05:黄の集い


「あれが勇者候補の人たち……」


 フェリスが合流地点の近くまで歩きながら、ぼんやりとした口調で言った。

 そこに集まっていたのは、各国を代表する有力な冒険者として選ばれた者たち――勇者候補だ。


 大討伐だいとうばつの通知の通りならば、各国ごとに一つのパーティが参加し、その内の三名の所属冒険者が今回の任務に参加しているらしい。

 見れば、珍しい得物えものげている者や、女冒険者しかいないパーティ、小柄ながらに大盾を背にした冒険者など、中々に味わい深い奴らばかりだった。


 その各パーティがまばらに固まっている空間で、ふと見覚えのある顔を見つけてしまう。


「ベルトラン……お前なぁ」

「おお、ライオネス前隊長じゃないか」


 視線の先で、呆れたような声を上げてこちらを睨んでいたのは、鋼花こうかの国の勇者候補、“至鋼しこう一振いっしん”の別名を持つライオネス・ケルンだった。

 ユーゴと同じく、筋骨隆々きんこつりゅうりゅう巨躯きょくに大剣を背負う型は、見たところ、勇者候補の中ではこの男しかいないようだ。


「“前”を付けるのは俺じゃなくてお前だろうが、このアホド腐れ陰険いんけん魔術師」

「ごもっとも」


 酒場での追放宣言の時と変わらず、オレの軽口に一々立腹りっぷくしながら反論する隊長に懐かしさを覚えつつ、背後にいる他の隊員にも顔を合わせる。

 すると――


「……どうして、いるんだ」


 ひどく狼狽ろうばいした男の声が、オレの背後からぽつりと聞こえてきた。


 一瞬、声の主が誰なのか分からなかった。それほどまでに、苦しげな声音でつぶやいたのは――用心棒である大男、ユーゴだった。


 そして、顔を青褪あおざめさせるユーゴが見つめていた相手が、ゆっくりとユーゴの方へと近付いてくる。


「お久しぶりです、ユーゴ団長」


 そう告げたのは、大盾を背にした冒険者の女だった。

 背丈と同じ大きさの盾を背負い、精悍せいかんな目付きをした、実直そうな女だ。歳の頃は二十代半ばくらいだろうか。

 短く切り揃えた髪と飾り気のない装備を身にまとった外見は、女性というよりも、中性的な印象が強い。


岩壁がんぺきの国からは『の集い』が参加することになった」


 ユーゴの近くに並び立って、先ほどの問いにシュレッサが答える。


(黄の集い……?)


 どこかで聞いた覚えがある。……いや、それはたしか――


「参加者の名簿には書いてなかったぞ、……なぜだ」


 ユーゴはなおも、追い詰められたような、震えの混じった声で問う。その反応はまさしく、出発前に用心棒の男が怖れていた何かが“当たり”を引いたのだと、目に見えて分かる動揺どうようっぷりだった。


「私が前日、団名を『黄の集い』に変更したからでしょうね」


 今度は、大盾の女がユーゴの問いに真正面から答えた。


 『黄の集い』は――ユーゴが以前、団長を務めていた冒険者パーティの名前だったはずだ。

 “岩剣がんけん”のグレゴワールの通り名で、岩壁の国の勇者候補として注目を集めていた冒険者が、ユーゴ・グレゴワールだったと記憶している。


(そうなると、この女は……過去に団員だった冒険者か)


 ユーゴを見上げる女の身長はけして高い方ではない、少女であるフェリスより幾分か上といった程度の背丈だ。


 それでも、この女が冒険者であり――“勇者候補”だと察することができたのは、整った相貌そうぼうに二つ浮かぶ、あまりにも力強い瞳があるからだった。

 多くの苦難を経験した者だけが持つ、逆境を乗り越えた人間の瞳。


「覚えてますか、ティメオです」


 ユーゴの苦しげな声とは反対に、女の声は色んな感情であふれそうになって震えていた。


「私、勇者候補と呼ばれるほど強くなりましたよ。もう、あの時の“弱虫”のティメオじゃないです、団長」

「……、……ティメオ」


 消え入りそうな声で名前を呼び掛けるユーゴ。

 過去の仲間の顔を思い出そうとしている、などという雰囲気ではない。むしろ、覚えているからこそ……受け入れがたいのだと、うれう表情が物語っていた。


「いつでも、あなたが団長として帰ってこれる居場所を守り続けてきました。どうか、私たちの団にもう一度、戻ってきて――」

「おい、こいつはボクの用心棒だ」


 強い眼差まなざしとともに続く言葉が、不意に、怒りの混じる声によってさえぎられた。

 会話に割って入ってきたのは、大きな黒眼鏡サングラスを掛けた青年、ルドヴィックである。


「雇用主を無視して引き抜きとは、勇者候補も落ちたものだね」

「あ……申し訳ありません」


 気色けしきばむルドヴィックに対して、ティメオと呼ばれた女はあくまでも冷静な態度で非礼をびた。

 ……そんな一連のやり取りを見ていたライオネスが、小声で話しかけてくる。


「……なあ、まさかあの“変なの”もお前の連れか?」

「悲しい話だが、そのまさかだ」


 ルドヴィックの黒眼鏡を珍妙ちんみょうに思ったのはオレだけではないようだ。

 砂漠地帯においては、流砂から目を保護するのは理にかなっていると言えばそうではある、が。


「今更だが、リディヴィーヌの弟子っていうのは、大討伐にも参加しなきゃならねえのか?」

「そうらしい。可哀想だろ?」

「お前が勝手に使った俺たちの金、今回の任務の報酬で返せ、な?」

「ははは」

「ははは、じゃねえよ……ったく」


 それだけを言って、ライオネスはオレのそばから離れる。オレを相手にするよりも面倒そうないさかいが間近で起きて、距離を取ることを選んだのだろう。オレも、諍いの当事者が雇い主でなければそうしたいところだ。


「フン、身勝手な奴だな。お前のパーティにいる団長はどうする? こいつは自分から冒険者を辞めたんだ、そんな男にもう一度冒険者をやれって?」

「私が『黄の集い』の現在の団長です。……勧誘の件は、すみません……ユーゴさん」

「…………いや、気にしていない」


 暗い面持おももちのままのユーゴと、悄然しょうぜんとして謝るティメオ。

 両者の間に立ち込める空気は、はたから見てもかなり気まずいものだった。


 再び訪れる沈黙に、苛立ちを隠さないルドヴィックが二の句を告げようとした時、


「団員を彼に紹介するくらいは、許してあげてもいいのではないでしょうか」


 成り行きを見守っていたシュレッサが提案をする。

 相変わらず無表情ではあるが、口振りから察するにユーゴたちの事情を知っているらしい。


「あ……はい! 是非、ご紹介させてください。今回の任務は参加人数が制限されているので、二人しか紹介できないですが」


 ティメオが振り返り、後方にいる仲間らしき冒険者たちに手を振った。


「…………」

「行ってやったらどうだ、ユーゴ」


 思い悩むように黙り込んだユーゴに、淡々たんたんとした口調で背中を後押しするシュレッサ。

 最初に見た時の快活な大男の印象はどこにもない。言葉を無くして立ち尽くす傭兵の姿は、いっそ弱々しくも見えた。


「チッ、行けばいいさ」


 舌打ちをして、渋々といった様子で了承するルドヴィック。

 チラッと青年に視線を向けたユーゴは、程なくして、ゆっくりと頷いた。


「……分かった」

「! ありがとうございます、ユーゴさん」


 返事を聞いたティメオの顔に、慈しむような笑みが溢れ出す。

 やや遠慮がちに手を取ると、そのまま、パーティのもとへとユーゴを連れて行った。

 …………


「――アイツが冒険者だったのは知っているが、どうして辞めたんだ?」


 ティメオとともに団員と顔を合わせているユーゴの後姿を、遠巻きに眺めていたシュレッサにたずねる。


「彼は、数年前にある魔獣の討伐任務で、大きな怪我を負った。その際に団員のほとんどを失ったのだ」

「……!!」


 さらりと告げられた凄惨せいさんな過去に、近くで聞いていたフェリスが、猫のマリリーズを抱えながら絶句する。


「生き残った団員は、先ほどの冒険者のティメオのみだった。彼は贖罪しょくざいとして、自身が持つ財産の全てを彼女と、亡くなった団員たちの家族に譲って――冒険者を引退し、隠居いんきょすることを選んだ」

「それをどうしてか、一年前にボクのお父様が拾ったんだよ」


 どういう繋がりがあったのかは知らないけど、と実につまらなそうな声音で続けるルドヴィック。

 その過去を聞いてようやく、出発前から続くユーゴの違和感のある態度に納得がいった。

 だが……


「そんな不安定な奴が護衛として務まるのか?」


 オレの言葉に、ルドヴィックが眉を吊り上げて猛然もうぜんと振り向く。


「間抜けのお前よりは役に立つんだよ! 一昨日のお前の失態は忘れてないからな!?」

「まだ文句言ってるのか、眼鏡はでかいくせに器は小さい男だな」

「く、ぐぐっ、お前!」


 苛立ちに青筋を立てるルドヴィック。 


「ま、まあまあ……」


 今にもオレの胸倉を掴んできそうな青年を、やんわりとたしなめるフェリス。


 そんな無益なやり取りをしていると、唐突に、何者かの号令が響き渡った。

 開けた空間に集まる勇者候補の冒険者たちに向けて、前に歩み出る組合員らしき男が大声で傾聴けいちょうを呼び掛けていた。

 一斉に振り向き、己に注目する冒険者たちを確認して、男は重々しく宣言する。


「これより再度、作戦の説明と部隊の班分けを行う」

「班分けか。まるで子供の遠足だな」


 集まりの外側に立つオレの不真面目な発言など聞こえているわけもなく、男は予定通りに任務を進めようと、手に持つ紙の束に目を向けた。

 対して、同じ冒険者組合の人間であるシュレッサは一人、鋭い眼差しで集団を見渡している。


「……まだ一人、来ていないな」


 そんな男の呟きが、ふと、足元の砂を巻き上げる一陣の風によって遮られた。

 そして、吹き出した風は収まるどころか、さらに勢いを増していく。


「ん……何だ、風が――、ッ!?」


 何かを察した勇者候補たちが、一斉に迅速じんそくな動きで身を伏せ始める。

 オレもフェリスも、ルドヴィックさえ即座に地に伏して、猛烈な暴風――砂嵐の予兆に備える。

 やがて来るであろう、自然災害の脅威に対応して――


「…………ん?」


 ……数秒が経ち、オレは先んじて顔を上げる。

 想像していた暴風は一向に訪れなかった。むしろ、風の勢いは緩やかなものに変じて、視界をおおう砂も次第に収まっていった。


 予期せぬ事態に一同が困惑する中で、見通しの良くなった景色の中央に――悠然ゆうぜんとこちらへ歩いてくる男の姿をとらえた。

 その場にいた全員が警戒して、武器を身構える。

 しかし、


「申し訳ない、到着が遅れた。――っと、俺が最後か?」


 強風とともに合流地点に現れた男は、どこか場違いな調子でそう言った。


 魔術師らしき衣装と、黒い髪に褐色かっしょくの肌を見せる、ほっそりとした体躯たいくの男だ。

 あの一瞬の強風は、もしや、この男が唱えた魔術による影響だったのだろうか。


 未だに警戒を解かない勇者候補たちに向けて、男は驚いたように目を見開き、意外にも、つつしんだ態度で低頭した。


「驚かせてすまない。俺は“風砂ふうさの国”の冒険者代表――コーデルロス・バルトだ。よろしく頼む」


 自己紹介と同時に告げられた国の名に、誰かが声を漏らす。

 この瞬間に、自分たちが踏んでいる土地の名を――今や姿形も無くなった亡国ぼうこくの響きに、誰もが閉口せざるを得なかった。

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