06:前線会議
一瞬の
ざわめきの中には『
「す、すまない、確認漏れがあったようだ」
集団の前に立つ組合員が、魔術師の男に
「百、二百を超える大人数ならともかく、この数で……組合の人間は計算が苦手か?」
「
オレの
一方で、謝られた魔術師の男――コーデルロスは、何とも気さくな態度で首を振る。
「気にしないでくれ。こんな機会を設けてくれたこと、そして参戦してくれること自体、俺は貴方がたにとても感謝しているんだ。……ああ、騒がせてしまって申し訳ない、続けてくれ」
片手を挙げて、勇者候補たちにもそう声を掛けた。
そのまま、
「…………」
会話するわけでもなく、意思を伝えるわけでもない。お互い、離れた位置からほんのわずかに目を合わせただけだ。
その目が――挑発するように歪む。
同業者から
砂漠の乾いた空気を伝う、魔術師同士の
「くくっ」
続けざま、魔術師の男が実に愉快そうに喉を鳴らしている姿が視界に映った。
オレは呆れて、ため息を吐く。
(――こいつは)
コーデルロス・バルト。その名には覚えがあった。
幼少時代、リディヴィーヌの教え子として肩を並べたことのある特別生の一人だ。
「…………」
「――言うまでもなく今回の
「事前に通知はあったが、到底
組合員の話に、勇者候補の中から
「誰だアイツ?」
「“
シュレッサはそう紹介すると、間もなく組合員が言葉を発する前に片手でそれを制止して、自ら集団の前へと歩み出た。
「私が説明しよう。……大蠍の習性として、多人数相手には姿を現さないという厄介なものがある。とはいえ人間を殺すために設計された兵器だ、小数の冒険者が近付けば姿を見せて攻撃を仕掛けてくる。それ故に、君たち
組合員の代わりに
並べば頭二つと一回りは違う大柄の体格、
だが、ランディという冒険者は一人お構いなしに
「その目は節穴か? ここにいる者たちは多人数と呼べるほど多くないだろ。集まったパーティはだいたい各三名ずつ、総勢八ヵ国代表の参加だ。〈
態度こそ
他の
「あら、怖いのですか?」
やや離れた位置から、相手を
鉄鎚の男を先頭とするパーティの右隣、青に統一された装備を身に
「何だと……キトリー・ソーニエ。俺に向けて言ったのか、『怖い』と?」
「ええ、他の誰に言うのですか? あまりにおかしくて、貴方の膝も笑っていますわよ」
「…………言葉を
女――キトリーの細剣が青白い光を帯び始める。
そんな
「つまらん喧嘩は止めろ。ここでやり合っても勇者の称号は手に入らねえだろうが…………で、人数はどの程度で固めるつもりなんだ」
ライオネスが両者の間合いに並び立ち、二人の視線を受け止めながらシュレッサに問う。
「パーティを三、三、二の計三つの班に分けて、それぞれに先見者と監督官が一人ずつ任務に同行する。君たちには話し合いの上で相性を考慮して班を決めてもらいたい。
勇者候補とまで
揺るぎなく
(要約するに、今回の作戦は三分の一の当たりを引かなければ、その時点で勇者の称号は望めないというわけか。つくづくおかしな任務だな)
もっとも、大蠍のいる地点を引き当てたところで、そいつを倒せる実力がなければむざむざと全滅するだけの話だ。
オレの任務はルドヴィックの護衛で、当のルドヴィックは〈先見者〉としての技能を発揮するだけでいい。〈
「
細剣を鞘に戻すキトリーが集団を見渡して、
「ならば、貴様のパーティは単独で向かえばいい。端から期待していない戦力だ、誰の手も
そんな女に対して、
果たして、こいつらが勇者候補と呼ばれていることが不思議で仕方がないが、誰も
二人の
「めんどくせえ奴らだな。俺のパーティがお前らのどっちかと組む。これでいいだろ」
「……ふむ、武器とパーティの組み合わせで考えるならば、キトリー率いる『
続くシュレッサの提案に対して、キトリーは相変わらず好戦的な表情のまま、「構いませんわ」と肯定した。
ようやく話が進んだか――と思いきや、
「『黄の集い』とは組まない」
先ほどから重ねて発言していた黒月の国の冒険者ランディがまたも、はっきりとした語調でそう言った。
「――理由を聞いても」
場の成り行きを静観していた大盾を背負う冒険者、ティメオが眉をひそめながら前に出る。
「魔獣討伐に失敗して、パーティを全滅させた無様な連中だからだ」
「ッ――――」
返ってきたその言葉に、ティメオが声を詰まらせた。
それはついさっきシュレッサから聞いたユーゴの過去と同じ内容だった。どうやら、冒険者たちの間ではわりかし知られた一件らしい。
顔までは把握されていないのか、この場に会しているユーゴの存在が
「当時の団員がまだ生き残っているのかは知らないが、そんな奴らと組んでも
「てめえ!! ぶん殴るぞ!」
「ま、待ってウォーラト、落ち着いて!」
同時、ティメオのすぐ近くで、同じパーティの団員と
ウォーラトと呼ばれた青年が
「はは、この調子だと、目的を達成する前に仲間割れを起こして全滅もあり得るな」
「笑う状況じゃないですよ、ベルトランさん……!」
冷や汗を
高圧的な言動を振り
「…………」
そして、ざわめく空気の中、ティメオのパーティから後ろ――大剣の握りに手を置くユーゴが、顔を
奥歯を強く噛み締めながら沈黙する姿は、悔やむ感情が隠し切れていない。出会った当初とは別人に思えるほど覇気がなく、纏う気配には
もしかしたら、過去の仲間であるティメオが今回の任務に参加していなければ……ユーゴはそれなりに割り切って、護衛の役目を果たせていたのかもしれない。
とはいえ、問題があるのはユーゴ自身であることに変わりはない。
オレは面倒に思いつつ、進展しない状況に
「なら俺と組んでくれ、黄の集いだったか?」
燃えるような
「この通り、俺は一人での参加だ。経験豊富なパーティに付いていけると非常に心強い」
涼しげに言う魔術師の男に顔を向けて、ランディが鼻を鳴らす。
「お似合いの班だな。どちらも過去に
「気遣い痛み入る」
嫌味をそう受け流して、コーデルロスがティメオに片手を差し出した。
ティメオは一瞬、呆気に取られた反応を見せるも、次にはその手を取って握手を交わした。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
実直に一礼する大盾の女。両者の合意を見たシュレッサが口を開く。
「決まったようだな。……とはいえ、人数の偏りが目立つが」
『黄の集い』と組んだ相手はたった一人……パーティとすら呼べない魔術師のみだ。それでも、コーデルロスに続いてその班に加わろうとする冒険者は現れなかった。
「フン、ならボクがこの班に同行しよう」
そんな話し合いの流れが大いに気に入らなかったのか、ルドヴィックがすこぶる不機嫌な顔で挙手した。
「ボクの護衛は四人だ。〈先見者〉が部隊を先導するなら、それを護衛する人間が何人同行しても任務に支障はないだろう?」
「ええ、我々としても討伐の成功に繋がるのであれば歓迎です」
シュレッサが頷き、班の成立を認めた。
やがて、決めあぐねていた冒険者たちが意を決して二班に分かれていくのを見届けると、後ろに控えていた男女二人に声を掛ける。
「では、モニカ、トーマ。君たちもそれぞれ選んだ方に〈先見者〉として参加してくれ」
「んじゃ、私はこっちだね」
「はいはい、お好きなように」
呼ばれた二人もどうやら、ルドヴィックと同じく〈先見者〉らしい。青年と違うところは、彼らの衣服や装備が冒険者組合員の一式である点だった。
「はあ、やっと決まったか。無駄な時間だったな」
「喧嘩が大事に至らなくて本当に良かった……」
呆れ果てるオレの隣で、フェリスが
数日前、リディヴィーヌの弟子たちが集う“庭園”にて衝突に巻き込まれたせいからか、少女の呟きには強い実感がこもっている。
他のパーティがそれぞれと相性を話し合っている横で、早々に班が決定した『黄の集い』の団員――ウォーラトと呼ばれていた青年が、べえ、と小馬鹿にするように舌を突き出す。頭の悪そうな挑発が向けられた先は、無論、黒月の国の冒険者であるランディだった。
またも
「…………では
これから戦地に
冒険者組合の支部長である大男は身を
「アンタは変わらず、こっちに付いて来るのか」
「ああ、ルドヴィック殿がいるからな。その身に危険が及ぶ最悪の事態に備えて、同行することにした」
シュレッサの返答に、オレは肩をすくめる。
〈先見者〉がその
「まあ何でもいい、さっさとオレたちも出発しないか?」
いち早く合流地点を離れていく他の冒険者たちを眺めながら、集まった面々に声を掛ける。
フェリス、ユーゴ、ルドヴィック、マリリーズ(猫)、『黄の集い』のティメオとその団員二人、コーデルロス、シュレッサ。
オレを含めて十人――冒険者以外の参加者が多い班でありながら、そうしてやっと、他二つの班と人数を同等にできている。
少数精鋭と呼ぶには少なすぎる気もするが、冒険者たちがこれを受け入れて任務に当たるのであれば、オレが口を挟む余地は無い。
「挨拶が遅れました。ティメオと申します、よろしくお願いします」
「俺はウォーラト、よろしくな!」
「あ、えっと、ジゼルです。よろしくです」
続けて、『黄の集い』の団員である二人の男女が名乗りを上げる。一人はがさつそうな剣士の青年、もう一人は落ち着いた物腰の治療術士の少女だ。
「フェリシティ・マナドゥです! フェリスって呼んでください、よろしくお願いします!」
「フン」
元気よく自己紹介する弓使いの少女と、不満を隠さない〈先見者〉の青年。
不安しかない面々だな、と視線を砂漠の向こうへと外す。
すると、
「――おーい、ベルトラン!」
「ん?」
遠くから聞き覚えのある声が響いて、
見れば、班の先頭を名乗り出たと分かる隊列から――隊長のライオネスがオレに向かって片手を上げていた。
「――死ぬんじゃねえぞ、金返すまではな!」
「……肝に銘じておくよ」
ぶっきらぼうな
そうして――いよいよもって大討伐が開始された。
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