第2話 剣姫の教習【20240625改稿】

「えー、こほん。初めまして、本日教官を務めさせていただく立花たちばな柚乃ゆのです。皆さんよろしくお願いしますね」


 こほんって言うやつ現実にいるんだな。

 そんな感想から始まった教習、会場には三十人ほどの探索者がいた。


 この教習はどうやらダンジョン庁が義務付けているものらしく、教習当日に探索者登録を申請した人間しか受講出来ない仕組みらしい。

 その代わり毎日数回開催しているので、教習が受けられないといったことは無いのだとか。


 今日の教官が現役女子大生大人気配信者の『剣姫』こと柚乃であったのは他の参加者も寝耳に水だったらしく、全員が輝く瞳で柚乃を凝視している。


 そんな彼女と言えば、緊張しているのか少し顔が赤いようだ。

 整った顔立ちで金色の髪はサイドテールに仕立てており、青いシュシュが印象的な美少女。

 軽装の部分鎧を着用しており茶色のミニスカートをひらひらと揺らしている、腰には剣姫を象徴する銀に輝くロングソードを差していた。


 聞けば国内において上位探索者だと言うし、容姿と実力の両方が備わっているからこその高い人気なのだろう。


「それでは教習を始めます」


 おや、教習が始まるようだ。


「まず基本から確認していきましょう、しっかり聞いておくように! では参ります、まずダンジョンとは?」


 え、そこから話すのか? 正直戦い方や探索のコツなどを実演形式なんかで教えてくれるのかと思っていたので肩透かしもいいところだ。

 そこからは十分ほどかけてダンジョンとは何かという説明が続いた。


 因みにダンジョンとは別名迷宮とも呼ばれる、数十年前に突如出現した空間や建物のことだ。

 基本的には地下に広がる広大な空間として世界に発生する。

 それらは現実世界とは別の空間に存在しているようで、有り得ないほど広大な森が地下に広がっていたり、地下なのに空や太陽があったりと、現代においても謎に包まれている部分が多い。


 因みに地下に発生する迷宮型以外にも尖塔型や宮殿型、まだ世界で一つしか確認されていない空中大陸型などが存在する。

 ロマンの塊なのだ。


「といったところですが、質問は? ……ありませんね。それではダンジョンを取り巻く様々な機関やルールに関する説明に移ります」


 参加者も流石に一般常識に対して質問するようなことは無いらしい、お次はダンジョン庁の話が始まった。

 まるで学校の授業だ、ひっじょーに退屈である。寝てしまおうか?


「今皆さんがいる建物は防衛省外局のダンジョン庁が管理しています。基本的にダンジョンに関わる様々な事柄はこのダンジョン庁の管轄ですので、よく覚えておいてくださいね。各ダンジョンにはここのようなダンジョン管理局が設置されており、渋谷管理局は国内の管理局の中でも大きな方です」


「因みに一番大きな管理局ってどこなんですか?」


 初めて参加者の中から質問が出た、金色短髪の青年だ。歳は十八くらいだろうか? 日本ではダンジョン探索者の資格は十六歳から取得でき、国内の高校にはダンジョン科なども設立されているほどなので、別に驚くことでもない。


「そうですね……私はここ渋谷がホームなので断言は出来ないんですが、習志野管理局は自衛隊の駐屯地が併設されているので大きく感じましたね。すみません管理局自体で一番大きな所は私も分からないんです」


 少し困ったように眉を下げ、柚乃は頭を下げる。質問した青年はやってしまったとばかりに狼狽えていた。

 しかし、教官がそれでいいのだろうか? ここは一応先輩として青年の純粋無垢な疑問に答えてあげるべきだろう、俺はそんなことを考え挙手する。


「え? ええと、そこのあなた」


「一番大きな管理局は千代田管理局ですよ。あそこは皇居が近いですし、一般開放されていないダンジョンの管理局ではありますが、特に大きな関東圏の管理局を束ねる役割を担っているので、全国で最も設備が充実していて、研究棟なんかも併設されています。敷地面積も建物自体も、日本で最も大きな管理局になりますね」


 質問が飛んでくると思っていたのか、剣姫サマは目をまんまるに見開いていた。


「え、えっと。詳しいんですね? 補足ありがとうございます」


 周辺から「空気読めよ」とか「ダンジョンオタクかよきっしょ」とか聞こえてくる、ふと視線を向けてみれば、質問をした青年は俺を睨んでいた。

 うん、帰りたい。俺はただ正しい答えを教えてあげただけなのに……耐えきれなくなって咄嗟に俯く。


 だがしかし、こちとら六年ブラック企業でメンタル鍛えられてるんだ! 舐めるな小僧共! そう思って青年にドヤ顔でも食らわせてやろうと思えば、青年は既に俺のことは眼中外のようで柚乃に熱い視線を送っていた。


 別に気にしてはいない。本当に。


「さ、さてそれでは管理局で何が出来るのかを説明しましょう! 管理局では皆さんが今日申請したかと思いますが、ダンジョンカードの発行、つまり探索者登録やダンジョンで獲得した素材などの査定や売却に購入、パーティーやギルドの設立、メンバー募集やクエストの依頼と受発注なども行えます、ここ渋谷にもありますが食堂なんかも付いていたりしますね」


 因みに味は結構美味しいですよ。と付け加え、柚乃はにっこりと笑みを浮かべる。その笑顔一つで先ほどまでの微妙な空気が消え去ったのだから流石有名配信者である。


「さて、続いてはダンジョンカードに関して! 一番大事なところなのでしっかり聞いていてくださいね。ダンジョンカードには業務用と個人用がありますが、とりあえずは個人用のお話だけします」


 そう言って柚乃はダンジョンカードの説明を始める。先ほどから思っていたことだが、どうにも柚乃の説明は回りくどいというか、直ぐ伝えられるものをわざわざ回り道して伝えているような感覚になる。


 これが社会人と配信者の違いというものなのだろうか?

 しかし、俺自身業務用のカードしか扱ったことが無いため、ここだけはしっかりと聞いておくことにする。


「ダンジョンカードは身分証の役割も果たします。探索者にはランクというものが存在しており、ダンジョンカードに記録されている『いつ』『どこの』ダンジョンに『何回』『何層まで』探索したかという情報を元にランクが付与されますが、がむしゃらにダンジョンに潜ればランクが上がる訳ではありません、例えばダンジョンの未探索エリアを踏破したり、階層主を倒すなどの目に見える実績も重要ですからね」


「立花さんのランクはどの位なんですか?」


 今度は先ほどとは違い、制服姿の黒髪ロングで可愛らしい女子高生が質問を飛ばす。


「私は今国内等級で上等、国際ランクではB+になります。国内等級とは日本国内のみのランクで、上から特等、上等、一等、二等の四種に区別されます。国際ランクとは文字通り国際基準のランクのことで、上からSS、S、A、B、C、Dの五種に加えそれぞれのランクの中でも昇格すれば+が付くので、実質十種類になりますね。私がそうであるように、国内等級の上等が国際基準ではB+もしくはAに相当します。S+やSSに関しては特等の中でも一握り、日本では十数人しかいません、皆さんもランクアップ目指して頑張ってくださいね!」


 因みに国内等級と国際ランクで分かれているのは、日本のダンジョン産業が国際的に見れば少し出遅れているのが大きな要因だ。

 日本の検定と海外の資格で扱いが違うのと似ている。


「さて次は……」


 そうして淡々と教習は続いていくが俺にとっては殆ど知っている内容かそれ以下のものばかりであり、いつの間にか夢の世界へと誘われ、特に断る理由もなかった俺の意識は微睡へと沈んでいった。

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