06:前線会議


 一瞬の静寂せいじゃくの後、遅れてやってきた魔術師の男の登場に、周囲から小さなざわめきが生じた。


 ざわめきの中には『風砂ふうさの国?』といぶかる声や、『さっきの風は……』と戸惑う声、『うおおおすげえええ』……などと能天気のうてんきなものも含まれていた。


「す、すまない、確認漏れがあったようだ」


 集団の前に立つ組合員が、魔術師の男に気圧けおされながらも謝罪する。


「百、二百を超える大人数ならともかく、この数で……組合の人間は計算が苦手か?」

面目めんぼくない」


 オレのつぶやきに、組合員の代わりにシュレッサが言葉を返した。

 一方で、謝られた魔術師の男――コーデルロスは、何とも気さくな態度で首を振る。


「気にしないでくれ。こんな機会を設けてくれたこと、そして参戦してくれること自体、俺は貴方がたにとても感謝しているんだ。……ああ、騒がせてしまって申し訳ない、続けてくれ」


 片手を挙げて、勇者候補たちにもそう声を掛けた。

 そのまま、飄々ひょうひょうとした動きで集団の輪に混ざっていこうとするコーデルロスの視線が、出し抜けにオレを見た。


「…………」


 会話するわけでもなく、意思を伝えるわけでもない。お互い、離れた位置からほんのわずかに目を合わせただけだ。


 その目が――挑発するように歪む。


 同業者から因縁いんねんを付けられることは珍しくはない。

 砂漠の乾いた空気を伝う、魔術師同士の確執かくしつある交錯こうさくの瞬間――――であったならば、面白かったのだが。


「くくっ」


 続けざま、魔術師の男が実に愉快そうに喉を鳴らしている姿が視界に映った。

 オレは呆れて、ため息を吐く。


(――こいつは)


 コーデルロス・バルト。その名には覚えがあった。

 幼少時代、リディヴィーヌの教え子として肩を並べたことのある特別生の一人だ。

 容貌ようぼうまでは事細かに記憶していなかったものの……こうして会うと、不思議にも“郷愁きょうしゅう”に近い感覚が沸き起こっていた。


「…………」


 がらにもないその感覚をまぎらわすように、大声で説明する組合員の話に意識を移す。


「――言うまでもなく今回の大討伐だいとうばつの目標は、“大蠍おおさそり”だ。まず、この魔獣の特性である『潜行せんこう』――地中に潜り込んだ状態の大蠍とはまともに戦うことはできない。そこで我々が捕捉した、大蠍が地中から姿を現す三箇所の地点に、それぞれ三つに分かれた部隊が攻略する……というのが今回の作戦だ」

「事前に通知はあったが、到底承服しょうふくしがたいな。どうして全員で攻略せずに分散する必要がある?」


 組合員の話に、勇者候補の中から鉄鎚てっついたずさえた男が異論を唱える。


「誰だアイツ?」

「“黒月こくげつの国”の冒険者、ランディ・ギャバン。隣の藍色あいいろ髪の冒険者が“水砦すいさいの国”のキトリー・ソーニエ……まあ、君が覚える必要はないのだろう」


 シュレッサはそう紹介すると、間もなく組合員が言葉を発する前に片手でそれを制止して、自ら集団の前へと歩み出た。


「私が説明しよう。……大蠍の習性として、多人数相手には姿を現さないという厄介なものがある。とはいえ人間を殺すために設計された兵器だ、小数の冒険者が近付けば姿を見せて攻撃を仕掛けてくる。それ故に、君たちりすぐりの面々が必要というわけだ」


 組合員の代わりに淡々たんたんと告げるシュレッサの登場によって、勇者候補たちに薄っすらとした緊張が走っているのが見て取れた。

 並べば頭二つと一回りは違う大柄の体格、いかめしい顔に付けられた古傷の存在が、冒険者たちに一足早く戦場の空気をふるい起こさせたようだ。


 だが、ランディという冒険者は一人お構いなしに苦言くげんていする。


「その目は節穴か? ここにいる者たちは多人数と呼べるほど多くないだろ。集まったパーティはだいたい各三名ずつ、総勢八ヵ国代表の参加だ。〈先見者せんけんしゃ〉と冒険者組合の人間を入れたとして五十人にも満たないぞ」


 態度こそ傲慢ごうまんだが、鉄鎚の男の発言は理解を示せるものだった。


 他の遠征えんせいにおいて、これほどの小数で強敵の魔獣を討伐する例はほとんど見ないだろう。そういった特殊な任務だからこそ、勇者候補とまで呼ばれる有力な冒険者の選出が行われたとシュレッサの説明にはあった、が。


「あら、怖いのですか?」


 やや離れた位置から、相手をあざける声が響く。


 鉄鎚の男を先頭とするパーティの右隣、青に統一された装備を身にまとう冒険者の女が、横合いから水を差す。


「何だと……キトリー・ソーニエ。俺に向けて言ったのか、『怖い』と?」

「ええ、他の誰に言うのですか? あまりにおかしくて、貴方の膝も笑っていますわよ」

「…………言葉をわきまえろよ、女。ここが貴様らの大好きな茶会の場ではないと、手ずから教えてやってもいいんだぞ」


 けんのあるやり取りは一線を越えて、双方が得物えものを――男は鉄鎚を、女は細剣さいけんを抜き放って睨み合う。


 女――キトリーの細剣が青白い光を帯び始める。魔封具まほうぐが埋め込まれた武具――フェリスの手袋と同じ類の代物しろものだろうか。

 そんな一触即発いっしょくそくはつの雰囲気に、仲裁ちゅうさいに割って入ったのは組合の人間ではなく、ライオネスだった。


「つまらん喧嘩は止めろ。ここでやり合っても勇者の称号は手に入らねえだろうが…………で、人数はどの程度で固めるつもりなんだ」


 ライオネスが両者の間合いに並び立ち、二人の視線を受け止めながらシュレッサに問う。


「パーティを三、三、二の計三つの班に分けて、それぞれに先見者と監督官が一人ずつ任務に同行する。君たちには話し合いの上で相性を考慮して班を決めてもらいたい。

 勇者候補とまでうたわれた君たちならば、今回の任務が協力をおこたって達成できるような生半可なまはんかなものではないと理解しているはずだ」


 揺るぎなく滔々とうとうと答えるシュレッサに、一同は探るように顔を見合わせた。


(要約するに、今回の作戦は三分の一の当たりを引かなければ、その時点で勇者の称号は望めないというわけか。つくづくおかしな任務だな)


 もっとも、大蠍のいる地点を引き当てたところで、そいつを倒せる実力がなければむざむざと全滅するだけの話だ。


 オレの任務はルドヴィックの護衛で、当のルドヴィックは〈先見者〉としての技能を発揮するだけでいい。〈銀の欠片ミスリル〉の件で信奉者しんぽうしゃと対峙する可能性も考慮するならば、ここは三分の二のを引き当てたいところだが……


腑抜ふぬけた殿方ばかりで、釣り合う相手がおりませんわね」


 細剣を鞘に戻すキトリーが集団を見渡して、嘲笑ちょうしょうに藍色の髪を揺らした。


「ならば、貴様のパーティは単独で向かえばいい。端から期待していない戦力だ、誰の手もわずらわせずに魔獣の餌食になっていろ」


 そんな女に対して、辛辣しんらつな態度で応えるランディ。

 果たして、こいつらが勇者候補と呼ばれていることが不思議で仕方がないが、誰もとがめようとしない辺り、実力だけは持ってる問題児といったところか。


 二人の応酬おうしゅうにため息を吐いたライオネスが、大きな腕を伸ばして挙手きょしゅをした。


「めんどくせえ奴らだな。俺のパーティがお前らのどっちかと組む。これでいいだろ」

「……ふむ、武器とパーティの組み合わせで考えるならば、キトリー率いる『湖上こじょうの一角』と、ライオネス率いる『鋼の獅子隊』が相性は良いだろう。そちらで組んではどうだ」


 続くシュレッサの提案に対して、キトリーは相変わらず好戦的な表情のまま、「構いませんわ」と肯定した。

 ようやく話が進んだか――と思いきや、


「『黄の集い』とは組まない」


 先ほどから重ねて発言していた黒月の国の冒険者ランディがまたも、はっきりとした語調でそう言った。


「――理由を聞いても」


 場の成り行きを静観していた大盾を背負う冒険者、ティメオが眉をひそめながら前に出る。


「魔獣討伐に失敗して、パーティを全滅させた無様な連中だからだ」

「ッ――――」


 返ってきたその言葉に、ティメオが声を詰まらせた。


 それはついさっきシュレッサから聞いたユーゴの過去と同じ内容だった。どうやら、冒険者たちの間ではわりかし知られた一件らしい。

 顔までは把握されていないのか、この場に会しているユーゴの存在が気取けどられた様子はない。


「当時の団員がまだ生き残っているのかは知らないが、そんな奴らと組んでも足手纏あしでまといが増えるだけだ。お前たちもそう思うだろ?」

「てめえ!! ぶん殴るぞ!」

「ま、待ってウォーラト、落ち着いて!」


 同時、ティメオのすぐ近くで、同じパーティの団員とおぼしき二人が声を上げた。

 ウォーラトと呼ばれた青年が激昂げっこうして身を乗り出し、それを手慣れた動きで引き止める治療術士らしき少女。


「はは、この調子だと、目的を達成する前に仲間割れを起こして全滅もあり得るな」

「笑う状況じゃないですよ、ベルトランさん……!」


 冷や汗をきながらも、しかし、どこか憤然ふんぜんとした様子でフェリスが言った。

 高圧的な言動を振りくランディに向けて、フェリスの視線が鋭くなる。怒りの矛先はオレではないようだ。


「…………」


 そして、ざわめく空気の中、ティメオのパーティから後ろ――大剣の握りに手を置くユーゴが、顔をうつむかせているのが見えた。


 奥歯を強く噛み締めながら沈黙する姿は、悔やむ感情が隠し切れていない。出会った当初とは別人に思えるほど覇気がなく、纏う気配には悔恨かいこんの色が濃くにじんでいた。

 もしかしたら、過去の仲間であるティメオが今回の任務に参加していなければ……ユーゴはそれなりに割り切って、護衛の役目を果たせていたのかもしれない。


 とはいえ、問題があるのはユーゴ自身であることに変わりはない。

 オレは面倒に思いつつ、進展しない状況にえかねて口を開き――ふと、それよりも早く、集団の外れから男の声が飛んできた。


「なら俺と組んでくれ、黄の集いだったか?」


 躊躇ちゅうちょなど微塵みじんも感じない足取りで、魔術師の男――コーデルロスがティメオたちの前に歩み出る。


 燃えるような陽射ひざしが降り注ぐ砂漠地帯にそぐわない、足元までを覆う琥珀色こはくいろ外套がいとうなびかせて、コーデルロスは薄く笑った。


「この通り、俺は一人での参加だ。経験豊富なパーティに付いていけると非常に心強い」


 涼しげに言う魔術師の男に顔を向けて、ランディが鼻を鳴らす。


「お似合いの班だな。どちらも過去にを経験した者同士だ、精々、大蠍と遭遇そうぐうして過ちを繰り返さぬよう祈ってやろう」

「気遣い痛み入る」


 嫌味をそう受け流して、コーデルロスがティメオに片手を差し出した。

 ティメオは一瞬、呆気に取られた反応を見せるも、次にはその手を取って握手を交わした。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 実直に一礼する大盾の女。両者の合意を見たシュレッサが口を開く。


「決まったようだな。……とはいえ、人数の偏りが目立つが」


 『黄の集い』と組んだ相手はたった一人……パーティとすら呼べない魔術師のみだ。それでも、コーデルロスに続いてその班に加わろうとする冒険者は現れなかった。


「フン、ならボクがこの班に同行しよう」


 そんな話し合いの流れが大いに気に入らなかったのか、ルドヴィックがすこぶる不機嫌な顔で挙手した。


「ボクの護衛は四人だ。〈先見者〉が部隊を先導するなら、それを護衛する人間が何人同行しても任務に支障はないだろう?」

「ええ、我々としても討伐の成功に繋がるのであれば歓迎です」


 シュレッサが頷き、班の成立を認めた。

 やがて、決めあぐねていた冒険者たちが意を決して二班に分かれていくのを見届けると、後ろに控えていた男女二人に声を掛ける。


「では、モニカ、トーマ。君たちもそれぞれ選んだ方に〈先見者〉として参加してくれ」

「んじゃ、私はこっちだね」

「はいはい、お好きなように」


 呼ばれた二人もどうやら、ルドヴィックと同じく〈先見者〉らしい。青年と違うところは、彼らの衣服や装備が冒険者組合員の一式である点だった。


「はあ、やっと決まったか。無駄な時間だったな」

「喧嘩が大事に至らなくて本当に良かった……」


 呆れ果てるオレの隣で、フェリスが安堵あんどのため息を吐いた。

 数日前、リディヴィーヌの弟子たちが集う“庭園”にて衝突に巻き込まれたせいからか、少女の呟きには強い実感がこもっている。


 他のパーティがそれぞれと相性を話し合っている横で、早々に班が決定した『黄の集い』の団員――ウォーラトと呼ばれていた青年が、べえ、と小馬鹿にするように舌を突き出す。頭の悪そうな挑発が向けられた先は、無論、黒月の国の冒険者であるランディだった。


 またも一悶着ひともんちゃくを起こすかと思いきや、当のランディは興味を失ったように自らの班に視線を戻して、二者の衝突はそこまでとなった。




「…………では各々おのおの、準備が整い次第、目標の地点に向かって出発を開始してくれ」


 これから戦地におもむく冒険者たち――勇者候補たちの戦意みなぎる空気に、シュレッサが無表情のまま大討伐の始まりを告げた。

 冒険者組合の支部長である大男は身をひるがえして、こちらの班に毅然きぜんとした歩みで近付いてくる。


「アンタは変わらず、こっちに付いて来るのか」

「ああ、ルドヴィック殿がいるからな。その身に危険が及ぶ最悪の事態に備えて、同行することにした」


 シュレッサの返答に、オレは肩をすくめる。

 〈先見者〉がその稀少きしょうな能力から国宝のごとく丁重に扱われる例は多々あるが、今回ばかりは例の暗殺の一件が絡む以上、慎重すぎる等の意見はお門違いなのだろう。


「まあ何でもいい、さっさとオレたちも出発しないか?」


 いち早く合流地点を離れていく他の冒険者たちを眺めながら、集まった面々に声を掛ける。


 フェリス、ユーゴ、ルドヴィック、マリリーズ(猫)、『黄の集い』のティメオとその団員二人、コーデルロス、シュレッサ。


 オレを含めて十人――冒険者以外の参加者が多い班でありながら、そうしてやっと、他二つの班と人数を同等にできている。

 少数精鋭と呼ぶには少なすぎる気もするが、冒険者たちがこれを受け入れて任務に当たるのであれば、オレが口を挟む余地は無い。


「挨拶が遅れました。ティメオと申します、よろしくお願いします」


 生真面目きまじめな声で、大盾を背負う冒険者の女が言った。


「俺はウォーラト、よろしくな!」

「あ、えっと、ジゼルです。よろしくです」


 続けて、『黄の集い』の団員である二人の男女が名乗りを上げる。一人はがさつそうな剣士の青年、もう一人は落ち着いた物腰の治療術士の少女だ。


「フェリシティ・マナドゥです! フェリスって呼んでください、よろしくお願いします!」

「フン」


 元気よく自己紹介する弓使いの少女と、不満を隠さない〈先見者〉の青年。

 不安しかない面々だな、と視線を砂漠の向こうへと外す。

 すると、


「――おーい、ベルトラン!」

「ん?」


 遠くから聞き覚えのある声が響いて、咄嗟とっさに振り向く。

 見れば、班の先頭を名乗り出たと分かる隊列から――隊長のライオネスがオレに向かって片手を上げていた。


「――死ぬんじゃねえぞ、金返すまではな!」

「……肝に銘じておくよ」


 ぶっきらぼうな激励げきれいの言葉に、オレもまた片手を上げて応える。

 そうして――いよいよもって大討伐が開始された。

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