社畜、最強のダンジョン配信者になる

夢咲 和

元社畜がギルドを結成する話

第1話 さらばブラック企業よ【20240625改稿】

小綺麗なオフィスに阿由葉あゆは祐樹ゆうきの絶叫が響いた。


「やぁめてやるうううううう!!!!!!」


 俺は部長の机に辞表を叩きつけ、直ぐ傍の窓を身体で割ってダイレクト退出をかましてやった。

 背後から泣きそうな部長の叫び声が聞こえてきたが、もう知らん。


 ダンジョン探索で身に着けた身のこなしで受け身をとり、脱兎のごとく走り続けて会社にも伝えていない六畳のボロアパートの新居に転がり込む。

 そしてすぐにスマホで仕事に関係する連絡先を全て着信拒否にした。


 ――それが昨日の出来事、高校卒業から六年間務めた会社に対しての思い入れは全くない。


 苦しい思い出と悲しい思い出だけが脳裏にフラッシュバックしていくのみだ。

 シャワーを浴びて鏡を見ながら、忙しすぎてロン毛になった黒髪を結っていく。

 毎日ゾンビみたいな顔色をしていた顔は人間らしい色を取り戻しつつあるが、くっきりと染み込んでいるクマとは長い付き合いになりそうである。


「はーーーー、すっきりしたぜ」


 スマホに映るダンジョン配信サイトの画面を見ながら、シャワー上がりのビールを流し込む、時刻はまだ昼の二時を指していた。


「最高だなオイ、昼間からビールって七つの大罪とかにあるんじゃないのか? 麦芽の罪的な……ん? こいつ、ここはもっとこう……もどかしいな、なんでこんな非効率な配信に同接六千人もいるんだ?」


 スマホの画面には大人気配信者『剣姫』のダンジョン探索配信の様子が映っている。


 ダンジョン配信とは、数十年前に突如として世界中に出現したダンジョンを探索する様子をエンタメ化したものだ。

 ほんの十年前まで国が一律で管理していたダンジョン探索だったが、民間に開放されると同時に現代では社会現象となり、ネットを中心として爆発的な人気を博している。


「会社のことは嫌いだったけど、仕事は嫌いじゃなかったんだよな。ダンジョン配信者、やっぱ憧れるよなぁ……」


 俺は配信を眺めながら、最早辞めた会社のことを思い返す。

『株式会社ダンジョンスマイルズ』遭難したダンジョン探索者の捜索や、死体の回収。他にはダンジョン庁から委託された新規発見ダンジョンの格付け業務など、ダンジョンに携わる様々な仕事を請け負う何でも屋のような存在だった。


 一応その道では結構な大手企業だった筈だ。

 今思い返せば中々ブラックな業務内容に対して、社名がダンジョンスマイルズなのはナンセンスだと思わざるを得ないが……


「ま、ブラックすぎて命賭けてるのに薄給激務だったんだけどなぁ」


 正直部長さえいなければこんな事にはなっていなかっただろうなと、溜息を吐く。


「毎日毎日遭難者の捜索と死体回収で色んなダンジョンを経験してきたし……そこらの探索者に負けない自信もある。ブラックすぎてプライべートなんて無さ過ぎて貯金もそこそこあるし」


 ふと憧れていたダンジョン配信者への道が図らずも整っていることに気が付いた。


「なってみるか! ダンジョン配信者!」


 そうと決まれば善は急げと、ダンジョン配信者になる為に必要な機材をネット通販でポチポチとカートに入れていく。


「通販で買えないものは店舗に行くとして……準備するか!」


 と言いながらビールを呷って、お気に入りの銘柄の煙草に火を付けた。

 遅刻した時に諦めて一服を始めてしまう、分かる人には分かる至高のひと時であるだろう。



 ◇◆◇


 脱社畜から数日が経ち、通販で頼んだ物が一通り揃った。

 通販で買えなかった装備も店で購入した俺は、今渋谷ダンジョンの入り口に立っている。


 現在東京には大小五十ほどのダンジョンが存在しており、渋谷ダンジョンはその中でも大きな部類に入る全国的に有名な人気のダンジョンだ。

 有名ダンジョンよろしく、入り口は様々な年齢や性別の人間でごった返していた。


「さて、プライベートでは初のダンジョンだしな! 装備ヨシ、アイテムヨシ、ダンジョンカードヨシ! 三点確認も済んだところでいざ!」


 因みに俺の装備は少し長めのマントのようなポンチョを羽織った黒のスーツに、ゴタゴタとしたミリタリーブーツ。身体の所々には小物を収納できるポーチを装備している。


 周囲の探索者は鎧に剣や槍など、まるで中世を舞台にしたアニメの登場人物のような恰好をしている者が多い。

 多少浮いていることは自覚しつつもダンジョンとは命の危険もある場所、やり慣れた格好が一番なので、仕事をしていた頃のままで挑むつもりだ。


 俺は意気揚々と一歩を踏み出し、ダンジョン受付のカウンターへ歩を進めた。


「あら? 祐樹さんじゃないですか。お久しぶりですねぇ」


「染谷さんお久しぶりです」


 仕事で何度も潜ったことのあるダンジョンである為、受付含め裏方のスタッフとは結構な割合で知り合いである。


 染谷さんは茶髪のボブに眼鏡をかけた二十七歳のたわわな胸が特徴的なお姉さんで、仕事を始めたときによくお世話になっていた綺麗な女性だ。

 数度プライベートで食事のお誘いを頂いたがそんな余裕があるはずもなく、結局仕事上の関係でしかない。


「あら? 祐樹さんがいらっしゃったって事はこのダンジョンで遭難でも? 報告は上がってきてませんが……」


 首をコテンとかしげる様子が可愛らしい。


「ああ、実は数日前に会社は辞めまして、念願だったダンジョン配信者になろうかと!」


「まあ! そうだったんですね! おめでとうございます? それにしても相変わらずスーツなんですね……祐樹さん以外でスーツ着てダンジョンに潜る人、私見たことありませんよ? どこに売ってるんですかそんなの」


「あはは、ありがとうございます」


 一応ダンジョン産の素材で作られたスーツなので、そこらの鎧以上の性能を持っている。

 因みにスーツにした理由は激務の中で、スーツから探索用の装備に着替えるのが面倒だったからだ。

 完全オーダーメイド仕様で、仕事で助けた探索者に仕立ててもらった非売品の一点ものである。


「因みにお仕事辞められてダンジョンに潜るのは今日が初めてですか?」


「ええ、今日が初探索、初配信の予定です!」


 事前に作成していた『ツブヤイター』アカウントで今日が初配信なのは予告済み。

 作ったばかりのアカウントなのにいいねが四つも付いていたので、少なくとも誰かが観に来てくれるだろうと朝からソワソワしていた。


「あ、ああ~。なるほど」


 そんな事を考えていると、染谷さんが少し申し訳なさそうな表情を浮かべて頬をポリポリと搔いている。歯切れの悪い物言いも珍しい、どうかしたのだろうか?


「えっとですね、祐樹さんが持っていらっしゃるのは業務用のダンジョンカードなので、個人用のものを再発行し、教習を受けていただく必要がありまして……カードの発行には一営業日必要ですので、ダンジョンに潜れるのは最短でも明日になります、ハイ……」


「え」


「あ、でもでも! 教習は丁度この後ございますので! 先に教習だけ受けておくのはありですよ!」


 上げて落とすとはまさにこの事である。

 リサーチ不足の自分が恨めしい……だが、ここで駄々をこねても仕方がない。


 俺はポケットからスマホを取りだし、『すみません、今日の初配信は準備不足で明日に延期させてください』とツブヤイターに投稿しておく。


「じゃあ、ダンジョンカードの発行と教習の手続きお願いします……」


 自分でもびっくりするような暗い声が出る。

 染谷さんは申し訳なさそうに俺からダンジョンカードを受け取り、困ったように笑みを浮かべた。


「で、では講習は二階の大会議室で行われますので……! あ、因みに今日の教官はあの剣姫ですよ! ラッキーですね!」


「ほぇ~」


 剣姫、昨日見ていたダンジョン配信者で、ダンジョン配信プラットフォームの『だんつべ』において登録者数三十万人を誇る大人気配信者だ。

 特段ファンという訳でもないが、こういう機会でもなければ中々生で見ることもできないだろうとポジティブに考えることにする。


「それではいってらっしゃいませ~~!」


 笑顔の染谷さんに見送られ、俺は講習会場へと向かった。

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