07:間章 記憶の断片
小さな治療室の片隅で、寝台の上に座り込む少女が
「“時計”を最初に作った国ってどこか知ってる?」
真っ白の病衣を身に
窓の外では、実技の担当教師に教えを
「“
足元に置かれた、
生徒たちの練習風景を目で追っていた彼女が、ついっ、とその集団の一部を指差す。
「あはは、あそこにいるコーデルロスの出身も風砂の国なんだよね。彼にこの懐中時計を見せたら、自慢げにさっきの話を教えてくれたんだ」
「…………」
「私のお父さんがね、手工組合に所属してる時計技師なんだ。これ、お父さんが作ってくれたの」
「…………」
「あのーぅ、聞いてますか?」
「……降参だ」
「うぅ~やったあ! またベルトランに勝ったー!」
片手に揃えた手札を掛け布団の上に放り投げて、フラムが心底嬉しそうにはしゃぐ。
それは魔術師の間で密かに流行っているという小さな紙札を使った
「……お前はこの遊戯が得意なんだな」
「もちろん! なんてったって暇だから、ね!」
「……そうか」
「あ、いま『なんだこいつ』って思ったでしょ! 暇って言うのは凄くすごーく、貴重なんだよ?」
暇の貴重さについて力説せんと
反射的に背中を丸めて、内側から逆流しようとする何かを
空いている片手が寝台の上を力強く掴む。苦しそうなのは
それを横目に……オレは手を貸すでもなく、大人を呼ぶでもなく、黙ったまま少女の
……しばらくして、発作のようなものが落ち着いたらしい少女が顔を上げる。
目尻に涙を
「うーん、あはは……ごめんね、話の途中だったのに」
「……問題ない、そんな大した話でもなかったから」
「ひ、ひどい!」
明け
ここ数日、彼女と話す機会が多くなった自分には見慣れた……見慣れてしまった反応だった。
「…………」
リディヴィーヌが選定した見込みのある生徒たち、特別生。その中でも――フラム・ブランヴィルは上位の才能を見込まれた少女だった。
得意とする魔術は炎。これを得意とする魔術師は
『炎よりも、
どれほど強大な魔炎を生み出せようと、フラムが欲した輝きはほんのわずかな一欠片の灯火だった。
「あ、えっと、何の話だっけ!」
「……暇について」
「そうだそうだ、退屈は金の山より貴重でね」
生まれ持った才能が、彼女に恩恵をもたらすことはない。
本人が望む望まないにかかわらず、魔術の才を振るう機会そのものが彼女には与えられないからだ。
非情で、しかし単純な原因――肉体に
彼女が魔術の授業に同席することができなくなったこの一時でさえ、生まれ持った病魔の
さっきの発作など、まだ落ち着いている方だった。
(退屈は金の山より貴重――か)
そんな
「…………」
それでも、彼女の生き様は燃えていた。
今にも壊れそうなのに、それでも、生きるという目的を持って生きていた。
オレが持ち合わせていないモノ、
「寿命を
教え子の質問を聞いたリディヴィーヌの声が、かすかに
「未来でもなく、過去でもなく、寿命を……ですか。それはいったい?」
どうして、そんな魔術について知りたがるのか――リディヴィーヌの疑問はそこにある。
オレは一瞬、何をどう言おうか考えた末に、
すると、大魔術師の
「あなたはフラムと仲が良いのですね。最近、実技の授業に顔を出していないと担当
机上の書類に筆を走らせていたリディヴィーヌが、そこでゆっくりと立ち上がった。
オレの目の前に立つリディヴィーヌ。少し前ならば、身をわずかに
「ですが……寿命を視ることはおすすめしません。それを視て、彼女に伝えますか? それとも胸に秘めて、残りの時間を共に過ごしますか?」
こちらを向く
「魔術の精度にもよりますが、命の限界を知るということは、ある種の未来予知に等しい行為です。たとえ肉体における寿命の範囲内だとしても、知った時点で――人間の行動は変化し、それは未来に影響を及ぼします。とはいえ、問題はそこではなく……」
続く言葉とともに、リディヴィーヌの手がオレの頭を撫でた。以前と変わらず、幼い子供と接するような優しげな態度で。
「フラムの寿命を知ったあなたは、今よりもっと苦しい気持ちを抱えることになる。私の心配はそこにあります」
…………
「……『彼女の病を治したい』と言い出さなかったということは、現在の治癒魔術ではそれが不可能であるという答えに至っているのですね」
撫でる手を離すと、そのままリディヴィーヌは書棚の方へと歩みを進める。
「魔術は何でもできてしまうと、初心の頃は
後半、やや教師然とした口調でオレに教え
その表紙を上に向けて、
「これをあなたにお貸ししましょう。寿命を視ることはおすすめできませんが、同時に、先ほどあなたが言った『知りたい』という言葉を
そう言って、リディヴィーヌは机の前へと戻っていった。
再び筆を手に取って、
「何分古く難解な書物ですので、内容を読み解き、その上で魔術を
「今後とも、フラムの良き友人として寄り添ってあげてください、ベルトラン」
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