持ちになった嘉一と柚乃。何故なのだろう? 探索回数が異常というのは流石の俺でも分かる、だがそれだけだ。


「はぁ、あんた理解してないって顔ね」


「げ」


 柚乃め、出会って間もないくせに中々俺のことを分かっているじゃないか。


「いい? これがあんたのダンジョンカードの情報よ、よく見なさい」


 そう言って机の上の書類を俺の鼻の先に突き付けてくる。


 ════════════════════

 名前:阿由葉祐樹〈あゆは ゆうき〉

 年齢:24

 所属ギルド:無し

 所属パーティー:無し

 登録武具:鋼線【無銘】

 階層主討伐数:2011体

 ダンジョン探索総数:3084回

 国内等級:特等

 国際ランク:S+(海外ダンジョン未探索の為)

【ダンジョン探索記録】

 ――――――――――――――――――――

【東京】渋谷ダンジョン:984回

 最高到達階層:96層★

 ――――――――――――――――――――

【東京】新宿ダンジョン:652回

 最高到達階層:87層

 ――――――――――――――――――――

【千葉】習志野ダンジョン:542回

 最高到達階層:100層

 ――――――――――――――――――――

【東京】千代田ダンジョン:232回

 最高到達階層:■■■層★

 ――――――――――――――――――――

【東京】原宿ダンジョン:195回

 最高到達階層:89層

 ――――――――――――――――――――

【大阪】天王寺ダンジョン:154回

 最高到達階層:98層

 ――――――――――――――――――――

【北海道】札幌ダンジョン:102回

 最高到達階層:95層

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【宮崎】宮崎ダンジョン:67回

 最高到達階層:99層★

 ――――――――――――――――――――

【北海道】網走ダンジョン:37回

 最高到達階層:92層

 ――――――――――――――――――――

 未登録ダンジョン:119回

 最高到達階層:124層★

 ダンジョン庁による認可が必要

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「問題の部分を教えてあげる」


 柚乃はそう言って一つずつ指を指し始めた。


「まず、全国のダンジョン行き過ぎ。普通探索者は多くても三つ位のダンジョンしか潜らないの、遠征とかで色んなダンジョンに行くことはあっても精々五十階層位の中層までよ、それに比べてあんたのコレなに? 行脚あんぎゃでもやってたの? 行脚なら四国も行きなさいよ! あと回数もバグってるわ、ここに関しては言うに及ばずよ!」


「どこにキレてんだよ……」


「次に、深層行き過ぎ。深層ってのは八十階層より下の階層のことね、そもそも深層に潜れる深層探索者はエリート中のエリート。私も一応深層探索者ではあるけど、慣れてる渋谷ダンジョン以外の深層には潜れない、よく理解していないダンジョンの深層に潜るのは自殺行為だからよ。てかこれまでに発見されている最大階層は百階層まで、何よ百二十四層って! 学会に提出したらあんた、なんか賞貰えるわよ! 多分、知らんけど」


「知らねーんじゃん……」


「そんで、意味わかんない。なんであんた千代田ダンジョンとか未登録ダンジョンに潜った形跡あるわけ? さっきの教習の時自分で言ってたわよね? 千代田ダンジョンは一般公開されてないって、なんでその千代田ダンジョンに二百回以上潜ってんのよ!? あと未登録ダンジョンてなによ!」


「新しく見つかったダンジョンの格付けやら下見やらする為に、名称未定のダンジョンを先行探索したりするのも仕事だったんだよ。多分その二百回ってのは一つの未登録ダンジョンじゃなくて複数の未登録ダンジョンが合算された結果だな、百二十四層はその中で一番深い階層だったはずだ。千代田ダンジョンに関しては守秘義務があるからノーコメントで」


「なによそれ! 羨ましい!」


「うるせーな」


「最後にランク高過ぎ! あんた日本だけで何人の探索者がいるか知ってる? 約百万人よ、その中で上等は約二千人、この時点で全探索者の上位〇.二パーセントな訳。その中で特等なんて良くて十数人いるかどうかよ!? つまりあんたはこの国でトップレベルの探索者ってこと! 国際ランクなんて計算すら面倒だわ!」


「面倒がるなよ……」


 捲し立てるような説明だったが、柚乃のおかげで何がヤバいのかは大体分かった。しかしその上で、だ。


「嘉一さん、俺には分からないんだが、なんでこれが不味いんだ? 自分で言うのもなんだが有望な探索者が出ましたね。で終わる話じゃないか」


 そう言うと、嘉一は弱ったようにこめかみを抑えながらため息を吐いた。


「確かに社会的に見れば歓迎される出来事だ、しかし問題は我々側……というより探索者サイドだ。通常、探索者登録した者はダンジョンユーザービルボードに掲載され、ランクがリアルタイムで確認できる。そしてこのダンジョンユーザービルボード……なげぇな。通称ダンビルは各ギルドや探索者コミュニティの微妙な勢力バランスを保つのに有効だ」


「はぁ……?」


「あんたねぇ、つまりポッと出の新人がバケモンみたいな実績振りかざして急にダンビルの上位に、下手したら天辺に届きそうなとこに出てくるのよ? 各ギルドはあんたを取り込もうと躍起になるわ。みんな遊びでダンジョン探索をしている訳じゃない、常に人材や素材の奪い合いは起こっていてギルド同士の抗争や殺人、誘拐なんかも珍しくはないの」


 ははーん、見えてきた。つまりギルドからすれば俺は草むらに現れた伝説のモンスターで、管理局側からすれば下手すりゃ戦争の火種になるから扱いに困るってことね。


「ありがとう柚乃君、そういう事だ」


「なるほど、理解しました。それで? 俺にどうして欲しいんですか?」


「話が早くて助かる。管理局側の理想として君の情報が出る前にいずれかのギルドに加入してもらいたい。そして可能であればダンジョン配信者になって欲しい」


「ギルドに加入するのは理解できます、しかし何故ダンジョン配信者に?」


 言われずとも配信はする予定だが、それが管理局側の希望として出てくるのは予想外だ。


「ダンジョン配信者は今や立派な職業だ、そこにいる柚乃君しかり配信者としての地位は影響力に直結する、それはつまり様々な組織が君に手出しし辛くなるということ。更に優秀なダンジョン探索者の存在はそのまま国力に直結する。ダンジョン文明とも呼ぶべき昨今において、ダンジョン産の装備や強いギルド、優秀な探索者の有無は国防や外交において大きなカードになるんだ」


「な、るほどなるほど」


「特に我が国はロシアと中華連邦からの干渉が激しくなる一方だ、優秀な探索者はドンドン表に出していきたい」


「ダンジョン配信の件は言われずともする予定でしたが、ギルドに関しては少し考えさせてください。恥ずかしながらどこのギルドが強いとか、ギルドに入るメリットなど何も知らないんで」


「そこに関しては隣にいる柚乃君の出番だ、元々その為に来てもらったのだしね」


 嘉一がそう言うと柚乃がドヤ顔をこれでもかと見せつけてくる。


「私はこれでも上等冒険者、国際ランクもB+! 所属してるギルドも大手も大手の超大手! 『午後三時同盟』よ!」


「ごごさんじどうめぇ?」


 ダッサ。

 思わず鼻で笑ってしまった。

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